第十一話 暴走する天使 scene1 同時
教室の中央で北条佳奈の身体が異様な音を立てながら変化していた。
黒く染まった皮膚。
裂けた口。
人間の面影を残しながらも確実に人の枠から外れた異形へと変化していた。
相良は愕然とする。
「なんだよ...合わないってなんだよ...」
震える声で田中に尋ねる。
「どうなるんだよ...」
田中は静かにその姿を見つめる。
「悪魔化…」
「悪魔化?」
「悪魔に身も心も取り込まれる現象よ」
淡々とした説明だった。
ただ研究結果を読み上げているかのような感情のない声。
しかしその内容はあまりにも重かった。
「北条さんは……?」
相良の問いに田中は目を伏せる。
「悪魔に完全に取り込まれている。もうこの世の中には存在していないわ」
その言葉に空気が凍った。
佐々木が刀を振りながら眉をひそめる。
「存在していない...と言われてもな...やりづらいぞ」
「無理だよ...」
相良は目の前の悪魔を見つめた。
さっきまでそこにいたはずの北条佳奈。
田中の姉で、生徒会長で自分を天使だと言い張る変な先輩。
その人はここで生きていた。
確かに存在していた。
「さっきまで...だって…」
そんな相良の横で赤峰は冷静だった。
「北条さんは、もう存在しません。あれは完全な悪魔です。遠慮くなく食べれれます」
「何言ってるんだよ!}
相良は思わず叫んだ。
「あれは北条さんなんだ!湊先生でもあるんだぞ!」
右手には湊が宿り、その体は北条のもの。
相良の中で二人は確実にそこに存在している。
それを「悪魔だから」で片付けることは出来なかった。
しかし赤峰は首を振る。
「違います。悪魔です」
「無理だよ…」
「無理じゃないです。食べてください」
「無理だよ...心が...壊れるよ…志水先生の時だって…」
赤峰は相良をまっすぐ見つめる。
「壊れてください」
「嫌だよ!!」
相良の叫びと同時に暴走した北条が低いうなり声をあげた。
教室の壁がひび割れる。
爪が床を削り窓ガラスが震える。
相良は歯を食いしばる。
「くそっ…なんとか...出来ないのか…」
その時だった。
佐々木が静かに刀を構える。
「なんとか...なるかどうかはわからんが…」
相良を見た。
「暴走を止めるぞ!相良!」
瞬間。
世界が白く染まった。
教室の壁が、机が...そして音が消える。
閉鎖空間が作り出される。
白一色の世界に異形と化した北条が黒く浮かび上がる。
相良は拳を握った。
「ちくしょう...なんでだよ…なんで…」
歯を食いしばり目に涙を浮かべた。
誰に対しての言葉なのかわからない。
それでも悔しかった。
腹立たしかった。
右手が熱を持ち鼓動する。
「悪魔!!」
相良の叫びに応えるように、右手が大きくうねる。
右手が炎を纏い悪魔へと変わっていく。
悪魔が頭を掻きながら目の前の北条を見る。
「やれやれ、騒がしいな」
一歩また一歩と近づいていく。
「やるしかねえ...行くぞ!」
佐々木が刀を強く握りしめる。
床を蹴り一直線に北条へ向かっていく。
その瞬間。
「ぎぃあああああぁぁぁぁぁ!!!」
北条が咆哮する。
空気が歪み、見えない力が一気に佐々木を襲う。
「ぐっ……!」
身体が沈んだ。
足が床にめり込み膝をつく。
重力の圧が、佐々木を襲う。
しかしその背後から炎が走る。
「燃えろ!」
右手の悪魔が炎を放つ。
赤黒い炎が一直線に北条へと向かう。
佐々木が歯を食いしばる。
「同時なら......!」
「重力は変えられない!」
相良が叫んだ。
だが北条の瞳が怪しく光る。
空間の空気が揺らいだ。
炎がふっと暗くなる。
上昇し、拡散し、乱れ、北条の周囲の火が消えていく。
「なっ...!」
相良が目を見開く。
しかし佐々木は止まらなかった。
重力が軽くなったその瞬間。
その変化を利用して足先で跳ねた。
壁を蹴る。
そして跳ぶ。
「そこだ!!」
刀が振りぬかれる。
衝撃が北条の肩を切り裂く、
北条が絶叫する。
黒い血が白い空間へ飛び散った。
傷を負った北条が大きくよろめく。
相良は拳を握った。
「悪魔!今だ!!」
悪魔が面倒くさそうに答える。
「いちいちうるせぇ!!」
悪魔の身体から黒い霧があふれ出す。
霧が北条の身体を包み込んでいく。
「う…あ...」
北条の身体が震える。
黒い爪が床を掻き重力が乱れる。
しかし闇は止まらない。
静かにゆっくりと北条を呑み込んでいく。
そして。
北条の身体から力が消えていく。
膝をつき腰が折れる。
ドサリと鈍い音が白い空間に響いた。




