scene5 実食
「根に持ってたのか…」
湊の”復讐”と言う宣言に相良の顔が呆れ顔になる。
しかし湊の怒りは止まらない。
「当たり前でしょ!よく考えて、体育館裏で十字架に縛り付けられて、あげくに放置されてたのよ!この状態を根に持たない奴がどこにいるのよ!」
「確かに...」
「絶対に忘れないわ!悪魔人生最大の屈辱よ!」
湊は拳を握りしめた。
田中が何かを思いついたように言う。
「だったら相良君に食べさせますけど」
「それもいいわね」
湊が妖しく笑い、相良は青ざめた。
「やだよ」
「なんで?」
田中が不思議そうに相良を見る。
「なんで?じゃねえよ。絶対嫌だろ。先生だぞ。先生食べるんだぞ」
「それでみんなが解放されるなら良くない?」
「良くない!知ってる人食べるのって...いやだろ」
「私が食べるわけじゃないし」
「他人事だな」
「そもそも人じゃなくて悪魔だし」
「そうだけど見た感じとか人だろ」
「気にしすぎよ」
「気にしなさすぎだよ」
「相良君計算が出来なさ過ぎよ」
「計算ってなんだよ。計算の前に倫理だろ」
「でもね。あなた一人が我慢すればみんなが助かるのよ。安いものじゃない」
「安くねえよ!}
「犠牲どころか右手の強化にもなるし一石二鳥よ」
「強化したくないんだよ」
するとそこに赤峰が乗っかってきた。
「しかも相良君にふさわしい栄養素が詰まってそうです」
「ふさわしい栄養ってなんだよ」
「陰湿成分です」
「取りたくないだろそれ」
「何を言ってるんです得しかないです」
「損しかないよ」
「体育館裏に人を縛り付けておくような陰湿な悪魔ですよ?最高じゃないですか!」
「最低だよ。絶対にまずいし」
「美味しかったら食べますか?砂糖かけますか?」
「食べないよ」
「えー、きっと甘くて美味しいですよ」
「そもそも志水先生に砂糖をかけるって発想が怖いよ」
その時
ガラリと扉の開く音が響いた。
「来たわね」
湊の表情が変わる。
復讐の大本命、志水だ。
「湊先生!無事だったのか!?今までどこに…?」
「どこに?あなたを殺すための修行よ」
「はあ!?待ってくれ意味がわからない!」
「わからないことがわからないわよ!」
「何を言ってるんだ?」
「誰のせいで何時間も体育館裏に縛られたと思ってるのよ!」
「あれは仕方がなかったんだ。悪魔としての失態は見逃すわけにはいかない。それにこいつらをおびき出して一毛大臣にするいい口実だと思ったんだ!」
「っでそのまま放置?」
「そ、それはこいつらが来なかったのが悪いんだ!」
「ふーん」
「でもな…こいつらも湊先生を心配してえ探してくれていたんだぞ。問題児ばかりだけど解放してやってくれないか」
「心配の元を作ったのはどなたかしら?」
「それは...こいつらだ!」
「あんただよ!」
「俺か...?」
志水はしばし考える。
そして...。
「そうかもしれん」
「そうなんだよ!」
湊先生が激怒し、その様子を見ていた相良が小さくつぶやく。
「志水先生が悪いことは確かだな...」
「そうね」
金澤もうなずく。
「それは否定できないわ」
田中も冷静に判断する。
「なんでだ!!」
志水が叫んだ。
「何度も助けてやっただろ!」
「助けた...巻き込んだだけでは...」
相良が目をそらす。
「俺も湊先生の味方だ!」
湊が佐々木を見る。
「だから見逃してくれ!」
「悪魔ハンターは見逃せないわ」
「...ですよね...」
佐々木がしょんぼりする。
志水が頭を抱える。
「訳がわからん…」
「わからない訳ないでしょ!!」
その叫びと同時に湊の指が無数の槍となり志水に襲い掛かる。
「くっ!」
志水が飛びのく。
「本気か!?」
「当たり前よ!」
さらに追撃。
悪魔同士の激しい戦いが始まった。
伸びる指。
飛び散る数式。
そして拳。
ピアノが破壊され譜面台が砕ける。
音楽室は戦場と化す。
そして数分後...。
志水が倒れた。
全身ボロボロだった。
動けない。
完全な敗北だった。
湊は荒い息を吐きながら笑みを浮かべる。
勝利の確信。
湊は倒れた志水の腕をつかみ引きずる。
そして相良の前に放り投げた。
「さあ相良君」
笑顔だった。
なにか嫌な感じがする笑顔だった。
「食べなさい!」
「嫌です!」
「なんでよ」
「なんでじゃないだろ」
「だって悪魔を食べる悪魔なのよね」
「そんなじゃねえよ」
「じゃあ何なのよ」
「むしろ先生を食べられる方がおかしいだろ」
「なんで?悪魔よ?」
「人として接してきた部分があって…人が人して人を食べるというのは…」
常識的な反応ではある...がそこに赤峰が待ったをかける。
「好き嫌いをしていると強くなれません!}
「好き嫌いの問題じゃない!モラルの問題だ」
「モラルより陰湿です!」
「名言言ってやったみたいな顔するなよ。むしろ問題発言だからな」
その時だった。
相良の右手が動いた。
黒い炎が揺れ、悪魔が現れる。
志水を見て不敵に笑った。
「強敵よ」
嫌な予感しかしなかった。
「同化して共に生きる...悪くないぜ」
「悪いよ!止めろ!」
相良が否定するも誰も止めない。
むしろ背中を押していた。
田中が右手を前に出した。
浮かび上がる白い手。
「さあ食べるわよ」
赤峰も言う。
「さあ!」
湊も乗っかる。
「さあ!」
全員の心が一つになった...相良を除いてだが...。
相良は助けを求める。
「か、金澤さんが悪魔を欲しがって...」
「いらないわ」
金澤は首を横に振り即座に拒否した。
「悪魔だぞ!念願の悪魔だぞ!」
「志水とずっと一緒は嫌」
もう誰も助けてくれる人はいなかった。
悪魔が笑った。
田中が志水をつかみ相良の口へ運ぶ。
「や、止めろ!!」
相良の叫び声が響く。
相良の口の中に入っていく志水。
口いっぱいに広がる嫌悪感。
志水と言う存在が消えた。
相良は口を押え嗚咽する。
顔色が悪い。
それを見た赤峰が興味津々に身を乗り出した。
「どうです数学味は?」
「どぶ......」
相良は震える声で答える。
「どぶ臭い…」
「良薬口に苦しですわ」
「そんなわけないよ」
「きっと良い方向に向かってます」
相良はげんなりしていた。
悪魔とは言え学校の教師を食わされ感想を聞かれる。
意味不明な状況に愕然としていた。
しかし湊から拘束を解かれた田中はそんなことは気にしていなかった。
「さあ、さっそく出してみよ」
「はい?何を...」
「悪魔に決まってるじゃない。見てみたいじゃない」
「新機能のお披露目みたいに言うなよ」
金澤も期待した目でみる。
「新しい悪魔よ。試してみたいでしょ」
「期間限定のお菓子みたいに言うなよ」
湊もうなずく。
「でも志水先生の最後をしっかりと見届ける義務はあるわよ」
「誰のせいで最後になったんだよ」
相良が叫んだその時、右手がぐにゃりとうねった。
黒い影があふれ人型へと変わっていく。
全員が注目する。
「おっ」
「来たわね」
「どうなるのかしら」
「陰湿さが増しているといいんですが」
全員が期待した。
そして悪魔が現れる。
しかし...何も変わってない。
見た目も。
雰囲気も。
悪魔は大きくあくびをする。
「ふぁぁ...」
そしてまわりを見る。
「なんだ。殴り合いでもあるのか?」
全員沈黙。
そして田中が冷静に分析する。
「なるほどね」
「何がなるほどなんだよ」
相良が聞いた。
「ヤンキー体質の悪魔にヤンキーが加わってもヤンキーのままってことよ」
「いやいや先生は数学教師だったんだぞ」
「でも殴り合いをしている先生はヤンキーそのものだったわよ」
「それはそうだけど...」
完全に否定することは出来なかった。
湊先生は肩をすくめる。
「まあ、それでも志水先生は相良君の右手の中で永遠に生き続けているわ」
「嫌な事言うなよ」
相良は想像する。
右手がの中の志水がずっと数学を教えてくる光景を。
最悪だった。
金澤が肩をすくめる。
「でもこれで事件解決ね」
「そうだな。これで俺たち解放だな」
佐々木も大きく伸びをする。
ようやく帰れる。
そう思った瞬間。
湊がにやりと笑う。
「今日のところは勘弁してあげるわ」
「おお」
全員の顔に安堵の色が見える。
しかし湊はそのまま佐々木へと視線を向ける。
「でも佐々木君」
「ん?」
「来週は君の番よ」
佐々木は笑顔で親指をたてる。
「シフト入れておくぜ!」
「なんだその会話…」
相良は本気で理解できなかった。
命を狙われる予定をバイトのシフト感覚で入れる感覚が...。
こうして湊先生誘拐事件は志水先生が相良の右手の中に消えて終わった。




