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俺の右手に悪魔がいる件  作者: 南蛇井


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第五話 数式の悪魔  scene1 殴り愛

志水はゆらりと立ち上がった。

金澤が一歩下がり佐々木が構えた。

相良の右手がビクンと疼き始める。

そんな中、赤峰だけが妙に落ち着いていた。


「先生、なぜ殺すんですか?人間と悪魔仲良くやっていけるはずです」

「何を...」

「特に先生みたいな陰険そうな悪魔なら大歓迎です」

「陰険とはなんだ陰険とは!先生に向かって!」

「最高の誉め言葉です」

「全くうれしくないぞ」

「暗くて陰湿で闇が深くてジメジメしてそうで…」

「やめろ!」

「相良君にとって最高の素材です。食べられてください」

「俺を巻き込むなよ。絶対食べないし」

「好き嫌いは良くないです」

そこには膨れて不満そうにする赤峰の顔があった。

志水は深いため息をついた。

「悪魔を食う悪魔、お前も生かしておくわけにはいかない」

「えっ佐々木だけじゃないの…最悪だ...巻き込まれたよ」

「なんで俺だけ犠牲にして逃げられると思ったんだよ」


興味深そうに観察する田中。

そして志水の一言をきっかけに目の色が変わった赤峰。

「そういうことですか...相良君の命を狙う...と、絶対に許しません」

一歩前に進む。

「相良君食べちゃってください!!」

「だから食べないって」

志水が鼻で笑った。

「人間風情が何を...」


赤峰は相良の肩を掴み前に押し出した。


「だってお腹すいてますよね」

「家に帰ってご飯を食べたい」

「その前に軽く小腹を満たしませんか?」

「無理」

「数学味ですよ」

「意味がわからんし、それは食事じゃない」

「きっと美味しいのに...残念です」


志水の額に青筋が浮かんだ。

「お前ら...少しはな...危機感を!!!持てぇぇぇ!!」


志水から出る圧倒的な黒いオーラが職員室を埋め尽くした。

普通の人間なら卒倒していただろう。

しかし相良は平然と手を上げた。

「先生、一つだけいいですか?」

「なんだ...?」

「俺に戦う気はありません。なぜなら面倒くさいからです。痛いのも嫌だし、疲れたくないし出来れば関わりたくないし、今日の所は一旦お開きにして家に帰してもらえませんか?」


志水は鼻で笑った。

「何を言い出すかと思えば...悪魔を食べる悪魔が…そんなことが許されるとでも思っているのか」

「悪魔に悪魔って言われたくないんですけど…」

相良は不貞腐れた顔で答える。

そんな相良の肩を田中は、ぽんっと叩いた。


「相良君...褒められてるわよ」

「褒められてねえよ。一個もそんな要素なかったよ」

「そんなことないです。いい感じって言われてます」

「なんでだよ赤峰」

「悪魔としての格が上がってます」

「上げたくない!」

心からそう思った。

そんな称号はいらない。

普通の高校生として平和に生きたいだけなのに...と。

そして最後の希望...佐々木を見た。

「佐々木...悪魔だぞ。やるだろ」

しかし佐々木は困った顔をする。

「だからさ。俺は時間外は働けないって」

「働けよ!」

「来週シフト入れるからさ」

「今だ!!今働け!今起きてんだよ事件は!!」

それでも佐々木は譲らない。

「先生!来週ってことで…どう?」

「今に決まってるだろ」

「...ですよね...」

そして深いため息をついた。

「仕方がないな...時間外だけど」

「お、やっとやる気になったか」

「空間ぐらいは閉じてやってもいいぞ」


…相良は真顔になる。

「それ意味ないよな」

「あるぞ」

「俺の力も半減するだろ」

「周りに被害が出なくていいだろ」

「俺には被害でるよな」

「出るよ」

「ダメじゃん」

「まあ、がんばれ!」

佐々木は親指を立てた。


「おまえら...」

志水は頭を抱えた。

どうこいつらを怒るべきなのか悪魔としてなのか教師としてなのか...もはや起こるべきことなのか、まったくわからなくなっていた。


相良は観念した。

「あーもう...じゃあ...佐々木やってくれ」

「よし任せろ」

佐々木の剣から光が溢れ出し白い空気が全体を包んでいく。

志水は眉をひそめる。

「これが...佐々木家の...」


佐々木が剣を振り下ろし世界が割れる。

すべてが白に飲み込まれ人だけが残った。

閉ざされた世界。


志水の背後に無数の数式が浮かびあがる。

「準備は出来たようだな」

黒い影と数式が混ざり合い巨大な影となる。


面倒くさそうに前に出る相良。

「やれやれ...」

「湊先生を見殺しにした報い...受けるがいい」

「いやだからそれは先生が」

「口答えをするな」

「だって先生が」

志水は全く聞く耳を持たない。

生徒の声は聞こえないようだ。

「教師としてどうかと思います」

「相良君その人教師じゃなくて悪魔です」

「…そうだけど...」

空中に浮かぶ無数の数式。

x、y、z。

Σ。

§。

φ。

見たこともない記号が洪水のように溢れ出し相良を混乱の渦へと飲み込んでいく。


相良は顔をしかめる

「うわっ!目がチカチカする」

「数学の美しさがわからないのか」

「わかりたくない」

「赤点だ!」

「ちくしょう...悪魔!!」

相良の右手がうねりをあげ鼻で笑った。

「だるい...こんなもんだるすぎるぜ」

黒炎を纏った身体が数式の隙間を駆け抜けていく。

「遅ぇんだよ」

悪魔が志水へと近づいていく。

相良は確信した。

「これなら...いける」


その瞬間だった。


ドゴォッ!!


鈍い衝撃音とともに悪魔の身体が吹き飛んだ。

黒炎をまき散らしながら壁に激突した。

空間が震え、壁に亀裂が走る。


「なっ!?」


さっきまで出ていた数式はどこにもない。

そこには拳を握った志水が立っているだけだった。


渾身の右ストレートを放ったであろうその姿勢。

相良は唖然としていた。

「まさか...」

志水は拳を握りなおす。


「なんだ」

「殴った…殴ったぞこの人!」

「殴ったが…それがどうした?」

「数式関係ないじゃん」

「数式に惑わされたな」

志水は肩をすくめた。

「トリックみたいに言うなよ」

「教師とは常に学ばせるものだ」

「単なる暴力じゃん。学びたくないよ。あんた教師だろ!」


「教師である前に...悪魔だ!!」

黒いオーラが揺れ、志水は不敵に笑う。

「ひ、開き直った...」


金澤が感心したようにうなずく。

「ちょっとかっこいいわね」

「そんなわけないよ」

「でも拳で解決する...男らしいよな」

「佐々木感心するところが間違ってるぞ」

「力でねじ伏せる...悪魔らしくていいわね」

「田中!黙れ!」


そんな中、赤峰だけは違っていた。

「相良君、殴り返してください」

「なんでだよ」

「殴り愛です」

「愛?そんな青春いらないよ」


壁にめり込んだ悪魔が立ち上がり黒炎が揺れる。

口元が吊り上がる。

「へえ、今のは結構効いたぜ。お前良いパンチ持ってるな」

「そうか」

志水がにやりと笑う。

「久しぶりだぜ。こんなに熱いのは...良い殴り合いが出来そうだな」


相良は嫌な予感がした。

「おい」

誰も聞いていない。

悪魔が拳を鳴らした。

志水もネクタイを緩める。

「来い!」

「上等だよ!」

二人の姿が同時に消え拳がぶつかる。

衝撃波が空間を揺らした。

轟音が鳴り響き志水の拳が悪魔の顔をとらえる。

しかし次の瞬間、黒炎を纏った拳が志水の腹に突き刺さった。

「ぐっ!」

「どうした!」

「まだまだ!」

殴り合い。

男と男の。

悪魔と悪魔の。

意地の張り合い。

そこには戦略も知性もない。

力と力。

ただの喧嘩。


相良は頭を抱える。

「何を見せられてるんだ…」


十分後。

戦いは終わり志水は床に大の字になっていた。

悪魔も同じだ。

二人とも力を使い果たし一歩も動けない。

そして志水が笑った。

「やるな...」

「お前もな」

お互いを認め合う二人。


相良川は叫んだ。

「なんで昭和の青春してんだよ!!」

白い空間にその声だけが虚しく響いた。


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