scene2 同棲
放課後。
相良は廊下を全力で走っていた...悪魔から逃げる為ではない。
赤峰怜奈から逃げる為である。
「はぁっ……はぁっ……!」
と息を切らしながら階段を駆け下り廊下を曲がった。
もはやひとり”逃走中”である。
「よしっ!」
下駄箱に到着した相良は後ろを振り返った。
誰もいない。
勝利を確信しガッツポーズをとる。
「巻いた…!」
そして靴を履き替えようとしたその時。
「どこに行くんですか?」
目の前には赤峰玲奈。
にっこりと微笑みながら、そこに立っている。
相良はその場で硬直した。
そんな相良に対して赤峰は首をかしげる。
「どうしました?」
「なぜ...俺の前に立っている...俺...全力で走ってきたんだけど...」
「ああ...途中で追い越しました」
「そうか…」
相良は遠い目をした。
「女子に...負けた…」
静かに膝から崩れ落ちた。
結構なショックを受けていた。
しかし赤峰はそんなことは全く気にしていない。
「それでは...」
「じゃあまた明日」
相良は赤峰の言葉を遮りその場を立ち去ろうとする。
だが、赤峰が腕をつかんだ。
「何を言ってるんですか。今日から私の家に帰るんですよ」
「帰らないよ!」
即答する相良に対して赤峰は不思議そうな顔をする。
「なんでですか?」
「なんでって...俺にも帰る家があるんだけど...」
「うーん...じゃあその家は捨ててください」
「嫌だよ!俺の家は俺の家だ。お気に入りのラノベだってたくさんあるんだ。俺のラノベ人生を勝手に破壊するなよ」
「でも...一緒にいたほうが効率的です」
「何の効率だよ」
「悪魔育成計画です」
「俺はその計画に参加した覚えはないんだけど…」
「相良君の意志は関係ないです。日々の成長を観察するんです」
「怖い怖い...もう、俺は俺の家に帰る。どうしてもって言うなら俺の家に来い」
その一言に赤峰が固まった。
「…え?」
「なんでそこで固まるんだよ。俺は結構な譲歩をしたぞ」
「…行きたいのですが…」
視線をそらした赤峰の歯切れは悪い。
「行きたいんですよ...でも...臭くないですか…?」
「は?」
相良は一瞬聞き取れなかった。
「俺、匂ってるか?」
自分で臭いをかいで確認する相良に対して赤峰は首を振った。
「そういう意味ではないです」
「じゃあなんなんだよ」
赤峰は顔を赤らめる。
「男の人のイメージが...」
「イメージ?」
「脱ぎっぱなしの服とか、謎の液体が入った飲みかけのペットボトルとか、食べかけのお菓子とか食べこぼしとか...」
「ないよ」
「三年以上放置されたカップ麺とか」
「ないないないゴミ屋敷じゃないんだから」
「壁一面のエッチなポスターとか」
「ないって、って言うか俺をどんな人間だと思ってんだよ」
「陰キャ」
「陰キャのイメージどんだけ悪いんだよ」
「でも...少しだけ興味はあります」
「俺の部屋に?」
赤峰は小さくうなずく。
「相良君がどんな生活をしているのか」
相良は嫌な汗をかいた。
机の上のラノベの山。
本棚のラノベ。
押し入れのラノベ。
予備のラノベ。
保存用のラノベ。
観賞用のラノベ。
布教用のラノベ。
脳内にラノベに埋もれた光景が浮かんだ。
「...やっぱり来なくていいかも...」
「なんですか急に...怪しいですね。何か隠してます?」
「隠してない!」
「今の一瞬の間が怪しいです」
「やめろやめろ変な想像するな」
そんなやり取りをしていると...。
「何を寝ぼけたことを言ってるのかした」
聞き覚えがある声がした。
振り向くとそこには腕を組んで立つ湊かえで先生がいた。
「「せっ先生」」
相良と赤峰が同時に声をあげた。
湊は険しい顔で二人を見る。
「まったく最近の高校生は、高校生ごときが同棲なんて許されるわけないでしょ!先生だってしたことないのよ」
相良は思った。
(最後だけ声に力がこもってたな...)
赤峰は冷静だった。
「ひがんでるんですね」
「違うわよ!!学校の、学校の風紀を守ってるのよ!あくまで風紀よ!」
「いや、でもまあ確かにその通りだよな」
相良の言葉に湊の顔が少し明るくなった。
「おっ珍しくまともなこと言うわね」
「そうですよね。さすがに高校生同士の同棲はまずいですよね」
「そうよ相良君わかってくれたのね」
しかし赤峰は不満だった。
「なんてこと言うんですか相良君!こんな先生もう一回殺しましょう」
「やめろ!」
相良が止める。
湊も一歩下がった。
「さらっと物騒な事言わないでよね」
「邪魔です」
「先生に対して邪魔は...良くないよ」
「邪魔なものは邪魔です。私たちの未来を破壊してるんですよ」
「どんな未来だよ」
「同棲生活です」
湊は頭を抱えた。
「なんなのこの子...」
「でも...さ先生よく考えたら悪魔だし死なないじゃない」
「じゃあ何回でも殺せますね」
「なんでそんな結論になるんだよ」
「こんな扱い教師生活で初めてよ」
「悪魔生活でもですか」
「悪魔生活でも初めてよ」
「じゃあ初づくしでおめでたいですね」
そんなやり取りの末。
赤峰はようやくため息をついた。
少しだけ不満そうに唇を尖らせる。
「もういいです。いったん諦めます」
「わ、わかってくれたようね」
湊はぐったりしながら言う。
相良は心の底から安堵した。
「よかった...」
しかし赤峰はにっこりと笑う。
「でも、いつか家に連れて帰りますからね」
「諦めてないじゃん」
「長期計画です」
「そんな計画はいらないよ」
赤澤は満足そうだった。
まるで数年後の未来まで見えているような顔である。
相良川は空を見上げた。
夕日がやけに眩しかった。
「俺の平和な高校生活……」
「そんなものは最初からなかったわよね」
いつの間にか立っていた田中が肩に手を置いた。
認めたくない現実を突きつけられ遠くを見るしかなかった相良だった。




