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淫乱女神のエロス論

 使徒の襲撃といった懸念していた危機も波乱もなく、瑠奈の家で一日が過ぎた。


 鮎と一夜を共にしたホテル以来、女神という言葉を何度か聞かされた。それも鮎に関することらしい。アイドル、マドンナと同じく、女神は女性を讃える抽象的な意味で使われるものだと思っていたが、何か特別な意味がありそうだ。そして、瑠奈は自らを元女神だと言った。酔った上の冗談として聞き流したものの、それにも何か意味があるように思えてくる。


 瑠奈が俺たちの知らない何かを知っているのは確かだ。問い正したいが、俺は、瑠奈との時間を意識的に避けていた。どうにも苦手なんだあの人。それに、きいても答えをはぐらかされるだけだろう。


 平穏に過ぎる一日って、結構苦痛かも。


 俺は、そんなことを考えながら、マサトから渡された書類を鮎と一緒に精読することに可能な限り時間を費やしていた。それは、俺たち二人の新たな人生の指南書だ。そして、俺は、好むと好まざるに関わらずレジスタントの一員になるしかないのだ。



 「俺たち、もう戻れないんだな。元の生活。元の世界」


 鮎と一緒のベッドの中で俺はそう言った。


 「戻りたいの? お兄ちゃん」


 鮎は俺の胸の上に頬をつけて俺を見上げている。俺は、はっきり首を横に振った。神無月の家でもこうして寄り添い合うことはあったが、今では状況が全く変わっている。鮎の髪を撫でながら、そう思う俺。


 「ごめんね。お兄ちゃん」


 「どうして、鮎が謝るんだよ」


 「お兄ちゃんを巻き込んだのは、わたしだから」


 「そんなことないって言っただろ。俺が選んだ道だ。俺が鮎を選んだんだ」




 「連絡があったわ。明日の朝、あなたたちを迎えに来るって」


 共に朝食の食卓を囲みながら、瑠奈がそう言った。昨日と今日、朝食は俺が作っていた。


 「残念だわ。こんなに美味しい御飯が食べられなくなるなんて」


 茶目っ気を出しているつもりだろうか、瑠奈はそう笑顔で言って、俺の顔をじっと見ている。


 「毎日でも食べたかったな。亜夢くんの手料理。しっかり精のつく料理も作ってくれるのよね。毎晩でもエッチ出来るように。鮎ちゃんが羨ましいな」


 何でもそっち方面の話に持って行くのもやめてほしい。淫乱女神め。あんた、処女だって言ったよね。それに、俺たちまだそんな関係じゃないし。俺は無言のままそう思った。


 「ねえ、鮎ちゃん。あなたに言っておきたいことがあるんだけど、いいかしら」


 急に改まった様子で瑠奈がそう言った。


 「はい、何ですか?」


 鮎は瑠奈を真っ直ぐ見返した。


 「鮎ちゃん。あなたは特別な存在なの。今はその意味を分からなくていいわ。でも、堕天使の私から一つだけ忠告」


 今度は堕天使ですか? あなた、本当に何者? そう無言で思う俺と鮎の前で、瑠奈は言葉を続けた。


 「鮎ちゃんは、まだ、早いわね。赤ちゃん作るの」


 「はい……?」


 「何なら、私代わってあげようか? うふふ。私なら、いつでも赤ちゃん産めるからさ」


 「駄目です!」


 鮎と俺は、口を揃えてそう言った。


 「酷いな。冗談じゃないのに」


 冗談じゃないんですか?


 「見たでしょ。わたしの体。安産体型なの。また見る?」


 誰か、この淫乱女神を止めてくれ。画学生だなんて言うけど、人前で脱ぐのが目的でやってるんじゃないだろうか。


 止める間もなく服を脱いでしまう瑠奈。ダイニングルームの天窓から差し込む朝の明るい陽ざしの中で全裸になってしまった。全身をごく薄く包む産毛とこんもりと茂った恥毛が煌めいて見える。そして、瑠奈は勝手にポーズをとっている。いかにも絵になりそうな裸婦のポーズだ。モデル慣れしてるというか、露出狂と言うべきか。対応に困って赤面している俺たちにはお構いなしだ。


 「美しいと思わない? 人間のあるがままの姿。遠いいにしえから、女性の裸体は芸術のシンボルとされてきたの。男性の生殖器の機能美が建造物のシンボルとされたようにね。特に、子供を産む年齢に達し成熟した女性は豊かさと美しさの象徴。それが、いにしえの女神の概念にもなったのね」


 小難しそうな芸術論にみせかけて、恥ずかしい恰好で恥ずかしいことを言う淫乱女神。瑠奈は、床に座り込んでポーズを取り始めた。時折両足を広げたりしている。


 「美しいものをどうして隠そうとするのかしら。理解に苦しむわ。私、一人で家にいる時は基本全裸だから、むしろ、これが普段の姿。文字通り自然体ってこと」


 堂々とそう言われると、恥ずかしがって見ている俺たちの方が普通じゃないように思えてきた。いや! そうじゃない!


 「鮎ちゃん、いらっしゃい。女の子って、自分の秘められた部分をちゃんと見ることって無いでしょ。変な羞恥心を持ってるのね。自分の体なのにね。参考のために、私のを見せてあげる。男の子からどういう感じで見られているのか、興味あるでしょ」


 そう言って手招きする瑠奈の前に鮎は、素直に四つん這いになった。


 本当に興味あるのか? 鮎。


 「どう? ちょっと奇妙に見えるかしら。それとも怖い?」


 瑠奈の言葉に、鮎は首を横に振った。


 「凄く綺麗で見入っちゃいました」


 「分かる? 男性の生殖器は股間から飛び出してるから、いやでも目について、単独でシンボルになりやすいけど、女の子のは、内側に隠されちゃってるから、それ自体では芸術表現が困難なの。でも、それが神秘的なのね。女性の象徴を体の内側に秘めたことが人間を人間たらしめたって私考えているの。それが、禁断の果実の私なりの解釈ってわけ」


 あらぬ姿態で妙な持論を展開する瑠奈。凄い状況だ。


 「うん。でも……。お兄ちゃんは見ちゃダメ! エッチ! あっち行ってて!」


 鮎は、手で俺を追い払おうとした。


 「これは、女の子だけの女子トークなんだからね。男は入ってきちゃダメ!」と鮎。


 どこがどういうふうに女子トークなのか、俺には理解不能だが、黙っているしかない。俺は数歩だけ後に下がった。


 「でね、女性の象徴が体の内側に秘められたことで、女体そのものの表現が芸術になったってわけ。そして、男と女の体の外見的分化が進んだの。その一つとして、オッパイなんてさ、本来の機能上不必要な脂肪が付いただけなの。より大きく見せるようにね。まあ、大きい方が目立つのは確かだから」


 瑠奈の持論は止まらない。


 いや、オッパイは、目立つだけじゃなくて、揉み心地も大切だぞ。と俺は思ってしまった。


 「うん。女の武器ですよね。瑠奈さんの胸、綺麗で形が整って素敵だと思います」


 と言う鮎。瑠奈と共感するところがあるらしいけど、武器なの? まあ、そうかな……、俺、オッパイには弱いし。


 「そう言ってもらえると嬉しいな。鮎ちゃん、私たち、気が合いそうね」と瑠奈。


 頼むから、合わさないでくれ。エロ女神。


 「でね、話戻るけど」と瑠奈。


 戻るんですか?


 「一日目の夜、鮎ちゃんと亜夢くんが愛し合う姿を見て、私、気付いたの。勃起という視覚的に明確な特徴を持つ男性の肉体が女の子の体の一部のように振る舞うってこと。まるで女の子の体にもともと備わっていた器官のように共有されるの。それがエロス。男を女に繋ぎ止める矢尻。男は女の子の体を奪ったつもりで、実は女の子の一部になっちゃうってことね」




 エロスマニアの女子大生との共同生活という点を除いては、懸念していた危険も無く、この数日の隠れ家暮らしは平穏無事な生活だったと言うべきだろう。


 そんな仮住まいも明日までだ。明日からはまたどんな生活が待っているのか分からないが、こんな調子で時が流れて行くような気がする。俺はそんなことを思いながら、ふと、テレビの画面に目が釘付けになってしまった。


 「名門巫女家系断絶の危機」というテロップと共に見慣れた神無月家の屋敷の長い塀が映し出されているのだ。そして、女性アナウンサーが早口にニュースを読み上げていた。


 「先程お伝え致しました通り、神無月家十八代目当主亜里沙さんの死亡が搬送先の病院で確認されました」


 俺は呆然として驚きの声さえ出せなかった。


 「発見当時の状況から、警察は殺人事件と判断し、何らかの事情を知っているとみられる失踪中の長男、神無月亜夢の行方を追っています。また、同時に行方が分からなくなっている長女も事件に巻き込まれた可能性があるとみられ、懸命な捜索が行われています」


 テレビの画面に俺の顔写真が名前付きで映し出された。すでに容疑者扱いだが、俺の頭の中では、そんなことも虚ろに響いていた。


 母の亜里沙が死んだ。殺されたって? どうして? 誰が? 


 酔って他愛もない寝顔で寝入ってしまう亜里沙の見慣れた姿が脳裏をぐるぐる回っている。


 「嘘……」


 小さな叫び声に振り向くと、鮎も呆然とした表情で立ち尽くしていた。


 「鮎……」


 「お兄ちゃん……」


 互いに唇が震え言葉にならない思いを辛うじて目で告げ合うしかない。


次回:月の女神の男の娘育成ゲーム


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