原初の女神とエロス
開いたドアから現れたのは、小柄な女の子だった。家主の娘だろか。見たところ、高校生? 中学生にも見える。
「いらっしゃい。鮎ちゃん、それから、そちらの美人は亜夢くんかしら。初めまして、私は大出町瑠奈。しばらくの間、あなたたちを預かることになるわ。よろしくね」
「君……、あなたが?」
「そうよ。あなたたちがここに来ることは予め知らされていたから、堅苦しい挨拶はいらないわ。知ってると思うけど、私は協力者。でも、組織のことについては何も知らない。ただ、あなたたちのように保護を求めて来る人を一時的に預かるだけでいいの。あなたたちの事について、私が知らされているのは、親が勝手に決めた結婚が嫌で駆け落ちしてきた女の子とその彼氏ってことだけ。それが嘘でも本当でも、それ以上の事情は知らないし、知る必要もないわ。あなたたちが、保護を必要としていることさえ事実ならね」
そう言う瑠奈に、随分と大人びたしゃべり方をする女の子だと俺は思った。何より、俺が想像していた家主とは全くイメージが違うことに面喰っていた。
「この家に住んでるのは、あなた一人?」
俺は挨拶を交わすことも忘れ、そうたずねた。
「そうよ。私の家。だから、気兼ねはいらないわ。私、そういうの嫌いだから。まあ、もとはと言えば、祖父が残してくれた家なんだけど、大学に通うのに都合がいい場所だから、私が住んでるの」
「大学生?」
「何、それ。意外そうな顔。私のこと、子供だと思ってたんじゃないでしょうね。失礼しちゃうわ。ま、胸はだいぶ控え目だってことは認めるけどさ」
「いや……、そんなこと」
俺は慌てて否定しようとして、瑠奈の胸に目が止まってしまった。確かに、無い。
「いいの。女の価値は胸の脂肪で決まるもんじゃないし、貧乳はステータスよ。って、何、言わせるのよ、バカ、エッチ! スケベ! なんてね、冗談はさておき」
冗談なんですか?
「私、聖都芸大の画学生だよ」と、ニッコリ笑う瑠奈。
「あ、挨拶が遅れました。わたくし、いや、俺……」
「いいから、いいから、そんな挨拶なんて。言ったでしょ、あなたたちの事、知る必要無いって。亜夢くんの女装趣味のことだって、詮索しないから安心して。人それぞれ、色んな趣味を持ってるのって、普通だし」
「いや、これはですね……」
言い訳しようとする俺の服の袖を鮎が引っ張った。
「お兄ちゃんだけ、ずるいよ。瑠奈さんとしゃべってばかり」と、少しふくれっ面の鮎。
「安心して、鮎ちゃん。私、あなたの大切な彼氏、とったりしないからさ。そりゃまあ、略奪愛ってエキサイティングだけど、女装男子は、ちょっと……。うん、やっぱり、ありかも」
「何が?」と、同時に俺と鮎。
「ねえ、亜夢くん。お願いがあるんだけど、私のモデルになってくれない? その恰好のまま、鮎ちゃんと一緒に。女としては悔しいけど、凄く綺麗だし。倒錯的魅力を感じるの。どう? あなたち二人を保護してあげる対価としては安いものじゃない? 安心して、あなたたちが変装のため、その恰好をしてるのって、分かってるし、もちろん、顔は個人が特定出来ないよう変えて描くからさ」
俺と鮎が瑠奈のモデルになった後、変装の化粧を落とし、もとの姿に戻った時はすでに夕刻だった。瑠奈を加えた俺たち三人、瑠奈が近所のスーパーで買ってきたというお弁当を一緒に食べた。
「こんな物でごめんね。私、お料理はからきし駄目なの」
そう言う瑠奈に、それなら俺がと言おうとして、裾を引っ張って俺を睨んでいる鮎に気付いた。
「お兄ちゃん。瑠奈さんとおしゃべりし過ぎ。わたしたちの立場分かってるの?」
瑠奈にあてがわれた寝室で二人きりになった時、鮎はそう言って頬を膨らませた。
「仕方ないだろ。あの人、一方的にしゃべりかけてくるんだから」
「良かったね。お兄ちゃん。素敵な女の人にちやほやされて」
「そんなんじゃないだろ?」
「そうだよ。お兄ちゃん、デレっとしちゃってさ。昨夜、わたしと愛を語りあったばかりなのに」
「俺には、鮎しか見えないよ。ようやく、二人きりになれたんだ。機嫌直せよ」
「本当? わたししか見ない?」
「もちろん。俺の可愛い鮎」
俺と鮎が唇を重ねようとしたその時、ドアがノックされた。
うん。予感してたけどね。こんな展開、もう二度目だし。
「ちょっといいかしら?」
部屋の入口でそう言う瑠奈に、嫌とは言えない。ここは、彼女の家だ。瑠奈を部屋に招き入れながら、俺はアルコール臭いと思った。飲んで来たらしい。
「私ね、ぴんと来たの」と瑠奈。
「何が? です」と俺。嫌な予感しかしない。
「直感よ。芸術の女神が舞い降りたってこと。まあ、私自身、元女神なんだけどね。えへへ」
そう言う瑠奈に、俺はだいぶ酔ってるなと思った。
「私の創作のテーマは、ずばり禁断の果実、原初の人間を人間たらしめたエロス。そのエロスを忘れた奴らに知らしめたいのよ」と瑠奈。
「はい……?」
「あなたたち二人を見て、私の直感が告げたの。あ、この二人だって」
何が言いたいのだろう? ただ酔っているだけか? 慎重に返事を選ぼうとする俺に構わず、瑠奈は言葉を続けた。
「私、画学生だから、男の人のヌードも女の子のヌードもいっぱい見てるの。私自身、モデルの代役として人前でヌードになることあるのよ。もちろん、全裸。うふふ。見たい? こう見えて、私って、結構安産体形なんだよ」
「?」
瑠奈の言葉の意図が読めない。やはり、酔っているだけのようだ。
「って、話が逸れちゃった」
逸れない話なんか、あなたにあるんですか?
「でね、私、裸は見飽きるほど見てるんだけど、男と女、その二つの肉体が求め合う場面は見たことないの。私自身にも経験無いしさ。男性モデルって、女の子の前でも、あそこを勃起させたりしないんだよね。人間のくせにね。変に気取っちゃってるのね」
だから、何だと?
「お兄ちゃん、この人、酔ってるよ。関わらない方がいいって」
鮎が俺の腕を引っ張りながらそう言った。
「鮎ちゃん。あなた、月の使徒に追われてるでしょ」と瑠奈。
「どうして……?」と、同時に俺と鮎。
俺は、鮎の体をかばって身構えた。
「分かるわよ。だって、あなた、原初の女神の血を色濃く引いているんですもの。あなた自身、自覚が無いんだったら、今はまだ詳しいことは知る必要ないわ。でも、気を付けて。使徒はとっても、しつこいの、私の結界もいつまで保つか分からないし」
「あなたは、一体何者なんですか?」
俺は瑠奈にそうたずねた。慎重に言葉を選んだつもりだ。
「言ったでしょ。協力者だって。いつもただ働きの損な役回り。それだけよ」
「だからって、どうして、こんな話を?」
「そうそう、危うく大切な要件を忘れるところだったわ。見せて欲しいの。男と女としての、あなたたちのありのままの姿。禁断の果実、原初の人間を人間たらしめたエロスを」
「それって……?」
「もう、分かるでしょ? 乙女の口からこれ以上恥ずかしいこと言わせないでよ。あなたたがエッチする姿を見せて欲しいってこと。もちろん、モデルとしてだから、本気じゃなくていいの。どんな事情があるのか分からないけど、駆け落ちまでしたんだから、ちゃんと、やることやってるんでしょ?」
どこが乙女なんだか。俺は、鮎と目を見合わせた。鮎は、こっくりうなずいた。え! 本当にいいのか? 俺たち、やることやってると言えるかな。
「お兄ちゃん。仕方ないよ。この人、普通じゃないもん」
そう言う鮎に、俺はうなずき返した。普通の人間じゃないのは確かだ。エッチだなんて言っても、モデルになるだけ。そういうふりをするだけだ。
「交渉成立ってことでいいのよね。じゃあ、さっそく」
そう言いながら、瑠奈はいきなり服を脱ぎ始めた。
「お兄ちゃん、見ちゃダメ!」
鮎は、両手で俺の目を後ろから目隠しした。
「安心して。私、見てるだけだから。でも、あなたたちだけ裸にするのは不公平でしょ。私、人前で裸になるのは慣れてるから大丈夫」
何が大丈夫なんだか分からないが、瑠奈は既に全裸になっている。
鮎の指の隙間から、俺は、鮎以外で直に見るのは初めての女の子の裸体を見ていた。
瑠奈の安産体形という言葉通り、腰回りは女性らしい優美な肉付きで、股間の茂みが、その下に続く太もものむっちりとした触り心地の良さそうな曲線美を際立出せている。
男心をくすぐる体形だと思う。胸は確かに小さいものの、乳房は綺麗な円錐形で、無駄を省いたような美しさがある。その先端の形もほど良く整っている。大人になりたての初々しい裸体。この体で、男性経験が無いのはもったいないと思ってしまった。
「お兄ちゃん、見ちゃダメだってば! わたしだけを見てって、言ったでしょ!」
鮎は、両手で強引に俺の顔の向きを変え、彼女自ら俺と唇を重ねた。そして、キスをしながら、自分で服を脱ぎ始めた。俺も、鮎を脱がせ始める。瑠奈は、部屋の隅の椅子に座って、いつの間にか、スケッチブックを手にしている。
もう、どうにでもなれだ。俺はそう思った。瑠奈の目の前であったとしても、鮎と体を重ね合うのに躊躇なんていらない。むしろ望むところだ。今までだって、監視の目があったかもしれないのだ。
俺と鮎は、全裸になって、男と女の関係を意識して愛撫し合った。まだ本当の関係にはなっていないけど、体はどうすればよいかを知っている。求められるまま肌の交わりを演じて見せた。瑠奈は、スケッチブックの上で手にした鉛筆を忙し気に滑らせ始めたようだ。紙を擦る断続的な音が聞こえる。紙をめくる音もする。
「あ、ああっつ! お兄ちゃん、また、そんなところ、エッチ……」
瑠奈に見られているという意識が鮎の体の感度を上げているのだろうか。触っているだけなのに、俺の愛撫に、鮎は、身悶えしながら甘い女の喘ぎ声で応えた。演技だと分かっていても、鳥肌が立つ、いや、男の本能を直撃する声だと思ってしまう俺。生命の旋律を奏でる甘美な前奏曲のように響いて、オスとしての肉体を震わせた。そして、俺は、鮎の柔らかい内太ももが濡れていることに気付いた。おもらしじゃないよな。鮎。迫真の演技だ。
いつの間にか、瑠奈のスケッチブックの上の手は止まっていた。瑠奈の全身が火照っているようで、浅く、荒い息で裸の肩を揺らしていた。恍惚の表情にも見える。
「生々しいけど、躍動的で、思ったよりずっと綺麗だったわ。素材が良いってことでもあるけどね。もっと生臭い人間の情念のようなものを感じると思ったけど、至極自然体。本当にあるがままの姿って感じ。あなたたち、吹っ切れているのね。見せてもらったわ。原初のエロスの末裔が織りなす命の灯火のドラマ」
瑠奈は、そう言って立ち上がった。
「うふふ。演技とは言え鮎ちゃんも幸せそうな顔。女神の快楽の淵は果てしなく深いって、本当らしいわね」
そう言って、意味深な笑みを浮かべる瑠奈と俺は全裸で向かい合っていた。
ついつい、瑠奈の裸の乳房に目が行ってしまう俺。鮎がすぐそばにいるのに。男の体は正直だ。
「男って、やっぱり、不憫な生き物ね」
と言う瑠奈。
「どういう意味?」
「意味なんて考えるからよ。あなたたち男の役割は出来るだけ多く自分の子孫を残すことだったはず。それが男という生き物の存在意義なのに、自ら封印しちゃうの。良かれと思って選択したその結果がどんな未来を招くのかも知らずにね」
次回:淫乱女神のエロス論
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