月の女神の男の娘育成ゲーム
「予定変更、知っている通り、緊急事態だ」
隠れ家に真美と共に現れたマサトはそう言った。瑠奈の姿はない。
「一体誰が?」
俺はその言葉しか口に出せなかった。まだ、頭の中が混乱している。
「使徒の差し金だろう。すまない。僕のミスだ。まさか、当代巫女に手をかけるとは考えも及ばなかった。こんなことになると分かっていれば、対策がとれたんだが……」
「わたしのせい? わたしが逃げ出したから、十八代目様まで……」
「鮎ちゃん、今はそんなことを考えている場合じゃない。逃げ延びることだけ考えるんだ。亜夢くんも。いいかい。生きてさえいれば必ず……」
「嘘!」
鮎が叫んだ。
「もう、取り返しのつかないことが起こったのよ! わたしのせいで」
「違う! 鮎ちゃんのせいじゃない!」と、語気を強めるマサト。
「俺ですか? 俺が鮎を連れ出そうなんて考えなければ、こんな……」
俺はそう言って言葉を詰まらせた。
「それも違う! 君たちは、間違った運命に抵抗した。それは正しいことなんだ。信じてくれ、踏み出した歩をここで止めないでくれ。それこそ、奴らの思うつぼだ。抗い続けるしか道はないんだ」
「それは、レジスタントの論理じゃないかしら」
瑠奈の声だ。いつの間にかマサトの後ろに立っていた。ちゃんと服は着ている。
「大出町瑠奈さん、ですね」
「そうよ。こうして顔を合わせるのは初めてね。レジスタントさん。月の支配から人類を解放するという荒唐無稽なスローガンを掲げる独立革命家。そして、国家権力側からの呼び名はテロリスト」
「それを承知で、我々の協力者になったんですよね。あなた方市民にとって、月の支配だなんて絵空事で、信じられないのは分かります。でも、今は……」
「待って。私、信じてないだなんて言ってないわ。荒唐無稽と言ったのは、実現可能性のこと。だって、私、月から来たんですもの。月のことについては、あなたたちよりずっと詳しくてよ」
瑠奈は落ち着いた声でそう言った。鮎の前であらぬ姿を晒していたエロ女神とは別人のようだ。
「月の……、使徒ですか? 瑠奈、あなたが?」
俺はそう言って瑠奈に視線を投げて身構えた。そして、鮎を抱き寄せる。使徒の襲撃を恐れていたが、まさか、瑠奈自身が……
「厳密に言うと使徒じゃないけど、今、その話は抜きにして。あなたたちの味方だから安心して」
瑠奈は鮎の方を向いて言った。
「鮎ちゃん、落ち着いて、私の話を聞いて。地球で生まれたあなたにとって産みの親を奪われる辛さ、私、知識としては理解出来るわ。きっかけを作ったのが誰であれ、奴らが手を下したのだとしたら、非道の代償は奴らに負わせるべき。鮎ちゃんが負うべきじゃない。自分を責めないで。しっかり前を向いて、今なすべき事に意識を向けるの。それは、奴らの策に乗ることじゃないはずよ」
「ふむ。月の女神ごときが、偉そうなことをほざくわ。だが、一理はある」
またあのヤバそうなのが現れて、俺たちを見下ろしていた。今はもう驚いている場合じゃない。
「元よ。今はもう女神じゃない」
瑠奈は、全く動じることなくデカ物を真っすぐ見上げて言った。
「こうして実物を見るのは初めて。本当、大きいわね。召喚竜さん」
「月の女神だって! まさか、そんな、あり得ない」
マサトは動揺しきりの体で口を挟んだ。
「逃げ出してきたの。私は亡命者。でも、その話も抜きにして。今は、鮎ちゃんの安全が最重要課題でしょ」
「策があると思っていいんですか? そして、瑠奈、あなたを信じてもいいと」
俺は鮎を腕の中にかばいながら、そう尋ねた。
「ええ、もちろん。信じるかどうかは、あなたたち次第だけどね」
瑠奈は落ち着いた口調でそう言って、笑みを見せた。
「まずは、状況を冷静に判断する必要があるわ」
瑠奈は言いながら全員を見回した。
「私、神無月家の巫女の死亡はフェイクニュース、罠だと思う」と瑠奈は続ける。
「僕たちも、それは疑いました。でも、月の通信をハッキングした結果は……」と、マサトが口を挟む。
「あら、そう。その通信が罠だということは疑わないわけ? レジスタントさん」
「まあ、その可能性はゼロではないかな。しかし……」
「あなたたちが、亜夢くんの共鳴増幅器を解除してしまった時点で、月の奴らは、通信が傍受されていることに気付いて当然よね」
瑠奈は、マサトの言葉を遮って言葉を続けた。
「神無月家の巫女は、重要な切り札よ。使い道はまだいっぱい残されている。そんな切り札は最後の局面まで温存するもの。私が使徒なら、そうするわ。今彼らは亜夢くんの公開捜査という切り札を切ってしまった。二枚の切り札を同時に使うなんておかしいわ。まだ、そんな局面じゃないもん。奴らは、まだそこまで追い詰められていないはず」
「まあ、確かに……」とマサト。
「言っとくけど、これはゲームなの。月の連中にとってはね。娯楽に過ぎないのよ。だったら、その投資に見合うだけ、十分楽しもうとするのが奴らの本性」
「ゲームだなんて……」
俺はそこで言葉を詰まらせた。
「こんな言い方をしてごめんね。亜夢くん。でも、事実は事実だから。道明ヶ原家の兄妹のことは知ってるわよね」
瑠奈の言葉に俺はただ頷いて見せた。
「あの兄妹の悲恋物語は、月世界のトップコンテンツになったそうよ。そう、あなたたちレジスタントの妨害で台無しにされるまではね」
瑠奈はそう言って、真美に視線を移した。
「あなたが、真美ちゃんね。あの勝気で可愛い姫神候補の共鳴増幅器だった女の子。今では立派なレジスタントみたい。見違えたわ。あなたのお姫様とあなたとの間の同性愛物も人気コンテンツだったそうよ。奴らは当然訪れるであろう悲劇を待ち望んでいたの。あなたたちは、あまりにも純粋で、傷つきやすく、今にも壊れそうだったから。どう? 今でもお姫様と上手くやってる?」
そう言う瑠奈を真美はきっと睨みつけた。拳を握りしめた手が微かに震えている。
「そんな話を聞きたいわけじゃない。今は……」と気色ばって口を挟もうとするマサト。
「分かってるわよ。ただ、話の筋道を通したかっただけだから、悪く思わないで」
と瑠奈は言葉を続けた。
「少し脱線しちゃったけど、私が、月から来たことは分かってもらえたかしら。それから、月の連中にとって、今の状況はまだゲームに過ぎないってこと。そのことをしっかり理解した上で、私たち、対策を練る必要があるわ」
「私たち、ですか?」
俺は、瑠奈の言葉に違和感を覚えた。
「そう。私たちの利害関係は既に一致していると思わないかしら?」
「俺、まだ、あなたのこと……」
信じられないと言おうとして、俺は、言葉を飲んだ。怪しい女には違いないが、今は、瑠奈を信じるしかないと自分でも分かっていた。
「相変わらず他人行儀ね。亜夢くん。そんなところも嫌いじゃないけど」
そう言って意味ありげにクスっと笑うエロ女神。
「亜夢くん、まさか、やったのかね? 彼女とまで?」と真顔で問うマサト。
俺はぶんぶん首を横に振った。そのすぐ隣では鮎が目くじらを立てている。
「お兄ちゃん。エッチなんだもん。でも、本当に瑠奈さんとは何もなかったんだよね?」
と、鮎。俺の腕を掴んで瑠奈から遠ざけようとする。
「ちょっと、待って! 今は、そんな痴話げんかしてる場合じゃないでしょ!」
真美が間に割って入ってくれた。
「まあ、男と女だから色々ある。男と女じゃなくても、あるけど」と相変わらず真顔で言うマサト。
「兄さんは、黙っていて!」
ぴしゃりとそう言う真美。
「というわけで、場の雰囲気も解れてきたところで、本題に入っていいかしら?」
瑠奈は、そう言ってクスクス笑った。
笑いごとじゃない状況だと思うけど、俺も、瑠奈の案を聞きたくなった。月の使徒への対抗策。自ら月から来たという瑠奈に聞くのが一番かも。それに、もし、瑠奈が言う通り亜里沙がまだ生きているとしたら、助け出してやりたいと思う。ところで、鮎の眷属、召喚竜と呼ばれるデカ物は、また、いつの間にか姿を消していた。
ま、こうなるんじゃないかって予感はあったけどね。
俺は、真美によって女装させられていた。二度目になると慣れてきた。もうビューラーを当てられるのも怖くないし、口紅の乗り具合も自分でチェック出来るようになった。
「亜夢くんを母親殺しの犯人に仕立て上げて指名手配したことで、奴らは、亜夢くんが出来るだけ安全な場所に身を潜めると考えているはずよ。それを逆手にとるの」
それが瑠奈の提案だった。
「使徒の手が届かないと考えられる場所。そこには既に罠が仕掛けられているとみるべきね。亜夢くんの身柄を使徒の手で秘密裏に確保し利用するために。警察の捜査なんて、見かけ倒し。聖都の警察に捕まえられっこないって、使徒は考えているはず。むしろ、捕まったら面倒な事になっちゃうし、それでゲームオーバーでしょ。せっかくの投資が水の泡になっちゃうってわけ」
だから、と、瑠奈は、固唾を飲んで聞いている俺たちの前で作戦を持ち出したのだ。
「ダメよ! そんなの。お兄ちゃんの身が危険過ぎる」
真っ先に鮎が瑠奈の作戦に反対した。
「何? その、巫女装束に猫耳をつけた男の娘アイドルのプロデュース作戦って」
異を唱えながら、瑠奈の作戦名を正確に復唱する鮎。もしかして、案外関心があるんじゃないかしら。
「えー、鮎ちゃん、駄目なの? 亜夢くん、凄く可愛くって似合うと思うけどな。鮎ちゃんだって、男の娘亜夢くんで遊んでたくせに」と不服そうな瑠奈。
「そうじゃなくって、そんなことしたら、お兄ちゃんが警察に捕まっちゃうじゃない」
「世間の注目を集めることが目的なの。それも、出来るだけ派手な方法でね。考えてもみて、天下の名門巫女の家柄で、ショッキングな母親殺害の容疑者が、実は男の娘。しかも、物凄い美少女で、アイドルデビューしてただなんて、もう、属性盛りまくり……、うぷぷ」
言いながら、笑いを堪えきれず、吹き出してしまう瑠奈。絶対、面白がってますよね。あんた。人の不幸を何だと……、思ってないか。このエロ女神は、楽しめればそれでいい快楽主義者だ。
「安心して。注目を浴びている間、使徒も亜夢くんに手出しは出来ないから。使徒の人間世界への干渉は極秘に行われるのが鉄則なの。奴ら縦社会だから、世間を騒がせる裁定なんてまず降りない。それに、もし亜夢くんが警察に連行されたら、熱狂的なファンが黙ってないでしょ。そういうふうに仕向けるの。私たちにとって、時間稼ぎには十分なはずよ。その間、鮎ちゃんの安全を確保しつつ使徒の出方を見る余裕も出来るってわけ」
「どうだろう? 僕たちで判断出来る問題じゃないようだ。亜夢くん、作戦の成否は君次第だと思うけど、君の判断に任せてもいいかな」
眼鏡を鼻の上で動かしながら、そう言うマサト。その真顔が怖いんですけど。
もう、これって、俺には拒否権無いですよね。
というわけで、女の子の姿にされてしまった俺だった。プロモーション用のブログ素材を撮影するという理由だ。謎の地下アイドルが芸能界デビューするという筋書きだった。
真っ先に反対していたはずの鮎は、真美のメークにあれこれ注文をつけて、黄色い声を上げている。
「ねえ、お兄ちゃん。当分、髪切っちゃ駄目だよ。ちゃんとお手入れしないと、せっかくの綺麗な髪の艶が台無しだからね」と鮎。
すっかり乗り気のようだな、妹よ。
真美と鮎によるメークと着付けが完了し、全身が映る鏡の前に立たされた俺。そこには、少しはにかみ気味の正統派美少女の姿があった。ショートカットのウイッグと目元の明るいメーク。カラーコンタクトで偽装した瞳は神秘的な藍色。足元は丈の長い白のニーソックスと極端なミニスカートで太ももの絶対領域が強調されている。
うん。俺、男だったら、間違いなく惚れちゃいそう。って、俺、男なんだけど!
次回:男の娘アイドル円城寺マドの絶頂
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