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男の娘アイドル円城寺マドの絶頂

 煌めくステージライトの向こう側には、スタジアムを埋め尽くした五万人の大観衆が色とりどりのサイリウムと共に揺れ動いている。それは大海原で絶え間なく寄せては返すさざなみのように見えた。


 トレードマークの巫女装束風ミニスカート姿の円城寺マドこと、俺は、ステージ中央のスタンドマイクに手をかけて叫んだ。


 「みんな! 俺! 愛してるよ!」


 そう、これは愛だ。俺の全身全霊をかけた愛!


 大観衆は怒涛のような歓喜の叫びで応えた。男たちの雄叫び。そして女の子たちの黄色い絶叫も響き渡る。


 この日既に十一曲を熱唱していた俺の体はもう真っ直ぐ立っていられないほど。正直、足の感覚が無い。身体が自分の物ではないような感覚。それでも、総立ちの大観衆の渦巻く熱気と歓声が俺を突き動かす。スタジアム全体の一体感が俺を支えていた。


 「今日最後の曲は、みんなに捧げるよ。いっくよ!」


 俺は全身を振り絞って叫んだ。洒落た仕草のキーボード奏者の伴奏が始まり、ステージライトの煌めきがクルクル回って同調する。アップテンポの曲を俺は歌い始めた。耳をつん裂くようなドラムの音、大観衆の熱気、そして、熱気。無数のサイリウムの光の波。そして渦。スタジアム全体が巨大な生き物になったようだ。


 歌い終えた俺は、崩れ落ちるようにステージにしゃがみ込んで、両腕を突き上げた。ショートカットの髪を振り乱したまま。肩で息をつく。


 出し切った。俺の全てを。爽快な疲労感が俺の体を突き抜けた。まるで、全力で愛し合った後のようだ……



 って、俺、何やってるの?




 「お疲れ様。マドくん。今日も最高だったよ」


 控室に戻ると、マネージャーの杏子あんずがそう言いながら俺の肩にタオルを掛けてくれた。


 「うんっ。最高だった。私、今日も観客席でずっと泣きっぱなしだったもん」


 と、言うのは、瑠奈。ヘアバンドに色とりどりのサイリウムを十本以上挟み、はっぴの背中には「円城寺マド・ラブ!」の大きな文字。熱狂的なアイドル推しの追っかけ女子にしか見えないけど、仕組んだのはあんただからね。エロ女神。


 「男の子も女の子も、マドくんの魅力に夢中だ。魔力と言ってもいい。プロデュースしたオレの鼻も高いってわけだ」


 そう言って俺の肩に手をおいた長身の男性は、プロデューサーの高宮城優。地下アイドルの発掘手腕に定評があり、美少女アイドルユニットもいくつか立ち上げた実績を持ち、テレビでも引っ張りだこの人気者だ。解散した人気ユニットのカリスマ的メインボーカルだったという経歴も持っている。


 「優にそう言われると、照れちゃうな俺」


 つい、そんな言葉が俺の口から出てしまう。俺は、眩しそうに目を細めて優の顔を見上げた。


 彼に初めて会ってからもう半年が過ぎた。何だか、あっという間だったと思う。俺の父親というほどの歳でもないが、俺に本当の意味で父親がいたとすると、こんな感じがいいなと思ったりもする。包容力を感じさせる大人の男性で、肩に触れているだけの手から優しい温もりが伝わってくる。居心地の良さそうな腕だと思ってしまう。


 そのかたわら、メイクアップアーティストの薫が無言で俺の周りを忙しく回って、髪を整えたり、素早く頬に刷毛を入れたりしている。


 控室の隅では、スタイリストの礼奈と杏子が、俺の次のステージの衣装について打ち合わせを始めていた。


 彼らは俺のアイドル活動を支えているスタッフだ。約一名、変なのが混ざっているけど……


 某一名の他にも俺の正体を知る組織の協力者がスタッフに紛れ込んでいるらしいが、誰だか俺は知らされていない。薫がそうだと俺は思っている。俺の素顔を見る機会があるのは彼女だけだ。そして、無口というより、こんなに身近にいるのに、俺は薫の声を聞いたことがない。


 プロモーションビデオじゃなくて、直接、観客の前に立つだなんて、危険過ぎると最初は思った。すぐ、正体がバレちゃうんじゃないかと。でも、何故か誰にも気付かれないまま、俺は人気絶頂の男の娘アイドル円城寺マドを演じ切っていた。


 ステージのあの熱狂と一体感を一度味わってしまうと、もう、俺は自分の姿に酔ってしまっていたのだ。今では、一日の大半を女の子の姿で過ごしている。男に戻るのはお風呂の時くらいなもの。


 常時、鏡で自分の容姿と肌の化粧乗りを確認する習慣も身についた。既にウイッグではなく、毎日手入れを欠かさないショートカットの髪の艶も入念にチェックする。初めのうちは、変装のため。そして、今では自分を魅力的に磨くため。これでも俺、男だからね。女の子を見る目はあるんだって、自分の姿に見惚れてしまう。かなりヤバい……


 まあね、アイドルだなんて言っても、最初のうちはステージに立つのも緊張で足が震え、声もしどろもどろだったよ。でも、そんな姿も初々しさとして映って人気沸騰に一役かったみたい。マドきゅんマジ天使。可憐さにも程がある。付いてる? 本当に付いてるんだよね? むしろ、付いてる方がいい。マドくん、抱いて! そんな感想がSNSを賑わせていた。


 鮎とは一緒に暮らせていない。鮎はレジスタントの秘密施設に身を隠しているのだ。会えないのは、寂しいけど、鮎の安全のため俺が望んだことでもある。今は耐えるしかない。


 これが俺の新しい日常だった。うん、だいたい全部、あのエロ女神の仕業だ。



 男の娘であることに慣れてしまうと、俺は次第に大胆になっていた。人目も気にならなくなり、むしろ、男性からも女性からも可愛いとチヤホヤされる姿で注目を浴びることに快感を覚えていた。間違いは起こるべきして起こったのだ。




 「ふーん。いい部屋だね。さすが人気プロデューサーだけあるよ。窓から見える夜景も綺麗だ」


 「オレの人気はマドくんのおかげさ。何か飲むかい。アルコール以外の飲み物もある」


 プロデューサーの優に誘われたディナーの美食に舌鼓を打った後、俺は彼の部屋に初めて招かれていた。仕事仲間として信頼していた彼の日常生活には日頃から興味があった。


 「何度も言うけど、普段着姿のマドくんも可愛いよ」


 「そうかな。ちょっと照れるけど」


 今では普段着も女の子姿の俺。もう可愛いという言葉には慣れてしまってるけど、兄のようにも父親のようにも慕っている優に言われると素直に嬉しくって、思わず頬が緩んでしまう。


 と、ちょっと待て! 俺。この状況、デートの後で彼氏の部屋にお持ち帰りされた女の子そのものなんだけど。


 ま、まあ、優は俺を男の子だって百も承知の上だから、そんな下心あるはず無い……よね。だって、男どうしだよ。まさかとは思うけど……


 「ね、ねえ、優って、彼女いるの?」


 俺は、飲み物の入ったグラスを手渡してくれた優に、そんなことをたずねていた。


 「どうして? 気になるのかい?」


 「だってさ、もし彼女がいたら、俺、こんな格好してるんだし、誤解されたら悪いなって思って……。も、もちろん、気になるなんて、そんなことないんだからね」


 と、しどろもどろになってしまう俺。急に、優の平然とした笑顔が怖くなった。今更ながら、部屋にまでついてきたのは軽率だったと思う。


 「まず、マドくんの質問に答えようか。今のところ彼女と呼べるような子はいない。ただし、オレが美少女アイドルユニットをプロデュースしていることも知ってるだろ? 彼女たちとは仕事の関係だと割り切る一方、求められれば、プライベートで指導してあげることもある。もちろん、互いに同意の上でだ。分かるだろ?」


 「それって、体の関係ってこと?」


 「指導の内容については、マドくんの想像に任せるよ」


 優はそう言って、ふっと笑いを漏らした。


 「実のところ、女の子は面倒だ。あの柔っこい魅力的な体で子供を産むんだから神秘的ではあるんだがね。どうしても後腐れの情が残ってしまう。肉体関係が肉親の関係になりかねない。その点、オレは、純粋に恋愛を楽しむ対象としては男の子の方が好きだ。どうだい? これで、マドくんの求める答えになっているかな」


 うん。俺、とてつもなく間違いを犯している気がする。いや、違うってば。俺を見つめる優の目が怖すぎるんだけど。俺、そんな答え、求めてないからね!


次回:俺の体が欲しいってこと? 俺、男だよ


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