俺の体が欲しいってこと? 俺、男だよ
固まってしまった俺に、優は笑いかけた。いつもなら優しい笑顔に見えるんだけど、今は怖い。
「ごめん、ごめん。マドくんを怖がらせちゃったかな。こういうことは初めてのようだね。もったいないな、こんなに可愛いのに」
そう言って差し出された優の手を、俺は反射的に避けた。
「大丈夫。オレは、マドくんを恋愛対象として見てるけど、君の魅力に惚れ込んだプロデューサーであり大ファンでもある。大切な推しの体を傷物にするような事はしないから安心して」
その優の言葉のどこが、大丈夫なんだよ。傷物って何? 安心できるはずないじゃん。逃げなきゃ。今すぐ。手遅れになる前に。
「俺、もうそろそろ……」
そう言いながらソファーから腰を浮かした俺。
「もう少し、話をしていってくれないかな? 神無月亜夢くん」
優のその一言で、俺の体は凍りついたように竦んでしまった。
バレてる。バレてたんだ。優に。どうしよう? どうしたら……
「実のところ、気付いたのはつい最近だよ。それまでは、掘り出し物の新人男の娘アイドルだとばかり思っていた。もちろん、オレにとって、とびっきりの掘り出し物であることは今も変わらないけどね」
平然とした笑顔のまま言葉を続ける優。
「まあ、座りたまえ。どんな事情があって、君がこんなことをしているのか、オレは知らないし、知る必要もないと思っている。オレにとって、君は、オレの担当アイドル、円城寺マド以外の何者でもないからね。もちろん、大切なアイドルに危害を加えるつもりなんか微塵も無い」
そんなこと言いながら、美少女アイドルを個人的に指導してるって言ったよね。あんた。同意の上だなんて言って、同じように弱みを握って、いかがわしい行為を強要してるに違いない。やっぱり、男なんだ。
「その目は、オレが信じられないってことかな。まあ、信じる信じないは君次第だけど、オレは、君を助けたいとすら思ってる」
「助けるって、何を、どうやって……」
「そのくらい、マドくんに夢中だってことさ。あ、待った。今のは失言だ。実のところ、マドくんが母親殺しの逃亡者だなんて信じられなくってね。例の事件についてオレなりに調べさせてもらったんだ。オレは、商売柄、裏社会にも少しだけ通じてるからね」
「調べたって、それで? 何か分かったの? 亜里沙は……」
「思った通り、この話題にはかなり興味があるみたいだね。マドくんは、母親の当代巫女を殺してなんかいない。そうだろう?」
優の言葉に、俺ははっきりうなずいて見せた。
「残念ながら、大したことは分かってない。奇妙な事件だってことだけさ。でも、奇妙な事件には必ず裏がある。つまり、公表されている内容には意図的に偽情報が仕組まれているってこと。そして、当のマドくんこと神無月亜夢がオレの目の前にいる。どうだろう。オレたち、協力し合えると思わないかい?」
「協力って……?」
「言っただろ。マドくん次第だって。オレは、マドくんに夢中なんだ。オレの手で個人的にもマドくんをもっと輝かせたい。本心からそう思っている。もちろん、男の娘アイドルとしてね」
「つまり、俺の体が欲しいってこと? 俺、男だよ」
「体が欲しいとか、オレが求めているのは、やれば済むっていう獣のような行為とは違う」
「どういうこと? 回りくどい言い方はやめてよ。優」
欲しいなら、欲しいって言えば? どうせ、亜里沙にもらった体だ。亜里沙を助けられる可能性があるなら……
「マドくんは、女の子の肌に触れたことあるかい? オレたち男とは違う生き物だ。柔らかい手触りで、つい、その奥に秘められた神秘にも触れたくなってしまう」
また、話をはぐらかす気? 体だけの関係で済むなら、好きにすればいいよ。つい、投げやりな思いが頭を過ってしまう。バレちゃったんだもん。仕方ないと……。そんな俺の前で、優は話し続けていた。
「情が移るって言うだろう。でも、男どうしの情愛は、もっと純粋なんだと思う。純愛だ。結果ではなく、愛し合うことそのものが目的だからね。背徳的という烙印を押されても求め続ける。オレ自身、どうしてこんなにもマドくんのことが好きなのか説明出来ない。言い寄る女の子を抱いて、一時的に男としての性欲を発散しても、満たされないんだ。マドくんが好きだというオレの心は、ぽっかり穴が空いたままで……。笑えるだろ、こんなオレ。すまない。幻滅させてしまったかな」
優の前で、俺は首を横に振った。
「笑わないよ。俺も、優のこと好きだから……って、あれ? 今のは無し! そういう意味じゃないの。俺、優のこと、兄貴のように慕ってるっていうか、憧れというか、その……、違うんだ。それに、まだ、体の関係は、やっぱり、怖いし……」
何言ってるんだろ俺。こんなこと言ったら、誤解されちゃう。そう思いながら、俺は顔が火照るのを感じた。ダメだ。もう、何もしゃべらない方がいい。でも、黙ったまま、ゆっくり近付いてくる優の顔を見上げてるのって……無理。
「あのさ、俺、優の心に空いた穴を塞げないと思う。それでもいいの?」
「マドくんが今ここにいてくれるだけで俺は満足だ。ところで、キスはしたことあるかい?」
そう言う優を見上げたまま、俺は軽くうなずいた。
「相手は男?」
「ううん。男は初めて。ねえ、言っとくけど、キスだけだからね」
って、いいのか? 俺。まあ、キスくらいなら……
「分かってる」
優は、俺の唇に唇を重ねた。思ったより優しい包み込むようなキスだ。優の舌が俺の唇を滑るように割って入り、慈しむように俺の内側を撫でる。女の子にするように甘く深く溶け合うようなキスじゃない。相手の存在を尊重し確かめ合うようなキス。そして、俺の体は優の腕の中に包まれていた。
ただ体が重なり合い、互いの体温を感じ合う自然体の抱擁だった。張り詰めていた糸がふっと切れて解放されるような、安心感さえ俺は覚えていた。まるで体で語り合うような感覚だ。心地良くって、ずっとこのままでいたい。父親の抱擁を知らない俺は、優の腕の中でそんなことを考えていた。
まあ、それでも、キスってやり過ぎだったけどね。
恥ずかしさ半分、俺は、キスの後、優の腕の中で自然に笑みをこぼしていた。
「分かり合えたかな? オレたち」
優の暖かい言葉の響きに、俺は、素直にうなずいた。って、本当に、キスだけなんだからね!
「どうしたの? マドくん、いつになくご機嫌そうね。鼻歌混じりで打ち合わせだなんて」
マネージャーの杏子にそう指摘されて、俺は、知らず知らずのうちに鼻歌を口ずさんでいたことに気付いた。
「昨夜、何か良いことあった?」
そう言って身を乗り出す杏子に、俺は首を横に振って見せたが、頬が火照ってしまっているのが分かる。ところで、昨夜って……、優とのこと勘付かれてるのだろうか。
「高宮城とマドくん、夕食一緒だったでしょ。まさか、その後、彼の部屋に連れ込まれたりしてないよね」
「うん。まあ……」
誤魔化しても無駄だと思って、はっきり否定出来ない俺。
「呆れたわね。マドくん。あなた人気アイドルなんだから、ちゃんと自覚を持たなきゃだめよ。一応、忠告しておくけど、彼、担当している子に手を付けちゃうってこと、結構有名な話だからねって、もう、手遅れだったかな」
さすがに、ここは、俺も首をはっきり横に振った。まだ、手を付けられたってほどじゃないと思う。ただ、キスだけ……。駄目だ。ますます顔が赤くなってしまいそう。
「まあ、まだ、厳重注意ってとこかな。でも、何だかほっとしたわ。マドくん、初めて会った時から、一人で何かを背負い込んでるって言うか、いつも張り詰めている感じだった。それがほぐれた感じがするの」
「うん。まあ……」
そこは、色々事情があり過ぎる俺。
煮え切れない返事だけの俺の前に、杏子は更に身を乗り出してきた。
「ねえ、マドくん。今日は、私の部屋に来ない? 彼氏の部屋について行ったってことは、マドくんももうれっきとした女の子ってことだよね。だから、女子会ってわけ。礼奈も誘ってさ。賑やかに女子トークってどう?」
女子会? 女子トーク? 杏子の言葉に、俺は目をぱちくりさせた。
「決まりね。うふっ。一度、マドくんを誘ってみたかったの。あ、変な意味じゃないから。安心して」
杏子に押し切られる形で承諾した俺。特に、断る理由も無いと思えたし、女子会というものに興味が無いと言えば嘘になる。でも、俺、男なんだけど……
次回:女子会の酒の肴の男の娘と美少女アイドル
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