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二人だけの結婚式

 半日のデートの後、俺と鮎は、二人でホテルにチェックインした。カウンターで見咎められることもなく、一安心し、エレベーターの中で二人きりになった時は、すでに心臓の鼓動がバクバクと耳をついていた。目的の階に到着して、誰もいない廊下の柔らかい絨毯の上を二人並んで歩く。いよいよだ。今まで、俺の部屋で二人きりになることなんか何度もあって、朝まで一緒に過ごしたこともあるのに、なんだか、凄く緊張する。そして、俺たちの部屋の前で足を止めた。3425室。二人で、部屋番号を確認する。


 「来ちゃったね」


 鮎は俺の手を握って言った。指を絡めて握り返した鮎の手も汗ばんでいた。


 「うん。一緒に入ろう」


 二人で開けたドアを閉めると、ずしっと重たい音と共に空気感が変わったように思えた。


 まずは、抱き合ってキスを交わそう。それから……


 「待って、その前に」


 鮎は、抱き寄せようとした俺の腕を軽く拒んだ。


 「ねえ。お兄ちゃん。わたしと結婚してくれる? 仮初めの式だけど」


 「もちろん」


 「じゃあ、わたし、お兄ちゃんのお嫁さんだね」


 「うん。俺の可愛いお嫁さん。大好きだよ。鮎」


 まるで、小さい子供の頃に遊んだ二人だけの秘密基地、おママごとのような会話を交わす俺たち。


 「いつまでも?」


 「うん。いつまでも」


 「お取込み中、申し訳ないけど、今は時間が無いんだ」


 不意に聞こえた男の声に、俺は心臓が喉から飛び出そうなほど驚いた。鮎は、俺にしがみついて悲鳴を上げた。


 「驚かないでって言っても無理か。本当に時間が無いんだ。今、部屋のドアを閉めたことによって、鮎ちゃんのバイオニックモニタリング信号が遮断された。予めこの部屋に細工しておいたからね。共鳴増幅器、おっと、それは、亜夢くん、君自身のことなんだけど」


 「兄さん。説明している時間無いよ」


 さらに女の声だ。いつの間にか男と女、二人がソファーの横に立っている。


 「そうだった。手短に言おう。鮎ちゃんと亜夢くん、君たち二人を保護する。僕たちは、レジスタントの工作員だ」


 細身に眼鏡の男がそう言った。


 「保護って、どういう意味? どうしてここに?」


 俺は、しがみついている鮎を腕に抱いたまま、そう叫ぶしかなかった。状況が全く理解出来ない。


 「誘拐するってことよ。あんたたちのためなんだから、悪く思わないで」


 女が言った。


 「こんなうら若い子を姫神候補にするだなんて、月の奴ら、何考えてるのかしら」


 姫神候補? 月? レジスタント? これって、まさか、鮎の悪戯の続きか? お芝居なのか? 俺はそう思ったが、そんなわけないよな。鮎は、俺の腕の中で震えている。


 「まず、共鳴増幅器を無力化する。真美、手順通りだ。コードハッキングを起動して」


 「もちろん、やってるわ。いくわよ、カウントダウン、3、2、1、ゲートオープン!」


 ちょっと待って! 無力化って何? そう問う間もなく、低い機械音と共に俺の体は閃光に包まれ痺れて動けなくなった。


 「解除コード入力! そして、ゲートクローズ」


 耳元で女の声が聞こえる。眼鏡男は、何やら怪しい装置を持っている。俺の体は動かないが、見聞きは出来る。俺の腕の中の鮎の体の震えも感じられる。鮎は無事のようだ。


 「これで、しばらくの間、鮎ちゃんが人工衛星にもドローンにも探知されることはない」


 眼鏡男がそう言った。ジンコウエイセイ? ドローン? 神秘関連の怪しい言葉として耳にしたことがある。この二人は、神秘組織の関係者ということか。つまり、テロリストだ。ようやく動かせるようになった体で鮎をかばいながら、俺はそう判断した。逃げなきゃ。そう思う。テロリストは殺人さえ平気で行うらしい。


 「グズグズしてられないわよ。無力化したこと、すぐに使徒に感付かれるかも。ごめんね、鮎ちゃん。今は、おママごとの続きを楽しんでいる暇は無いの」


 女が言った。


 「鮎に手を出すな!」


 俺はそう叫んだ。


 「坊や、鮎ちゃんの心配をする必要は無いわ。その子、姫神候補に選ばれたってことは、有翼種の血を引く真性女神、人間じゃないんだから。殺しても死なないわよ。鮎ちゃん、お願いだから怖がらないで。パニックなんて起こされたら、私たち、このビルごと消し飛ばされちゃう」


 何を言ってるんだ、この男と女。やはり、神秘組織に違いない。言ってる事が意味不明だ。鮎が人間じゃないって? 鮎は俺の妹だ。俺は、鮎をかばって抱く腕に力を込めた。


 「あるじよ我を呼んだか?」


 別の声が俺の頭上から降ってきて、また変なのが現れた。大男? いや、これって……。俺は、呆然としてそれを見上げた。身長はニメートルを優に越え、天井に頭がつかえそうだ。太い腕は鱗のような物で覆われているし、背中に羽根まである。鋭利な刃物のような爪は俺一人の体くらい簡単に引き裂きそうだ。人間じゃない。それとも、ファンタジー物のコスプレか何か? ここ、コミケ会場じゃないんだけど。


 「やばい! 召喚竜族だ。真美。緊急退避しろ!」


 眼鏡男が叫んだ。


 「嘘でしょ! いきなり?」


 女も急に慌てた様子。


 「ダズイール。わたしは大丈夫よ。乱暴はしないで」


 俺の腕の中で、鮎の声。もう震えていない。そして、鮎は巨大な何物かを細い手で触った。


 鮎、これって、お前の知り合いか? まさか、彼氏じゃないよな。もう、何がなんだか……


 「驚いたわね。その年齢で、既に召喚竜族を使役してるなんて」と、女。


 「その様子だと、彼が何者か知ってるようね。あなたたち」


 鮎は落ち着いた声でそう返した。


 「月の女神の眷族。いつもお世話になっていると言うか、振り回されていると言うか」


 「我らの主を月の女神などと一緒にするでない。奴らなど、模造品に過ぎぬ」


 頭上の声が、そう言った。恐ろしく野太いしゃがれ声だが、とりあえず、危害を加える様子は無さそうだし、俺は黙って、事の成り行きを見ているしかない。


 「彼が何者かを知っているなら、あなたたちの話を聞いてあげてもいいわ。わたしとお兄ちゃんを保護するって話。詳しく聞かせてくれるかしら」


 そう言う鮎の前で、眼鏡男がうやうやしく会釈をした。そして、芝居掛かった動作で床に片膝を突いた。男にならうように女も片膝を折る。


 「突然の無礼をお許し下さい。姫君。あなたをお迎えに上がりました。月の支配から解放するため」


 眼鏡男はそう言って、俺にしきりに目配せを送っている。


 「召喚竜族は礼儀作法にうるさいんだ。亜夢くん君も」


 俺も同じようにしろってことか。もうどうにでもなれだ。俺は、鮎の前で片膝を突いた。こうして見上げると、鮎が神々しく見えてしまう。何だか俺、この連中にすっかり流されてないか? 何がどうなっているのか、まともな誰かが俺に説明してくれ。鮎が、姫君だって? ファンタジーだけど、もう、それでもいいような気がしてきた。ところで、俺と鮎の初夜は、どうなるんだ?


 「僕の名前は、神崎マサト。月の支配に抵抗するレジスタントの工作員です」


 眼鏡男が語り始めた。


 「そして、隣が妹の真美」


 「真美って呼んでね。可愛いお姫様。えへへ。実は、モロ私好みなんだ」と、真美。


 やっぱり、この人怪しい。何だか、いけない意味で。


 「我々の組織は、既に、前の姫神候補だった彩奈様を保護しています。その兄の彩人は我々組織の一員です」


 マサトが言葉を続けた。


 「そう。それで、わたしが姫神候補の代役になったってわけ。そして、彩人さんは、指名手配中の重犯罪者。捕まれば、国家反逆罪で公開処刑確定でしょ。それのどこが、あなたたちの言う保護になるのかしら」


 そう物静かに言う鮎の言葉には威厳すら感じてしまう。


 「わたし、お兄ちゃんをそんな危険に巻き込みたくないの」と言葉を続ける鮎。


 「亜夢くんが、あなたの共鳴増幅器になった時点で、それは無理な話です。端的に言いましょう。巻き込みたくなければ、兄妹の繋がりを越えた関係を持つべきじゃなかったんです」


 だから、そのキョウメイゾウフクキって、何? それに、どうして、俺と鮎の事まで? そもそも、関係って、まだ何もしてないって言うか、その……、これからって言うか……


 「そう、分かったわ。でも、一日だけ待ってもらえるかしら。今日は、お兄ちゃんとわたしの大切な日なの。だから、二人だけにさせて。お願い」


 「ダメよ! そんな悠長なこと……」


 反対しようとする真美の言葉を、マサトは手で遮った。


 「分かりました。それで交渉成立ということなら、一日だけ猶予を差し上げましょう。明日の朝、また、お迎えに上がります。亜夢くんを無力化する事で、最低限の目的は果たせたからね。後は、ごゆっくり。そして、良い夢を」


 マサトは立ち上がってそう言うと、俺にニヤリと笑いかけた。


次回:初夜―お兄ちゃん、わたし人間だよ


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