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姫神候補と清童事始めの儀、七人の花婿

 デート当日。鮎はすっかりおめかししていた。夏物のワンピースに薄化粧までしているので、年齢よりだいぶ大人びて見えた。


 初めてのデートなのに俺は、聖都でも高級なホテルの一室を予約していた。学生には身に過ぎたお泊りだが、俺の小遣いで出せる範囲内だ。こういうふうに金銭的に何不自由ない生活をさせてもらっているのも、母、亜里沙の巫女稼業のおかげだと分かっている。そして、鮎を連れ出すことで、世間だけではなく、亜里沙をも裏切ってしまう結果になるかもしれないことも。


 街中を鮎と二人歩きながらも、ついつい気負い込んでしまう俺。このまま鮎を連れ去って、誰も知らない町で暮らせたらなどという考えが頭をよぎる。それだけ、鮎は、いつにも増して美しく見えた。


 「うふふ。今日は、お兄ちゃんにたっぷりエッチな事してもらうんだ」


 歩き疲れて立ち寄った喫茶店のテーブルを囲んで、そんなことを言い出す鮎。奔放さは母親譲りだ。言っておくけど、俺たち、まだそんな関係じゃない。ファーストキスを交わした時も、二人並んで夜を明かしただけだ。窓の外が白みかけた時、まるで、この世界の中、鮎と俺、二人しか存在しないような。そんな感じを覚えた。同じベッドの中、鮎の肌と体温を直に感じながら。寝返りついでの何気なさを装って、腕をまわして鮎のしっかり膨らんだ胸の弾力を確かめたりはした。「エッチ」唇を尖らせてそう言う鮎の唇を奪っていたら、男と女の関係になっていたかも知れない。薄明りの中、鮎の瞳は妖しく光って揺れているように見えた。


 「だって、お兄ちゃん。エッチだもんね。あの時も、わたしの体、さんざん触ってさ」


 人聞きの悪いことを言うなと思いながらも、俺の口からは別の言葉が出ていた。


 「鮎、俺と一緒に逃げてくれるか? こんな世界……」


 「それは、無理だよ」


 鮎は素気無くかぶりを振った。


 「どうして? 巫女継承者だから? そんなの関係無い! 俺にとっては、鮎は、鮎だ」


 つい語気が荒くなる俺の唇に、鮎はそっと人差し指を寄せた。


 「ありがとう、お兄ちゃん。わたし、今日のこと忘れない。一生の思い出にする」


 「そんなふうに言うなよ。まるで……」


 そう。まるで、最後みたいだ。最初で最後の契り、そんな言葉が俺の頭をよぎる。


 「お兄ちゃんも、わたしのこと、忘れないでね」


 「忘れるものか! そんなこと言うと俺怒るぞ」


 「うん。だから、今日は、お兄ちゃんにわたしをあげる。誰も認めてくれなくってもいいの。どんな謗りも気にしない。わたしにとって、最初で最後だから」


 「まさか、鮎、おまえ……」


 ついつい最悪の結末が頭を過ってしまう俺。


 「何? お兄ちゃん。急に血相変えて」


 「いや、いいんだ。なあ、鮎、俺、おまえを……」


 「待って。お兄ちゃん。もう言わないで。変に未練が残っちゃう」


 「何だよ? 未練って」


 「わたしをこの世界から連れ出したいって話。それ、無理だから。わたし、月に見張られているんだよ」


 「また、その話か。そんなの巫女のおとぎ話だろ」


 人類が月に支配されているという話。神秘主義者お得意の陰謀論だ。遠い昔、人類の祖先が船に乗って月に移住したという話まである。そんな話、俺は全く信じていない。船は海に浮かぶ物だ。どうやって、空に浮かぶ月まで飛んで行くんだ。神秘主義者の話によると、月の使徒は月世界人で、地球人を家畜として管理、監視しているらしい。馬鹿馬鹿しい。俺は、実際使徒に会ったことがあるが、生身の人間だった。俗説で信じられているような羽なんか生えてないし、もちろん、神の使いなんかじゃない。


 「信じてくれなくていいの。でも、これだけは言っとくね」


 鮎は、無言のままの俺を一瞥した後、言葉を継いだ。


 「わたし、決まっちゃったの」


 「何が? まさか、初競り……。いくら何でも、早過ぎるだろう」


 鮎は、静かに首を横に振った。


 「わたしね、姫神候補なんだって」


 鮎の言葉に、俺は絶句した。頭の中、感情が渦巻いて言葉が出ない。


 「姫神候補だった道明ヶ原彩奈様が行方不明でしょう」


 だからって、どうして鮎が? 姫神候補ということは、清童事始めの儀で七人の清童と初夜を共にすることになる。清童の中から伴侶を選んだ後も、慰問と称する権力者たちの夜ごとの訪問を受けるという噂まである。神に祝福された受胎で姫神になるため。そんなの……


 「わたし、適格者なんだって。信じてくれないかも知れないけど、これも月のお告げ。そして、現姫神様は御年百八十歳、まだ若い女の子の姿を保っているらしいけど、もうあまり先が無いらしくって代替わりを急いでいるの。そこで、新しい器としてわたしが選ばれたってこと。使徒が十八代目様に告げた時、わたし同席していたから」


 「だから、こんなデートを、俺と?」


 俺は、ようやく言葉を発した。


 「うん。そういうこと。わたし、もうすぐ東のお宮に移って、俗世の穢れを祓うために、一年間男子禁制の生活」


 鮎はそう言って、笑みを見せたが目が笑っていない。


 「しばらくは、お兄ちゃんとも会えなくなるね」


 しばらくどころじゃない。姫神になったら、もう一生会うことは叶わないはずだ。浮ついた気持ちで鮎とのデートに臨んだ俺自身を殴りつけたくなった。一生の思い出という言葉を鮎がどんな気持ちで言ったのか、今、はっきり分かった。本当に今生の別れ、最初で最後の契りになるのだ。


 「まさか、こんなことになるなんて、わたしも思ってなかったな。分かってたら、さっさと……、ううん。何でもない。ごめんね、お兄ちゃん。もったいぶっちゃってさ。その代わり、今夜だけは、お兄ちゃんの好きにしていいよ。わたしの体」


 もうすぐ、わたしの体じゃなくなっちゃうから。そんな鮎の心の声が聞こえた気がする。


 「やだ、お兄ちゃん、真剣な顔しちゃって、エッチなくせに、似合わないよ。笑ってよ。わたしの体、嬉しくないの?」


 「笑えるわけないだろ、こんなこと……」


 「まさか、今の話、本気にしちゃった? うふふ。冗談だってば」


 「じょ、冗談って、姫神候補の話?」


 「今話したこと全部冗談だよ。うふふ。わたしなんかが姫神様になれるわけないってば。無理無理」


 俺の前でクスクス笑っているのはいつもの鮎だ。これも悪戯ってことか? いくら何でも度が過ぎると思うが、悪戯の度が過ぎているのもいつものことか。


 「俺、鮎の体のことだけは本気にするからな。好きにしていいって言ったよな。鮎の全てを奪ってやるから覚悟しろ」


 「やだ。それも冗談だってば。お兄ちゃんのエッチ。でも、いつまでもわたしのこと大好きでエッチなお兄ちゃん、嫌いじゃないよ」


 「うん。俺、鮎が好きなことにかけては誰にも負けないからな」


 「わたしを自由に出来るかどうかは、今日のデートの出来にかかっているんだからね。頑張ってね。お兄ちゃん。わたし、お兄ちゃんに買って欲しい物、まだ、いっぱいあるんだ」


次回:二人だけの結婚式


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