波乱の予感ーアイドルのつまみ食い
初日の撮影後、ロケ地の別荘に残ったのは、美嘉と俺、二人の他、数人のスタッフのみだった。その中には瑠奈、杏子と薫も含まれている。俺たち別荘宿泊組は、昼食と同じ仕出し料亭のロケ弁で夕食をとった。俺は、男の子の姿でダイニングテーブルを囲む人数に加わっていた。
夕食中も美嘉は少し不服そうだ。
「だって、マドと二人きりのお泊りだと思ってたんだもん」
「それは、撮影上の設定の話。心配しないで、寝室は美嘉ちゃんとマドくん二人一緒だから」
杏子は、美嘉に向かってそう言いながら、その目は俺にじっと向けていた。
「これじゃ、せっかく楽しみにしてたマドとの露天風呂エッチも出来ないじゃない」と漏らす美嘉。
うん。その通りと思いながらも、俺は顔を赤面させるしかない。美嘉の天真爛漫さは今に始まったことじゃないけど……
「明日の撮影に差し支えるから、羽目を外しちゃ駄目って言ったでしょ。美嘉ちゃん。今夜はベッドの上でマドくんに可愛がってもらいなさい。って、私、なんで、こんなお説教みたいなこと言わなきゃならないのかしら。むしゃくしゃするから、飲んじゃうもんね」
そう言いながら、杏子は、いつの間にかワインのボトルを抱えている。意味ありげな笑みを浮かべてその様子を黙って見ている瑠奈の目が怖い。薫は、我関せずといった表情でいつのものように無言でお弁当の残りを箸でつついている。
そして、波乱の予感しかしない夜が始まった。
別荘には、男子トイレと女子トイレがそれぞれ別々にある。俺は、もう男の子の姿なので、男子トイレを使っていた。この半年間、男子用の便器を見るのは久しぶりだなどと妙な感慨を感じながら。洗面所でつい習慣になってしまっている変装用のメイクと髪型を入念にチェックしていると、トイレのドアが開いた。
誰だろう。別荘宿泊組には男は俺以外いないはずだ。美嘉だろう。また、俺が待ちきれないなどと頬を膨らませて言うのだ。俺が、ほくそ笑んで顔を上げると、そこには、別の女性が立っていた。
彼女の名前は、大前祥子。美嘉のマネージャーだ。このロケで初めて会ったばかりで、まだ、会話を交わしたことはない。芸能事務所のマネージャーというより大手企業の社長秘書といった雰囲気の才媛風の美女で、タイトスカートスーツからすらりと伸びた黒いストッキングの美しい足とハイヒールが印象的だと思っていた。
「円城寺マドくん。いつも美嘉がお世話になってるわね。撮影中は慌ただしくて、こうしてちゃんと挨拶する暇もなかったから」
そう祥子は言うが、男子トイレは、女の子がちゃんと挨拶する場所じゃないと思う。
俺は、軽く会釈で応じながら彼女の姿を見ていた。このロケ中、目の保養は間に合い過ぎている俺も、彼女の機能的とも言うべき美しい容姿をしっかり観察してしまう。哀しい男のさがだ。
祥子は髪を頭の後ろで団子にして結い上げている。解くと長くて綺麗だろうと俺は思った。中肉中背で、背丈は美嘉よりは低いが、女の子としては標準的だろう。薄いピンク色のフレームの眼鏡は度の入っていない伊達眼鏡のようで、パッチリした目を際立たせている。そして、顎のラインを綺麗に見せるメークをスマートに決めている。
「こんな場所でって、不信そうな目ね。マドくん。あなたには、ひとこと言っておきたかったの。もちろん、美嘉のことよ。知ってる通り、あの子、恋に盲目的なところがあって、人目も気にしなくなっちゃう。彼女の担当マネージャーとしては頭が痛いところなの。分かるでしょ。もう、すっかりあなたとの熱愛が噂になっちゃってるし」
無言でうなずくだけの俺の前で、祥子は言葉を続けた。
「ところで、マドくん、美嘉が、あなたのプロデューサーでもある高宮城とも恋仲だってこと知ってるかしら。彼の部屋で一夜を明かしたこともあるみたい」
俺がショックを受けるであろうことを期待していそうな祥子の態度に、俺はただうなずいて見せるだけ。そのことについて詳しく語る気はない。
「そう。知ってるんだ。ちょっと意外だわ。じゃあ、美嘉と高宮城が今でも肉体関係にあることは承知の上なのね」
俺は、無言のままうなずきもしなかった。ただのブラフだと思うが、この女に指摘しても仕方ない。
「そういうわけで、美嘉は、恋多き女の子なの。あの子を正統派美少女アイドルとして売り出している我々としては困りものなの」
「言いたいことは、それだけ? 美嘉は、売り物じゃないし、もちろん、あんたたちの商品でもないよ」
そう言い放つ俺に、祥子は冷たい笑みを見せた。
「思った通り、気の強そうな子ね。マドくん。いかにも高宮城のお気に入りらしいわ」
棘を含んでそうな祥子の言葉に俺は身構えた。
「高宮城とあなたも付き合ってるでしょ。つまり、美嘉を加えたあなたちは複雑な三角関係ってわけ」
俺は優と付き合ってなんかいない。まあ、キスはしちゃったけど……
祥子は、無言で首を横に振る俺に構わず言葉を続けた。
「そうやって、スキャンダルを作るのは、高宮城、一流の自己プロモーションなの。あなたは高宮城に利用され、つまみ食いされてるだけ」
「何か大きな誤解をしてるようだから、言っとくけど、優は俺のプロデューサー、それ以上の関係なんか無いよ」
「そうやって、しらばっくれても、無駄よ、マドくん。私、高宮城からはっきり聞いたの。あなたのことが好きだって。担当アイドルとしてではなく」
そう言って、俺に険しい目付きを向ける祥子。まただ。彼女自身、優につまみ食いされたってことに違いない。優、あんたって、男は、次から次へと女に手を出して、しかも美人ばかり、羨ましい……、じゃなくって、もう、いいかげんにしてよ!
次回:月は無情な観察者ー露天風呂エッチ
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