表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/51

(38)竜神

 ミナの放った光が完全に収まった――その瞬間。

 限界まで張り詰めていた糸がプツンと切れたように、転移者たちは次々とその場にへたり込んだ。


 瓦礫の山と化した王都の中心。

 かつて美しい白壁が並んでいた街並みは、影ひとつ残さず黒紫の灰に沈み、冷たい風がひゅう、と虚しく吹き抜けていく。


「まさか……過去の勇者たち全員で襲ってくるなんて……」


 リディアが、震える両腕を抱きしめながら呟いた。


「……おかげで王都は、このざまだ」


 崩れた瓦礫に背中を預けてへたり込んだエイデンが、忌々しげに周囲を見渡す。

 完全な壊滅。遠くではまだ微かな轟音が響き、崩れる建物の音が風に乗って届いてきた。


「あれを自力で切り抜けるとはな……」


 ふいに、空気が重く震えた。

 腕の中で眠るレイを抱きしめながら座り込んでいたヴェラの前に、土の上位精霊が姿を現し、憔悴しきった一行を静かに見下ろす。


「上位精霊さま……どうして先ほど、逃げろだなんて……!?」


 ヴェラの切実な問いに、上位精霊は沈痛な面持ちで目を伏せ、自身の半透明な指先を忌々しげに見つめた。


「我が……愚かだったのだ。あの女神の力を、我は完全に読み違えていた。先刻の処刑人どもが振るったのは、もはや理の内にある魔法ではない。……神の『権能』そのものだ」


 上位精霊は深くため息をつき、逃れようのない現実を突きつけるように言葉を重ねる。


「人や精霊の理では、どうにもならぬ相手だと分かったのだ。……娘よ。もうよい。我ら精霊が命に代えて、お前たちの退路を拓こう。生きて、逃げ延びるのだ」


「……また、そうやって勝手に諦めるのですか?」


 珍しく、ヴェラが語気を荒げた。その瞳に宿る激しい光は、あの日、召喚の間で上位精霊を真っ向から叱りつけたミナのそれと、同じ熱を帯びていた。


「わたくしも、ミナと同じ気持ちですわ。女神を倒すと決めて、わたくしたちはここまで来たのです。逃げ延びたところで、女神に見限られたこの世界には滅びの道しかないのでしょう? わたくしは、ここで諦めるなんてできませんわ」


「……ただ逃げろと言っているのではない。とにかく、この王都をすぐさま出なければならぬ……」


「……!? でも、わたくし、先ほどまで極大魔法が使えたわ」


「我は止めたのだがな。下位の精霊どもが、お前のために戦うと、自らの存在を削って魔力を注ぎ込んだのだ。底を突けば、意思のないただの微精霊に戻ってしまうというのに」


 その言葉を聞いた瞬間――。

 ぽんっ! ぽこんっ! と、ヴェラの周囲に土の精霊たちが一斉に湧き出した。


「上位精霊さまのバカ! それは言わない約束!」

「あんまりです!」

「デリカシーない!」

「無慈悲!」


 四方八方から、ピーチクパーチクと非難の嵐が飛ぶ。


「やかましいぞ……! 約束などしておらぬ。次から、我が命を違えるな。よいな?」


 厳格に睨みつける上位精霊を無視して、精霊たちはヴェラの周りをわちゃわちゃと飛び回る。


「ヴェラ! 今度は僕が助けるね!」

「次はわたしが力を貸すわ!」

「おいらに任せて!」


 そして精霊たちは一瞬顔を見合わせると――「「「あっかんべー!!」」」と、揃って上位精霊に向かって舌を出した。


「……ふふっ、あなたたち……」


 張り詰めていたヴェラの顔から、ふっと毒が抜ける。


「ありがとう。でも、無理はしないで。わたくしからもお願いよ」


「ヴェラがそう言うなら……」

「……仕方ないな」

「もう無茶はしないよ……」


 母親に諭された子供のように、精霊たちは一斉にしゅんとしてしまい、上位精霊はやれやれとここめかみを押さえた。


「さあ、精霊たちよ。王都脱出の準備を始めるぞ。ここを出さえすれば、あのような無理をして魔力を捻出する必要もなくなるのだ……」


「……そう急ぐことはないんじゃない?」


 ひゅうと、心地よい風とともに、軽やかな声が降ってきた。

 そこにふわりと姿を現したのは――土の上位精霊とは対照的な、飄々とした空気感を纏う“風の上位精霊”だった。


「やあやあ。こうやって会うのは、久しぶりだね、“土”の」


「お前は“風”の……。どうして、このような死地に……?」


「だって。僕だってその子に加護を与えたんだから、助けにくるのは当然でしょ?」


 風の上位精霊はくるりと宙返りをして、ヴェラにウインクを飛ばす。


「こんにちは、君。僕は風の上位精霊だよ」


「……え? 風の上位精霊さまも、わたくしに加護を?」


 ヴェラが目を丸くする。


「言ってなかったな。あの契約の儀式で加護を与えたのは、我だけではないのだ」


 土の上位精霊が渋い顔で言った。


「そうだよ! 君はあの時、火、水、風、土の『四大精霊』すべての加護を受け取ったんだ! でもさー……っ」


 風の上位精霊は、突如として大粒の涙をボロボロとこぼし、土の上位精霊にすがりついた。


「何でこの子、土魔法しか使ってくれないのさぁぁっ!?」


「こっちを見るな……。我が土ばかり贔屓したわけではない。この娘の魔法構造……いや、出自が関係しているのだろう」


「そうだったのですね……。風の上位精霊さま、せっかくの加護を……申し訳ありませんでしたわ」


 ヴェラが困ったように苦笑する。


「いや、君は悪くないよ! ぐすっ。……そうだ、こうして来たのはね、魔力がなくて困っているかと思って」


「その通りだ。この王都周辺、霊脈が枯れておる。急ぎ、ここを離れねばならぬのだ」


「だーかーら、急がなくてもいいじゃないって。……あ、やっと話が戻った!」


 風の上位精霊が、涙を引っ込めてにこりと笑う。


「地の霊脈が枯れていても問題ないさ。ここに、“風の霊脈”を繋げてあげる」


 風の上位精霊が指を鳴らした瞬間。

 四方から心地よい風が吹き抜け、重く淀んでいた王都の空気が、明らかな『力』を帯びて循環し始めた。

 土の精霊たちが、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね回る。


「魔力だ……! 魔力がこの地にやってきた!」

「魔力がたくさん降ってきた!」

「魔力がこの地に戻ってきたよ!」


「ふふん。僕の風霊脈は、どうだい? どんな障害物もこの流れを遮ることは出来ない。地霊脈なんかより、とっても便利だろう?」


 得意げに胸を張る風の上位精霊に、土の上位精霊が鼻を鳴らす。


「……その代わりに、魔力の総量は地霊脈に比べれば微量であるがな」


「はい、そこ! 負け惜しみ言わない!」


 ぎゃーぎゃーと言い合うふたりの上位精霊と、喜んで飛び回る下位精霊たち。

 そのあまりに緊張感のない光景に、ヴェラは自然と微笑みをこぼしていた。


 精霊たちの巻き起こす賑やかな騒ぎが、この地獄のような王都から、黒くまとわりつく悲壮感を心地よく洗い流していくようだった。

 崩れた瓦礫に背中を預けて座り込んでいたサイが、ふと息を吐き出して苦笑した。


「はぁ……。それにしても、上位精霊の加護を四つも受けてたなんて。ヴェラ、すげえな」


「本当に、わたくし自身が一番驚いてますわ……」


 ヴェラも困ったように苦笑いで返す。

 そのやり取りの中、サイはふと思い出したように、自分の額にある“角”をトントンと指でつついた。


「そういえば、俺にもひとり……いざって時に、手を貸してもらえそうなデカい存在がいた気がするんだが……」


「あ……竜神さま、ね……」


 ヴェラが小さく返す。


「レイを救出したとき、たしかに声が聞こえたんだよな……」


 サイがぼやいた、その時だった。


「……それがな、我も困っているのだ」


 唐突に、ヴェラの腕の中で眠っていた子供――レイの小さな口から、地を這うような重低音が響き渡った。


「え? レイ……?」


「……やれやれ。この身体、ようやく動かせるようになったか……」


 舌打ちでもしそうなその声音は、愛らしいレイのものではなく、完全に“別の高位存在”のものだった。


「レイ……じゃない?」


 セラが戸惑いながら問いかける。

 次の瞬間――先ほどまでわちゃわちゃと騒いでいた上位精霊と土の精霊たちが、顔色を変えて一斉にその場に平伏した。


「あ、あなたは……まさか、竜神様……!」


「うむ。我は竜神。そこのお前たち人間でも、おとぎ話や伝説には聞いたことがあろう」


 子供の顔で尊大に頷くレイ(竜神)を前に、サイの間の抜けた声が響いた。


「えっと……」


 竜神は、サイの額にある角をじろりと一瞥する。


「お主……。あの時、せっかく声が届いたというのに、話も聞かず、さっさとこやつ(レイ)を連れて出ていきおって……」


「あー……」


 サイは気まずそうに頭をかいた。


「もしかして、あの空間(レイの中)にまだいたの……?」


「おったわ! あれから、ずっとな……!」


 竜神は、レイの大きな瞳にうっすらと涙を浮かべてサイに訴えた。神としての威厳が、子供の顔のせいで台無しになっている。


「それは……。ごめん。あのときは、レイを救出することで頭が一杯で……」


 サイが素直に謝ると、竜神はふんっと鼻を鳴らした。


ここ(レイの中)に置いて行かれた我は、ほとほと困り果てたのだぞ……。だが、この者の身体、不思議と霊力が流れやすくてな。ようやく、こうして“竜界”より繋げた霊力で身体を動かせるようになったのだ」


「レイは、負の霊力を纏う『災厄』になった身だから、霊力に馴染んでいたんだろうな……。そうだ、困っているって、言ってたよな?」


「うむ。その角……それに仕込んでいた我が霊力が空っぽなのだ……なぜだ!?」


 その言葉に、ヴェラがひどく申し訳なさそうに、そっと手を挙げた。


「あの……その霊力は、“エリン”って子にすべて吸い取られてしまって。わたくしたちも色々と、想定外が重なってしまったの……」


「吸い取った……? ……まさか、我の計略が上手くいってなかったと……!?」


「計略って……まさか……」


「そうだ。我がつがいの白き竜を、“連れ去った者(女神)”から救い出す計略だ」


 竜神の言葉に、サイの顔つきが少し変わった。


「俺のこの角は、あんたが自分の鱗で作った。『災厄』となったように見せかけるための、黒い霧(負の霊力)を仕込んで……」


「なんだ、お主。見かけによらず、理解が早いではないか」


「見かけって……。それで、女神に『天より降る剣』を振るわせて、この世界への座標を見つけたんだったな」


「その通り。そして、我があの鱗に仕込んだ霊力には、三つの仕掛けがあってな。ひとつは剣に宿る霊力の“所有者”を我に書き換えること。二つ目は、剣を手に入れた者への“伝言”だ」


「……伝言ね。えっと……。俺が受け取ったのは、竜界の過去とこの角の“正体”。それから、剣の持つ“転移”の能力について」


「うむ。しっかり伝わっているではないか。それと、計略とは関係ないが、白き竜の鱗を三百年弄んだ人間どもへの“苦言”もだ」


「あー……、確かにそれも受け取った。それから……『災厄』となってこの世界に転移した者の、角を“覚醒”する方法」


「そう、それが三つ目だ。その剣を使い、覚醒すれば、我の霊力がその角まで届くようになる。そして、角に宿らせた黒い霧(我の霊力)によって、我はこの地に“顕現”できるはずだったのだ」

「……ところが、角に霊力は残っていなかった……。しかも、その角を持たぬこの身体に繋がる始末……訳が分からぬ」


(それは、俺がレイの額に思いっきり頭突きしたせいかも……)


 サイは内心で冷や汗を流しながら、そっと目を逸らした。


「それで、困っていたのね……」


 ヴェラが同情するように相槌を打つと、サイはずっと心に引っかかっていた疑問を口にした。


「……そもそもさ……その計略、穴だらけに思えるんだけど……」


「何故だ? 我の計略に穴などないわ!」


「……だって、実際に上手くいってないよね?」


「ぐッ……」


 図星を突かれた竜神が言葉に詰まるのをよそに、サイの容赦ない追及が始まる。


「この“剣”、誰に拾わせる気だったの? ただの人間が触れたら死んじゃう奴だよね…? それに、自分からこの物騒な剣に貫かれるなんて、普通しないと思うんだけど……」


「むう……」


「それに、この世界に転移させた“災厄”だって、無事とは限らないよね? 事情を知らなけりゃ、あそこの五人に討伐されていたかもしれないんだぞ」


「ぬぬッ……」


「あんた、角にカモフラージュした鱗を適当に送り込んでさ……。この世界に“角を授けし者”と“剣を授けし者”を転移させること自体は、そりゃ上手くいったよ」

「でもさ、送り込んだ後どうなるかなんて……鼻っから完全に“運任せ”だったよね!?」


 その一言を耳にした瞬間、平伏していた上位精霊ふたりの顔から、サァァッと血の気が引いた。


「小僧、不敬が過ぎるぞ……! お前、分かっていないのか? この御方はただの竜などではない。因果さえも操り、我ら上位の精霊ですら足元にも及ばぬ、絶対的な高みの存在なのだぞ!」


 サイの首根っこを掴まんばかりの勢いで、土の上位精霊はさらに声を潜め、必死に言い聞かせる。


「いいか、その御心の怒りに触れたくなければ、今すぐその減らず口を閉じるのだ……!」


(……高位の存在、めんどくせぇ……!)


 サイはあからさまに顔をしかめた。そのやり取りを見ていたヴェラが、見かねて優しく口を挟む。


「サイ、今、この子を責めても仕方ないわ」


「……我は、子供ではない!」


「あっ……。ごめんなさい。見た目がそんなだから、わたくしったら、つい……」


 ヴェラが慌てて口元を押さえる。竜神は深くため息をつくと、尊大に腕を組んでみせた。


「……まぁ、よい。そこの小僧の無礼も許そう。『霊力を吸い取った』と言ったな。その者は、この世界にいるのだな?」


「ええ。わたくしたちは、その子を追って、この世界にやってきたの。この世界のどこかに、きっといるはずですわ」


「分かった……その者については、ひとつ支度が整い次第、我が探そう。その前に、重要な話がある」


 竜神はレイの小さな口元に薄く笑みを刻み、ゆるりと周囲を見渡す。


「女神の居場所を突き止めた――と言ったら、どうする? お前たち」


「……!?」


 一同が同時に息を呑んだ。

 信じられないという顔をする転移者たちを満足げに見回し、竜神は話を続ける。


「この肉体の“深層領域”に、女神が直接介入してきたのだ。……お前が死にかけていた時だな」


 サイが腕を組んで、眉をひそめる。


「ああ、あの時か」


「うむ。だがあの時は一瞬で逃げられた。……それゆえ、我はずっと“待っていた”のだ」


 疲労困憊のエイデンが、瓦礫から身を乗り出して興味深げに問う。


「つまり……条件が整う“合図”を待っていたってことか? 何を?」


 竜神は、レイの小さな胸をポンと軽く叩きながら続けた。


「――女神がこの肉体にもう一度、“意識を向ける瞬間”を、だ」


 全員が唾を飲み込む。


「意識を向ければ、その“意識の爪痕”がこちらに触れる。その刹那、我は女神の居場所を逆算できる」


 圧倒的な力を持つ神ならではのロジックに、全員が引き込まれていく。


「そして……つい先ほどだ。あやつがこの者を思い浮かべた瞬間――我は逃さなかった。女神の居場所を、完全に“捉えた”のだ」


 圧倒的な絶望の中に差し込んだ、確かな反撃の糸口。竜神はすぐさまその幼い顔に、神としての重い威厳を宿して言葉を継いだ。


「しかし、ここが女神の“絶対領域”である以上、簡単には我もこの地に干渉することは叶わぬのだ……」


「――“絶対領域”……」


 真剣な解説の中、ぽつりと呟いたハルトの顔面に、隣から物理的な痛みを伴うほどの『ジト目』が突き刺さった。


「……ハルト?」


「ち、ちがっ……! そういう意味で反応したんじゃなくて……!」


 ハルトは慌てて顔の前で手を振り、ミナの氷のような視線から逃れようとする。

 ――『絶対領域』。それが、ミニスカート(またはショートパンツ)とニーハイソックスの間に存在する、太ももの魅惑の素肌を指す言葉でもあることを知っているのは、この場においてニホン人であるハルトとミナのふたりだけだった。


 竜神は、そんなニホン人のどうしようもない動揺など気にも留めず、淡々と解説を続ける。


「“絶対領域”とは、我ら竜界からですら観測できぬ特別な場所。竜や神といった存在がそれぞれに持つ固有の領域であり――その支配者以外、何者も侵すことはできぬ」


 竜神はゆるりと姿勢を正し、転移者たち全員を見渡した。


「だが。ようやく……ようやくだ。あの女神に我が爪が届いたのだ……。お前たちは女神を討とうとしている。そうであろう?」


 リディアが力強く頷く。


「ええ。魔王の出現と、勇者・聖女召喚の狂ったループを終わらせるため」


 サイも続く。


「二度と『災厄』で、あの世界を傷つけさせないため」


 エイデンも、静かに言葉を重ねた。


「二度と、俺たちのような望まぬ異世界転移が起きないようにな」


 それぞれの固い決意を受け止め、竜神は深く息を吸い――告げた。


「我は女神の居場所を突き止めた。……その代わり、一つ頼みを聞いてほしい。もちろん、我も持てる限りの手を尽くす」


 ヴェラが先に、その真意を察して頷いた。


「“白き竜”を――救いたいのね」


 竜神は目を閉じ、静かに頷く。


「ここが女神の“絶対領域”である以上……こうしてお前たちに頼る以外にないのだ。だから……どうか」


「……わたくしたち、あなたのおかげで、エリンのいるこの世界へ辿り着けたの」


 ヴェラは、白き鱗が眠る胸元を、両手でそっと抱きしめるように押さえた。


「だから、わたくしにも協力させて。“白き竜”を救いましょう」


「……感謝する」


 誇り高き竜神が、ヴェラに向けて深々と頭を下げた。


 その横で、セラは一人、静かに目を伏せていた。


(レイ……じゃない?)


 彼女の脳裏に浮かんだ疑問。だが、セラはそれ以上、深く考えることを自ら拒絶した。

 考えてしまえば、足の震えが止まらなくなり、ここに立っていられなくなると分かっていたからだ。

 胸の奥が、軋むように痛む。嫌な予感が、はっきりと黒い形を持ち始めていた。


 ――目の前にいるのに、本当の『彼』はどこにもいない。

 目を背けたくなる残酷な現実に。


 セラは、唇を強く噛み締め、何も言わなかった。

 言葉にしてしまえば、それが取り返しのつかない“確かな絶望”になってしまう気がして。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ