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(20)魔王の正体

 夕暮れどき、居住棟の屋上にひとり立ち、サイは茜色の空を見上げていた。

 沈みゆく太陽は、どこか遠く懐かしい光を放っている。


「太陽って、どこでも同じなんだなあ」


 なんてしんみりしたことを言いながら――気づいてしまった。肝心な場面だけ口が死ぬ、そんな情けない仕様を、自分は搭載していたらしい。

 ぽつりとこぼしたその独り言に、背後からくすりと笑い声が返ってきた。


「でも、星座はね。前いた世界とは違うんだよ」


 振り返ると、そこにはセラがいた。肩を並べるように近づいてきた彼女は、やさしく微笑んでいた。


「セラか。そうなんだな……今夜、見てみるか」


「うん、ぜひ」


 風が二人の間を抜け、しばしの沈黙が流れる。

 セラは口を開きかけ、少しためらってから言った。


「あのね、サイ。聞いてもいいかな」


「ん? ああ、俺たち、同郷だろ。なんでも聞いていいよ」


「ありがとう……」


 セラは空を見上げたまま、少し声を落とす。


「サイは、なんで……誰も住んでいない、大陸の端を目指したの?」


「ん? それはさっき言った通り……誰も巻き込まないようにって……。ああ、違うな。聞きたいのは、なぜそんな考えに至ったのかってことか?」


「うん、そう。それが聞きたい」


 サイは腕を組み、思い返すように目を細めた。


「ああ。……セラも聞いたことあるかもしれないけどさ、前の『災厄の子』も同じように大陸の端まで旅したって話が、俺の町にも流れてきてたんだ。で、そのときの被害が、今まででいちばん少なかったらしい」


「……」


「俺はその話を聞いて、素直に『すげぇ奴だ』って思ったよ。しかも自分から、そうするって決めたって。……もしかしたら、自分もそんな崇高な英雄になりたかったのかもな。――結局俺は、誰かを犠牲にしてしまったが」


 セラは一拍置いて、静かに口を開いた。


「……ねえ」


「ん、なんだ?」


「その『災厄の子』、災厄のあと、どうなったか知ってる?」


「んー? ああ。ヴェラが言ってたな。あの塔で『天より降る剣』に滅ぼされたって、錬金術師が記録していたってさ。だから……例に漏れず、消滅したんじゃないかと――」


 サイはそこで言葉を切った。そして、はっとしたように表情を変える。


「……いや、つまり、この世界に転移したってことになるのか」


 セラが横目で彼を見やる。


「じゃあ、その『災厄の子』は……帰ってこなかったんだね」


「そうだな。そもそも“帰ってきた”なんて話は聞かない。……一度も」


 沈黙のなか、夕焼けが静かに傾いていく。


「そういえばね、その『災厄の子』、あの地まで“二人で旅した”って話、知ってる?」


「ああ……知ってる」


 サイの声には、どこか憧れと哀しみが混ざっていた。


「……いや、ただの想像なんだけどさ。今ふと思って。なんか、ふたりとも――この世界で生きてるんじゃないかなって。そんな気がしてさ」


「……そうだとしたら?」


「そうだったら……ふたりは、この世界でちゃんと再会できてんのかもな。だったら、俺らにも希望あるって思えてくるよな。エリンと……また会えるかもってさ」


「ふふっ、そっか。君たちってば、本気で希望を追いかけてここまで来たんだよね。……じゃあさ、もしかして、私がその“希望”ってやつ?」


「は?」


 サイの目が泳ぐ。


「ふふっ。……『災厄の子』と旅をしたのは、私だよ」


「へっ……? う、嘘だろ?」


「さっきから、君、私の話を疑うよね」


「いやごめん! セラの話はいつも突拍子なくて……いや、信用してないって意味じゃないんだ!」


「わかってるよ。ふふ、からかっただけ」


 セラはそう言って微笑んだが、その目には少し影が差した。


「でもね、再会は――できなかった。私、『災厄』の最中で死んじゃって、そのまま“チキュウ”に転生しちゃったんだ」

「……なにせ、あれからもう十七年も経っちゃったし。この世界に彼が来てたとしても……ほら、十七年前の“勇者”に――きっと、やられちゃってるよね。もう、会えないんだ……きっと」


「ん? 待て。なんで“十七年前”なんだ?」


「だって、私が転生してから十七年経ってるし。……え? 違うの?」


 サイは言葉を飲んだ。何かに気づいたように、顔色を変える。


「……そ、そうか。今ごろ気づくなんて。これって――」


「どうしたの? サイ?」


「セラ、驚くなよ? いや、聞いて驚け」


「どっちなのよ!」


「……あの災厄が滅んだのって、まだ一年も経ってない。つまり、“転移してきたばかり”なんだ。で、もしお前と旅をしたあの『災厄』が――」


 言いかけて、サイの声が一段低くなる。


「もし、そいつがそのまま“今の魔王”になってるとしたら……」


 静かに息を飲み、サイは言い切る。


「倒されていない。今も生きている。この世界のどこかで、そいつはまだ……生きているってことになる」


「え……」


 セラの瞳が、かつてないほど激しく揺れた。


「……今の“魔王”が……レイ……?」


 言葉の最後が消え入り、視線が宙をさまよった。


「……まだ、生きてるって……」


「ああ、そうだ。セラ……君は、もう再会してたんだよ。気づいてたじゃないか。あの“魔王”が『災厄』だって――君は、会った瞬間にわかったんだろ?」


「本当に!? 本当に……!」


 がばっと、セラがサイに向かって身を投げるように抱きついた。


「そうか、そうなんだ……。こっちじゃ、十七年も経っていなかったんだ。まだあいつは……生きている……!」


 涙をこぼしながら、子供のように泣きじゃくり、セラはサイの胸に顔を埋めた。


「はは……よかったな。……ほんと、よかった」


 サイも思わず涙ぐみ、セラの頭をそっと撫でた。異世界で一人孤独に耐えてきた同郷の仲間に、ようやく光が差したのだ。


 そして――なぜかこのタイミングでやってきたヴェラに、ふたりして泣きながら抱き合っている姿を、ばっちり目撃されるのだった。


 ――数分前。


(ちょっと言い過ぎたかしら……)


 階段を上りながら、ヴェラは先ほどの言葉を思い返していた。

『今は、そんな場合ではないでしょう?』――言っていることは正しかった。けれど、あんなふうに突き放す必要はなかったかもしれない。

 セラに「素直になれ」と言われたのも、少しこたえた。思った以上に、感情的になっていたらしい。


(ちゃんと、話だけでも聞いてあげるべきだったわ)

(せめて「エリンを迎えに行ったあとに、ちゃんと話し合いましょう」と……それくらいの余裕があれば)


 自分でも驚くくらい、自分に言い訳ばかりしている。少し、言葉を選び直して――謝ろう。

 そう決めて、サイの居場所を探していたヴェラに、通りがかったハルトが言った。


「サイ? たぶん、屋上だと思うよ。夕日がきれいだって言ってたし」


 屋上――あの子が一人で黄昏に浸るような性格だったかしら? と苦笑しながら、足を踏み出す。

 鉄の階段を一段一段、静かに上っていった。


 そして、最後の段を上りきったとき。目に飛び込んできたのは――夕日に照らされた二人の姿だった。

 サイの胸に顔をうずめ、セラが泣き笑いのような表情でしがみついている。

 肩越しに気配を感じたのか、セラが顔を出し、声を漏らした。


「……ヴェラ?」


 サイがびくりと体をこわばらせる。彼にしては珍しいほど、明確に“まずい”という顔だった。

 おそるおそる振り返ったその先、そこにはヴェラが立っていた。

 風に髪をなびかせながら、彼女は――笑っていた。

 けれどその笑みは、凍るように静かで、どこか怖かった。


「……これは。お邪魔したようですわね?」


 目を細め、微笑みを絶やさずそう告げる声は、ひどく丁寧だった。


「ヴェラ、違う、俺たちはただ話をしてて――」


「そうなの! それで、サイがあまりにも嬉しいことを言うもんだから」


 セラが明るく補足するも、ヴェラの視線はどこか虚ろなままだった。


「そう。サイって、女の子が喜びそうなこと、そんな簡単に言えるのね?」


「うわ……」


 セラが、思わず引いた。これは完全に地雷を踏んだパターンだと、直感した。


「いや、そういう話をしてたんじゃなくてさ」


 サイは慌てて手を振るが、ヴェラはその言葉を遮るように一言だけ残した。


「別にいいのですわ。あなたがエリンのこと、忘れていないなら、それで」


 そのままくるりと踵を返し、静かに、けれど早足で階段を降りていく。カン、カン、と冷たい足音が響き、あっという間にその姿が見えなくなる。

 取り残された二人。セラは、ようやく自分がまだサイの腕を掴んだままだったことに気づく。


(あっ……やらかした)


 そっと手を離し、顔を上げると、サイは脂汗を流しながら完全に硬直していた。

 セラは真顔で、冷静に、けれど優しく宣告した。


「サイ。あなた、明日から毎日プロポーズしたほうがいい」


 サイは――そのままフリーズして動かなかった。


 * * *


 サイは、必死だった。どうにかしてヴェラの機嫌を取り戻そうと、あれこれ試してみたのだが――結果は芳しくない。

 冷たい目線、素っ気ない返事、そしてそっぽを向く仕草。そのすべてが、彼の心にじわじわと効いていた。

 追い詰められた末に、サイはついに覚悟を決めた。


「……気持ちを伝えよう」


 緊張で顔を強張らせながら、彼はヴェラの前に立った。なぜか転移者の五人を引き連れて。

 ――彼は、覚悟を決めたはずなのに、なぜか人を増やして挑むという意味不明な仕様も持ち合わせていた。


「……ヴェラ。俺が、あのとき“そばにいていいか”って言ったの、覚えてるか?」


 ヴェラはじっとサイを見たあと、わずかに目を細めて答える。


「ええ。覚えてますわ。でも、どういう意味だったのかは、今となっては分からないけれど」


「そのまんまだよ。俺は、ずっと君のそばにいたかった。……それだけなんだ」


「そうだったの」


 反応は冷ややかだった。今日もまた、手応えはない。


「……思えば、もうあのときには、好きだったのかもしれない」


「『かもしれない』、ね」


 ヴェラの鋭い返しに、転移者たちがざわついた。


(あっ、今のは悪手だ)

(うわあ、先手取られた)

(言い回しって大事だな)

(サイ、がんばれ……!)


 心の中でそれぞれがサイを応援するなか、彼は慌てて続けた。


「違う! そうじゃなくて! あの戦いでさ、錬金術師から鱗を守ったとき……“もう指一本触れさせない”って叫んだろ?」

「そのときの君が……泣きながらなのに、すごく綺麗で、俺……その時、好きになったって思ったんだ」


「……あんなに、涙でぐしゃぐしゃだったのに?」


「それでも。……いや、だから、かもしれない」


「それは違いますわ」


「……えっ?」


 あまりに即座の否定に、サイはぽかんと口を開ける。


「サイは、自分の気持ちを、勘違いしているのですわ」


「勘違い……? でも、だって……俺たち……!」


「勘違いしているのよ、わたくしもサイも。身体を許した相手は、自分のことを好いてくれている――そう思い込む、勘違い。」

「そして、自分を好いてくれる相手を、自分も好きなのだと錯覚してしまう。それもまた、勘違いですわ」


「「「「んん!?」」」」


 仲間たちの脳裏に衝撃が走る。


(そこまで進んでたの!?)

(すごい理屈……)

(……そういう勘違いもあるとは思うが)

(ヴェラちゃん、マジ強すぎる)


 その場の空気が固まりかけたとき、サイはふらりと振り向き、五人に視線を投げた。

 完全に、助けを求める目だった。――この男、言葉で負けたら即・降伏するタイプだった。


「なあ……こういうのって、先に……行為があったからって、好きになるのは嘘なのか……?」


 小声でハルトに訊ねると、彼は困った顔で返す。


「い、いや、そういう流れの場合も、あると思うけど……一般的にはね……」


「ってことは、ヴェラは俺のこと、なんとも思っていないってことか……?」


 サイはリディアに訊ねた。すると彼女は小さく首を振る。


「そうは思わないわ。なんとも思ってないなら、あそこまで拗ねる理由がないもの」


「まだ負けてないよ! サイ、がんばって!」


 ミナが小さく拳を握って声援を送る。サイは頷き、ヴェラに向き直ろうとしたが――先に、彼女の口が開いた。


「サイ。こんな……人形みたいな生き物を、好きになる理由なんて……あるわけないのよ」


 それを聞いて、沈黙が落ちる。


「っ…ヴェラ!」


 セラが声を張った。その声音には、強い怒りと悲しみが混ざっていた。


「ヴェラ、自分をそんなふうに言っちゃダメだよ。サイの気持ちだけの話じゃないんだ」

「私も……ここにいるみんなも、ヴェラをそんなふうに見てない。だから――」


 その一言が、ヴェラの胸に突き刺さった。

 彼女ははっと目を見開き、そのまま駆け出していった。振り向きざまに、頬からこぼれた滴が、淡い光の中で跳ねた。


「……」


 その場に残された一同は、しばし何も言えず――やがて、誰からともなく深いため息をついた。


 * * *


 その日の夜、王都には新たな知らせが届いた。


「伝令! 魔王城より、伝令!」


 慌ただしく走る伝令の足音が響く。そして――王、魔導卿、そして転移者の七人に伝えられた。


「新たな“魔王”が……現れました」


 ――運命が、再び動き始めた。

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