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(16)謁見

「これから、国王陛下をはじめ、王侯貴族とお会いすることになるけど、緊張しなくて大丈夫だよ」


 先導するハルトは、振り返ってふたりに微笑んだ。


「この国では、異世界からの転移者が礼儀作法に疎いのは想定済みだから。よほどの無礼でなければ、問題にはならないさ」

「それよりも、これから召喚士の長が、君たちの事情を尋ねてくるから、正直に答えてくれればいい。それがいちばん大事だから」


「……はい」


 ヴェラは短く答えたが、内心の緊張は隠しきれなかった。

 “王侯貴族”という存在は、書物でこそ目にしたことはあるが、実際に相対するのはこれが初めてである。ましてや、かつてあの錬金術師と長く関わってきた経験が、彼女にとって“地位ある者”への根深い警戒心を植え付けていた。


「わ、わかった……」


 サイもまた、硬い声で応じた。思えば自分は、農家の息子で、故郷の辺境の町で野獣を追い払う仕事をしていたに過ぎない。王など、遥か彼方の存在だったはずだ。この異世界で“王”に謁見することになるなど、想像したことすらなかった。

 ふたりが生まれたグラナ=ミール大陸には、『災厄』の影響により、既に強大な国家は数えるほどしか残っていない。貴族や王族という階級制度自体が、いまや影の薄い存在なのだ。そのため、ヴェラとサイは王侯に対する心構えなど持ち合わせていなかった。


(……無事に終わりますように)


(……無礼打ちなんてされませんように)


 ふたりの心は、自然と悪い想像に傾いていた。やがて、謁見の間の大扉が音を立てて開かれた。


「安心して。僕も一緒にいるからね」


 ハルトが囁く。


「僕の翻訳魔法がなければ、そもそも会話すら成り立たない。だから、君たちだけに任せるなんてことはないよ」


 ヴェラはほんの少し、肩の力を抜いた。この国で会ったばかりの青年ではあるが、彼の存在がここまで心強く思えるとは、予想外だった。

 ハルトに続き、ヴェラ、サイのふたりは謁見の間へと足を踏み入れる。先頭のハルトが静かに跪くのを見て、ヴェラとサイも倣って膝をつき、頭を垂れた。


「ご苦労だったな、ハルト。あとの四人も呼んである。しばし待つとよい」


 朗々と響く声が間を満たした。ハルトは軽く頭を下げると、落ち着いた声で答えた。


「ありがとうございます。魔道卿」


 ハルトが小声で、ふたりに囁いた。


「(頭を上げても大丈夫。もう礼は済んだよ)」


 それを聞いて、ヴェラはそっと顔を上げ、声の主を見やる。王座に座る人物は、威厳に満ちた雰囲気を纏いながら、隣に控える者と密やかに言葉を交わしていた。

 その隣には、青の長衣をまとい、厳めしい印象の男が立っている。ハルトが“魔道卿”と呼んだ人物に違いない。彼こそが、この国の召喚士の長であり、転移者に関わる全権を握る者なのだろう。


 その瞬間、背後の扉が再び開き、数名の気配が謁見の間に入ってくる。

 ――四人。彼らは、ヴェラたちの背後で静かに跪いた。

 それに目をやった魔道卿が、淡々と告げる。


「そろったようだな、勇者、聖女。呼び出したのは他でもない。新たな勇者と聖女が召喚された。これより、その者たちの事情を聴く」

「そなたたちは、同じ“転移者”として同席してもらう。彼らの語る事柄に我らが理解の及らぬ部分あれば、補足してもらいたい」


(……思ったより、ずっと丁寧な扱いだ)


 サイは驚きを隠せなかった。先ほどまで“無礼打ち”などと不安に駆られていた自分が、急に恥ずかしく思えてくる。隣では、ヴェラもまた、驚いたように目をぱちくりと瞬かせていた。

 ハルトが控えめに補足する。


「恐れながら、魔道卿。彼らはわたくしたちと出自を異にしており、どうやら“別の世界”からの転移者のようなのです。わたくしたちにも判断しきれぬ部分がありますれば、何卒ご容赦を」


「ふむ。そうか……。では、そこのふたり。ハルトの翻訳魔法は有効のようだな。今よりいくつか問いをさせてもらうが、構わぬか?」


「はい。お言葉は理解できますわ。わたくしはヴェラ、こちらはサイと申します。わたくしたちは、真実を語ると誓います」


 静かに、そして毅然とヴェラが応じた。魔道卿が、第一の問いを口にする。


「では、問う。“チキュウ”とは異なる世界から来たと、ハルトは申しておったが、それは事実か?」


「はい。ハルトとの会話において、“チキュウ”という言葉も、その地名も、わたくしたちにはまったく馴染みのないものでした。ですから、わたくしたちの世界は、彼らとは別の“異世界”であると考えております」


「そうか。では次に問う。この国では、召喚士が儀式を行わねば転移者は現れぬ仕組みだ。君たちは、どのような手段でこの世界へ来たのか」


「……こちらのサイが持っていた剣が、“異世界転移”の力を宿しておりました。その力を行使し、わたくしたちはこの世界に転移してきたのです」


 ハルトがそれを受け、恭しく魔道卿の前へと進み出る。手にしているのは、預かっていた『天より降る剣』だ。


「こちらが、ふたりの用いた転移の剣です」


 魔道卿は興味深そうに目を細め、その白銀の刀身へ、無造作に指先を伸ばそうとした。


「……待ってください、魔道卿!」


 ハルトの鋭い声が、厳かな広間に響いた。魔道卿の手が、刀身の数センチ手前で止まる。


「無礼を承知で申し上げます。この剣に直接触れるのはお止めください。これは、僕ら異世界人が女神から授けられた武器と……僕の持つこの剣と、全く同じ性質の力を宿しています」


 ハルトは自身の腰の剣を軽く示し、警告するように言葉を継いだ。


「この光は、僕らのような『耐性』を持つ者以外には、猛毒も同然です。下手に触れれば、魔道卿といえど、その身を内側から浄化され、消滅しかねません」


 一瞬、謁見の間が凍りついたような静寂に包まれた。魔道卿は止まったままの自分の指先を見つめ、やがてゆっくりと手を引いた。


「……なるほど。ハルトよ。そなたがこれほど強く制止するとは。……ふむ、確かに。直接触れずとも、魔力が吸い寄せられ、削られるような感覚がある。……ハルト、この剣に見覚えはあるか?」


「はい。実は僕も、これとよく似た剣に貫かれたことがあります。気がつけば、この世界に転移していました。以前、魔道卿に申し上げた“あの剣”です」


 ハルトは忌々しげに、けれど確かな確信を持って続けた。


「……ただ、彼らは僕とは違います。彼らは、自らその剣を身体に突き刺し、こちらに来たのです」


「自ら、か。なるほど……」


 魔道卿は淡々と告げると、手元の書面に何かを書き留めるような仕草を見せた。


「召喚の儀式なしに、転移がなされた。通常ならば、召喚士たちが呼び寄せる“代償”として剣の犠牲者が生まれるとされるが……。ふたりは、明らかに異例だな」


 魔道卿の目が細められる。


「では、問う。なぜその剣を手に、自らの命を懸けてこの世界へ来たのか?」


「――一人の少女を追って、ここまで来ました。その少女は、この剣に貫かれ、わたくしたちの世界から転移していったのです。彼女にもう一度、会いたい。……それが、わたくしたちのすべてです」


「……その転移は、いつ頃のことだ?」


 ヴェラは一呼吸置いてから、はっきりと答えた。


「ひと月前の話になります。ただ……そちらのハルトのお話では、ひと月に転移者は現れなかったと……」


 魔道卿が頷いた。


「そうだ。転移者は、そちらの五人のうち、セラが最後だ。それ以降、新たな者は現れておらぬ」


 ヴェラはさらに一歩、前へと進むように言葉を重ねた。


「恐れながら。その少女を探す許可をいただけないでしょうか。そのために、剣に貫かれ、命がけでこちらに渡ってきたのです」


(ヴェラ……度胸すげえな)


 サイは心の中で呟いた。これほど堂々とした態度を見せつけられては、感心するしかない。完全に空気と化している自分が……我ながら情けなく、ひどく恥ずかしかった。


「うむ……。許可はしてあげたいのだが、国から外へ出すわけにはいかぬ」


 魔道卿の声音は穏やかだが、その言葉には確かな重みがあった。


「国外には、転移者を我が物としようと、虎視眈々と狙う者たちがいる。安全とは……言い難いのだ。それから、気の毒なことだが――」


 言い淀むように間を置いてから、魔道卿は続けた。


「この世界において、召喚の間こそ、我らが知る唯一の転移の到着点。君たちの言う少女がここに現れていない以上、別の世界へ行った可能性も否定はできぬ」


 その言葉に、ヴェラの肩がかすかに震えた。淡い希望の光が、目の前で静かに霧散していくような感覚。返す言葉も見つからず、彼女はただ、俯いたまま立ち尽くす。

 魔道卿は静かにその様子を見つめたあと、柔らかな声で言った。


「すまなかったな。悲しませるつもりはなかったのだ。転移したばかりで疲れておるだろう。今日は無理をせず、休むとよい。続きは明日がよかろう」

「それでよろしいですかな、王よ」


 王は口を開くことはなかったが、ゆっくりと首を縦に振った。

 サイがハルトに耳打ちする。


「(……あれが王様、なんだな)」


「(うん。王の声を聞けるのは、上位貴族だけなんだ)」


 しばし沈黙が流れたあと、サイは喉を鳴らし、ぎこちなく一歩を踏み出した。緊張で手のひらが汗ばんでいる。だが、それでも彼は、まっすぐに魔道卿を見据えて言った。


「恐れながら。この剣は、俺たちが……そ、その少女と再会するための唯一の鍵なんです。……返してはもらえませんか」


「安心せよ。剣は返すつもりだ。ただし、制約魔法によって、我らに害をなさぬと約束してもらう。それで構わぬか?」


 サイはちらりとヴェラに目を向けた。彼女が小さく頷くのを確認し、「はい」と答える。

 その場で簡素な制約魔法の術式が行われ、ふたりの行動に一定の制限が課された。儀式が終わると、『天より降る剣』は無事、ふたりの手元に戻された。

 安堵を胸に、ヴェラとサイはハルトに従い、謁見の間を後にした。


 * * *


 高い天井には精緻な装飾がほどこされ、彩色ガラス越しに差し込む陽の光が、床に淡くゆらぐ虹の帯を描いていた。空気には微かに香の匂いが漂っており、外の世界とは別の時間が流れているようだった。

 回廊を数歩進んだ先、光の差す一角に、三つの人影が静かに佇んでいた。その中のひとり、赤毛に青い瞳を持つ二十代の男が、一歩前に出て声をかけた。


「ええと、ヴェラにサイだったね。聞いていると思うけれど、僕たちも君たちと同じ“転移者”だ。私の名はエイデン。そして、こちらの二人がリディアとミナだ」


 続いて、落ち着いたブラウンの髪と瞳を持つ女性が、どこか誇り高さの滲む仕草で軽く頭を下げた。


「リディアよ。よろしく。ヴェラ、サイ」


 その声には、穏やかながらも芯のある響きがあった。

 続いてもうひとり、漆のような黒髪を弾ませた少女、ミナが弾けるような笑顔で距離を詰めてきた。


「ミナです! よろしくお願いします! わあ、ヴェラって……リディアとはまた違う美人さんだぁ! 緑色の瞳がきれい!」


 そのまま今度はくるりとサイの方へ向き直り、頭から足先までをじろじろと観察する。


「サイは……。ええと、頭にタオル巻いてるの、かっこいいね」


「……あ、ああ。……どうも」


 唐突すぎる感想に、サイは戸惑いながら、落ち着かない手つきでタオルの端をいじった。エイデンが苦笑し、リディアが小さくため息をつく。

 エイデンが紹介を終えたところで、隣にいたハルトが、手に持っていた『天より降る剣』をサイに差し出した。


「そして、僕がハルト。……ほら、約束通り返すよ。大事なものなんだろ」


「……ああ。助かる」


 サイは、自分の手に戻ってきた剣の重みに、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。


「……あれ? 全員で五人って言ってたよな」


 サイが周囲を見回しながら問う。


「ああ。もうひとりはセラという女性だ。少し前に自室へ戻ったよ」


 エイデンが答える。その声音には、どこか言いづらそうな含みがあった。


「何か、あったのですか?」


 ヴェラが静かに問うと、先に答えたのはリディアだった。小さく視線を伏せ、躊躇うように口を開く。


「あの子、近頃ちょっと様子がおかしいのよ……“魔王”と対峙してから」


 その言葉を聞いた瞬間、ヴェラとサイは同時に顔を上げた。


「……魔王?」


 二人の声が重なった。リディアは驚いたように彼らの表情を見たが、すぐに口を噤む。代わって、ハルトが場を促すように言った。


「まあ、ここで立ち話もなんだから、居住区へ戻ろう。君たちの部屋も、いま整えてもらってる最中だから、今夜からはそちらで休めるはずだ」

「僕の部屋に集まって、少し話をしよう。転移者同士、知っておいてほしいことがいくつかあるんだ。あの魔導卿が、君たちをどう見るかは……まだ何とも言えないけどね」


 それは単なる好意でも、無責任な好奇心でもない。ハルトの声音には、ある種の責任と緊張感があった。この世界で“転移者”として生きることの意味を、彼は知っているのだろう。


「ヴェラは……疲れてるみたいだったけど、来られそうかな?」


 ヴェラは一瞬だけ逡巡した。だが、その問いに、はっきりと頷いてみせる。


「……ええ。伺いますわ」


 “魔王”という言葉が、胸に小さな棘のように残っていた。嫌な予感が、心の奥でひそかに芽吹きつつあった。だが、それでも。――知っておかなくてはならない。エリンのこと、この世界のこと、自分たちの運命のこと。

 その思いが、ヴェラの背を押していた。

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