合戦山へ
昨晩は神さんと番匠さんの昔話に花が咲き、結局みんなで雑魚寝して朝を迎えた。
タクミ「うう……眠い。」
ナツミ「おはよう!!タクちゃん。」
あれ?
ナツミさんはもうとっくに起きてる。
沢水で顔まで洗って来たって。
そして神さんは、もうとっくにZZカンパニーに帰ったって。
僕も急いで起きて沢水で顔を洗い、石の家に戻ると、香ばしい匂いがいっぱいに広がっていた。
竈では番匠さんに教わりながら、ナツミさんが軍手をはめて、餅のような大福のような物をひっくり返しているところだった。
タクミ「おはようございます!!それなんですか?」
番匠「お!よく眠れたかや?これは、あんびんって言って、この辺りで昔から食べてる餅じゃよ。」
ナツミ「銀ちゃん、これもう焼けてるかなあ……?」
番匠「膨らんで焦げ目が付けば、もう大丈夫じゃ!」
ナツミ「タクちゃん、はい!!熱いよ!!」
不意にナツミさんから、あんびんを渡された。
「あちち!!」
思わずお手玉のように左右の手を行ったり来たり。
もう。
いつも無茶ぶりするんだから!!
ハフハフしながらかぶりつくと、中にはこし餡が入ってる!
これは美味しい。
ヨモギ茶も飲みながら、ゆっくりとした時間が流れていく……。
番匠「さてと、そろそろ動こうかや。」
番匠「まずは皆で材料を調達じゃ。そこの麻袋とスコップを持って合戦山へ行こう。」
えっ……。
どういうことなんだろう。
番匠「まあ、ついて来なさい。」
番匠さんについて行くと、獣道のような勾配のきつい山道を、すたすたと軽快に登って行く。
その身のこなしは、とても九十歳の老人とは思えない。
僕たちは置いていかれまいと必死に追いかける。
ナツミ「銀ちゃん速〜い!」
タクミ「本当に九十歳なの!?」
藪を抜けると、突然視界が開けた。
山肌が大きく崩れ、黄褐色の砂混じりの地層が剥き出しになっている。
番匠「此処じゃ。この筋の砂を集めるんじゃ。」
番匠さんは崖に近づくと、表面の黒い土をスコップで払い除けた。
その下から現れたのは、指で押しただけでもさらさらと崩れる、細かな砂の層だった。
番匠さんは一握り掴むと、手の中でぎゅっと握った。
番匠「鋳物は砂の質で決まる。この砂は粘りがある。こうして握って、形が残るくらいがええ。」
タクミ「砂型の砂まで採ってたんだ!」
番匠「物事は段取りが大事じゃ。段取りで全てが決まると言ってもいい。己の段取りは裏切らないからのう。」
ナツミさんが麻袋の口を大きく広げ、僕は剥き出しになった地層から、スコップで砂を削り落としていく。
番匠「もういいんでないかい?あまり入れると重くなるしのう。」
そう言うと番匠さんは、麻袋をひょいと肩に担いだ。
タクミ「番匠さん、僕が持ちます!」
番匠「おっ!そうかい?それじゃあ頼もう。」
そう言うと番匠さんは僕に手渡した。
タクミ「重っ!!」
僕は思わず膝をつきそうになった。
番匠「コツがあるんじゃ。貸してみろ。」
そう言うと、またひょいと肩に担いでみせた。
その姿はまるで――
『柔よく剛を制す』。
武道の達人のような動きだった。
番匠「力ではない。身体の使い方じゃ。」
番匠「袋を身体に引きつけて、膝と腰を使う。立ち上がる勢いで、そのまま肩へ回すんじゃ!」
ナツミ「わあ〜!凄い!ナツもやってみる!」
ナツミ「身体に引きつけて……立ち上がりながら肩へ――うわあ〜!出来た〜!」
ナツミさんまで軽々と上げた。
タクミ「身体に引きつけてー……立ち上がってー……肩へ!」
タクミ「出来たー!!」
番匠「では山を降りようかのう。」
う……。
出来たけど重い……。
三十キロはあるのでは……。
ナツミ「タクちゃん大丈夫?」
タクミ「大丈夫じゃないけど頑張ります。」
ナツミ「疲れたらさ……応援してあげるね♡」
うう……。
体力が尽きる前に早く戻ろう……。
行きと同じ急勾配を下る。
ダメかも……。
すると突然、山道の向こうから大きな白い山羊が現れた。
番匠「おお!フローラ!良い時に来てくれたわい!」
タクミ「番匠さんが飼ってる山羊ですか?」
番匠「子山羊の頃に、何処からともなく迷い込んで来たんじゃ。足を怪我してたから手当てして、しばらく一緒に暮らしてたんよ。そしたら懐いてのう……。山で暮らすようになってからも、ときどきこうして遊びに来る。」
そう言うと番匠さんは、僕が背負っている砂をもう一つの麻袋に半分ほど移した。
そして持って来ていた麻縄で二つの袋をつなぎ、フローラの背中の左右へ振り分ける。
慣れた手つきで腹の下へ縄を回して固定すると、なんとフローラは嫌がる様子もなく、そのまま僕たちと一緒について来た。
ナツミ「うわ〜凄い!」
番匠「ワシも歳じゃ。いつも砂を運ぶ時にフローラが来てくれると、こうして運んでもらうんじゃよ。」
タクミ「助かりました。フローラ様!!」
フローラは時折振り返って僕たちを確認しながら、慣れた足取りで山道を下って行く。
僕よりよっぽど頼もしい……。
やがて石の家が見えて来た。
番匠さんはフローラの背中から麻袋を降ろすと、首筋を何度も撫でた。
番匠「ありがとのう。フローラ。」
フローラは分かったのか分からないのか、「メェ〜」と一声鳴くと、そのまま山の中へ消えて行った。
ナツミ「また来るかなあ?」
番匠「来たくなったら来るじゃろ。山で暮らす奴には、山の都合があるからのう。」
なんだか番匠さんらしい。
僕たちは採って来た砂を、石の家の前に降ろした。
タクミ「これで砂型が作れるんですね!」
番匠「いやいや。まだ始まったばかりじゃ。」
え?
番匠さんはニヤリと笑った。
番匠「次は木型の材料じゃ。」
番匠「本堂に行くぞ!!」
番匠「お主のバイクに神を宿す、ええもんがあるわい!」
つづく。




