若き神、房総にハマるPart2
神さんは日本酒を呷りながら、番匠さんと出会った頃の話を続ける。
神「それでよう~~!! モトコンポに乗って、壊れたクラッチプレッシャープレートを町工場まで持ってったんだよ」
30年前の光景が浮かんだ……。
恐る恐る引き戸を開けると、むっとするような凄まじい熱気が押し寄せた。
奥に見える溶解炉。
銀色に光る溶けたアルミを、作業員が長い柄のついた取鍋ですくい、床に並べられた鋳枠の湯口へ流し込んでいる。
辺り一面、砂埃に覆われた灰色の世界。
別の場所では作業員が砂型を崩し、まだ熱を持った大きな鋳物をチェーンブロックで吊り上げている。
その隣では、鋳物に残った湯口を落とし、ディスクグラインダーの甲高い音を響かせながら表面を仕上げている作業員。
それぞれが自分の仕事に集中していた。
神「すみませーん!!」
大きな送風機の音で、神の声はかき消された。
神「スミマセーーーーーーン!!!!!」
さらに大きな声で叫ぶと、中にいた作業員が一斉にこちらを向いた。
神「ああ……すみません!! バイク屋さんの紹介で来ましたーー!! この部品、造れますかーー!!」
一同がキョトンとする中、奥から頭に手ぬぐいを巻いた親方らしき男が出て来た。
「ちょっとその作業、待ってろ!!」
親方らしき男は作業員にそう言うと、神の方を向いた。
「お兄ちゃんか! さっき電話もらってる。何だ、青森から来てバイクが動かなくなっちまったんだって?」
神「はい。ここが割れちゃって……」
見た目はコワモテ。
眼光も鋭く、気難しい職人に見えた親方は、意外にも笑いながらクラッチプレッシャープレートを手に取った。
「これかあ……」
しばらく眺めたあと、親方は言った。
「出来るけどな。木型から起こすとなると時間かかるぞ」
「費用もそれなりにかかる」
神「どれぐらいですか……?」
恐る恐る神が聞くと、親方はこう言った。
「早くても2週間ぐらいかな……費用も10万はかかるぞ!」
神「10万!! そんなにするんだ!!」
親方「そりゃそうだよ!! 鯛焼き焼くのとは訳が違うんだ。高くついちまうから、解体屋でも回って中古の部品探した方がいいぞ!!」
神「10万かあ……まずそんなに持ってない」
神「ひとまず出直して来ます……」
そう言って工場を立ち去ろうとすると、親方に呼び止められた。
親方「兄ちゃん、泊まるとこはあんのかい?」
神「いや……決めてないけど、今日は砂浜にテント張って寝ようかなと」
親方「時間はあるのか?」
神「あります!! 何しろ今、無職だから!!」
親方「うちで部品が出来るまでバイトするか? 費用はバイト代から払えばいい。住むとこもあるぞ。タコ部屋だけどな!!」
神「え……!!」
……。
神「やります!! いいんすか!!」
親方「丁度、部品の大量発注があって人手不足だったんだよ。兄ちゃんでも出来る仕事があるからな。そしたら、しばらくうちに住み込みだ!!」
神さんは豪快に酒を飲み続け、30年前の話に花が咲く。
ナツミ「突然千葉に来て、その日から住み込みってナツと同じ!!」
タクミ「僕も一緒です……」
神「それもそうだな!! ほら、あれだ!! 俺もあの時、社長に助けられたからさ。若い奴らが来たら、ほっとけなくてよう~~~!!」
番匠「神君、それは良い心がけじゃ。わしゃ嬉しいぞ!!」
神「それから何だかんだ、大量発注の部品を毎日検品したり梱包したり……」
神「部品をやっと造り始めてくれたのが2週間後でさあ……」
神「毎日バイトが終わると、同世代の従業員と銭湯までレースだよ。ダックスの奴とモンキーの野郎を、いかにモトコンポでぶっちぎるか……カフェレーサーならぬ『銭湯レーサー』よ!!」
神「夜はタコ部屋で酒飲んで馬鹿話して、どんちゃん騒ぎ。みんなで二日酔いのまま出勤して、親方に雷落とされたこともあったっけかあ……」
番匠「そんなことあったっけ?」
そして2週間後。
ようやく部品造りが始まった。
親方「こりゃ木型を一から造るより、この折れた部品を元に型を起こした方が早いな……」
親方は、まず破損した部分を溶接でつないだ。
神「これでもう直ったんじゃないっすか?」
親方「まあ走れなくもないだろうがな。一度割れた鋳物だ。溶接しただけじゃ、また同じところが割れるかもしれん。まあ見てろ」
そう言うと親方は、何やらパテのような物を盛りつけ、ヤスリでシャッ、シャッ、と削り始めた。
神「何してるんすか?」
親方「金属は冷えれば縮む。おまけに最後は機械で削って仕上げる。その分まで計算して、少し大きくしておくんだよ」
神「へえ~~~!!」
肉盛りして形を整えたクラッチプレッシャープレートを元に、親方は鋳枠に詰めた砂で型を取った。
やがて親方が取鍋を傾ける。
銀色に光る溶けたアルミが、砂型の小さな湯口へするすると吸い込まれていった。
神さんは大きく手を広げながら、さらに日本酒を呷り、当時の状況を熱弁した。
神「もう砂型から出て来た部品を見た時には感動したねえ!! 『これぞ手仕事ニッポンだ!!』って。それから工作機械使って綺麗に仕上げてもらってよう~~。バイク屋さんに持ってって、取り付けてもらったんだよなあ~~」
神「何だかんだ居心地が良かったから、そのままバイト続けてたら1ヵ月も経っちまってさ。最後に出発する時、社長が15万円、俺に渡すんだよ!!」
神「びっくりして『なんで!?』って聞いたら、部品製作費を引いた残りのバイト代が15万円だって言うんだよ……」
神「あの時は感動したなあ……どっちが神だかわからなくなったぜ!」
……。
……。
……。
神「ここ笑うとこ」
ナツミ「何そのオチ……」
神「このオチが言いたくて今まで熱弁してたんだぜ!! ギャハハハ!!」
タクミ「ぷぷ……ややウケ」
神「ギャハハハハハ!! 面白えだろ!」
怪奇寺、千首坊寺には似合わない笑い声が、いつまでも響き渡るのであった。
つづく。




