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翼かける猫  作者: くろイけ


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14/15

嵐の夜

「グレコさん、行ってきました」


暴風雨の中、びしょ濡れになったミチが戻ってきた。

昨日の午後から、強い雨と風が続いていたのだった。


「ご苦労様、ミチ。済まなかったね」


鼻先を近づけ合って、ミチの労をねぎらうグレコ。

悪天候にも関わらず、翼町の猫たちに、警告を伝えてきてくれたのだ。


「もう奥に引っ込んでたのもいたので、全猫とまでは行きませんでしたけど」


ミチが申し訳なさそうに弁解する。


「全然構わないよ。こんな時は日がな隠れてるのが一番なのさ」


どうやら明日の夜に、嵐がやってくるらしいのだ。

今も充分「嵐」と呼べる状態なのに、もっと酷い嵐になるらしい。


今朝、グレコが人間たちの会話から聞いた情報だった。

大きな「タイフウ」が近づいているらしい、と。


「タイフウ」がすごい嵐のことだというのは知っていた。


毎年、夏前から秋にかけて、全外猫が何度も経験する現象だ。

叩きつける激しい雨と、吹き飛ばされそうな強風。

そして川の増水。


それが今回は、これまでになく大きな「タイフウ」なのだそうだ。

人間が不安を口にするほどの「タイフウ」が、どれほどのものなのか。


危険を感じたグレコは、すぐにリッティに、ミチを呼んでくるように言った。


そうして、やってきたミチに「大至急」で、と頼んだ。


この雨と風が止むまで、屋根のあるところに隠れること。

絶対に川には近づかないこと。


この二つを町の猫たちに知らせるように、と。


「あんたももう今日は戻って休むんだ。あたしもそうさせてもらうよ」


「わかりました。気を付けてグレコさん。リッティも!」


「あんたもね、ミチ」

「ありがとう、ミチさん!」


雨に打たれ風に煽られながら走り去るミチを見送ると、グレコはリッティと一緒に小さな神社の裏手へと消えていった。



✻ ✻ ✻



――翌日。


雨風は更に激しさを増し、猫たちはもう外を歩けなかった。


ここまで激しい雨になると、道路もそうでない地面も全部川になってしまう。

足が何センチも水の中に浸かってしまうのだ。


そして、車や自転車が横を通ると、大波のような水が襲い掛かって来る。


だから大雨の日は危険だと、

絶対に外出してはならないと、

外猫はみんな、身をもって知っているのだ。



✻ ✻ ✻



外はもうかなり暗くなっていたが、まだ夕方。

雨はまだ降っていたが、風は少し弱まってきた。


ジャンボは堤防の壁の上から、玉見川を見て驚いた。


低く重たい持続音と、水面で波や木々がぶつかる高音。


いつも見慣れた川とはまるで別の顔。

信じられないほどの水量が、ものすごい勢いで流れている。

茶色く濁った荒々しい玉見川。


「川が怒ってる」


ジャンボが隠れていた民家の床下まで響いていたのは、この怒った川の声だったのだ。


すごい、と怖い、がぐちゃぐちゃに混ざった感情で、川から目を逸らせないジャンボ。


川の水からは、いつもと違う臭いがした。



✻ ✻ ✻



夜になると、再び雨風が強くなった。


軍曹は水門のいつもの場所で、様子を見に来たエリンと一緒だった。

なんとなく気になって、この時間でもまだ水門にいたのだ。


水門横にある鉄階段の下は、屋根代わりになる。

完全に雨風を防いでくれるわけではないが、贅沢も言ってられなかった。


「こんなのは初めてだよ」


独り言のように呟く軍曹。


「あたしもさ」


エリンは身がすくむような怖さを感じながらも、黒い流れを見続けていた。


「ここは大丈夫なのよね?」


ふと不安になったエリンは、軍曹に尋ねる。

川の水カサがどんどん増しているように思えたのだ。


「さあね。でもここがダメなら町もみんな水の中だろうよ」


ぶるっと身震いするエリン。

そんなことは考えたこともないし、想像すらできなかった。


コウとモックは泳げるのだろうか、と一瞬考える。

エリン自身は泳げないのだった。


「あんたは意外と気が小さいんだね」


軍曹にズバリと指摘されて、狼狽えるエリン。


「あんまり人には言わないどくれよ、軍曹さん」


そう言い返すのが精一杯だった。


フッと軍曹が笑ったように見えたが、気のせいだったかもしれない。


「あたしは大丈夫だから、あんたの仲間のところに行ってやりな」


「そうさせてもらうよ。それじゃ軍曹さん、気を付けて」


「あんたらもね」


エリンは、コウとモックが待つ高架下へ急いだ。



✻ ✻ ✻



「ママ、怖いよ」


いつもの床下に避難していたトト一家。

ムムが怖がって、トトの体にぴたりと身を寄せる。

それを見てミミとアルもくっついてくる。


「アタシも」

「ボクも」


まるで、おしくらまんじゅうだ。


生後半年を過ぎた三匹は、ほとんど大人の猫と同じまで成長したが、まだまだ気持ちは子猫気分が抜けなかった。


(こうしてみんなで一緒にくっつくのは久しぶりだ)


トトは懐かしく思った。

ほんの少し前まで当たり前だったのが、いつの間にか当たり前じゃなくなっていた。

成長とはそういうものなのだ。


通風口からは、時々凄い音を立てて風が吹き込んでくる。

もちろんその外側ではずっと激しい雨が降っていた。


こんなに恐ろしい嵐の日なのに、トトの心は不思議と満たされていた。


「大丈夫。ウチが守ってやる」


トトの声を聞いた三匹が、お腹や背中やお尻の辺りでもぞもぞと動いた。



✻ ✻ ✻



もうそろそろ真夜中という時間――。


それまで吹き荒れていた雨風が、突然弱くなったかと思うと、いずれも消えた。


ただ、川の音だけがいつもより近く、大きく鳴り続けている。


じっとうずくまっていたモックがふと顔を上げた。


「どうしたんだ、オッサン」


すぐに気付いたコウが尋ねる。


「聞こえる」


聞き取れないくらい低く呟くと、ガバッと突然起き上がるモック。


「ど、どうしたんだよ」

「モック、なにかあったのかい?」


コウとエリンの言葉も、聞こえないかのように川の方を見つめるモック。


ヒゲがピンと張り、耳がピクピクと忙しく動く。


「やっぱり聞こえる」


聞こえたのは、子猫の鳴き声だった。

僅かな、微かな声だったが、モックの耳には確かに届いた。


あの朝、コウを見つけた日も雨だった。

雨に濡れて鳴くコウの姿を思い出した瞬間、モックは走り出した。


「あ、オッサン! 待てよオイ!」


コウが呼び止めるが、モックは信じられないほどの速さで走り去った。


「モック……いったいどうしたってんだい」


エリンも呆気に取られてしまっていたが、ふと我に返る。


「行くよ、コウ!」

「合点です姐御!」


二匹もモックを追って高架の下から出ると、雨に濡れたアスファルトを駆けて行った。



✻ ✻ ✻



玉見川の河川敷は完全に水没して、川幅が二倍どころか三倍に。

川の水位も、堤防の三分の一の高さまで上がっていた。


河口に近い翼町付近でも、ひと目でわかるほど激しい水勢。


激しく波打つ水面には、木や枝以外にも様々なもの、ありとあらゆるものが浮かんでいた。


そんな川を眺めていた軍曹の後ろを、なにかがびゅんと通り過ぎていった。


直後に、川の方からドボンという水音。


「なんだい、今のは?」


なにか落ちたのかと下を覗いたら、川面に白いものが浮かんでいた。


――白……猫!?


「オッサン、どこだよ!」

「モック! どこ行ったんだい」


軍曹の後ろから、コウとエリンが走ってきた。


「軍曹さん、モック見なかったかい?」

「オッサンがいきなり走っていなくなっちまったんだ」


「なんだって!?」


軍曹はもう一度、下を見下ろす。


「モック! おまえさんモックなのかい!?」


しかし、白い猫はもうかなり先の方へ流されていた。


「なんだって!?」


コウも軍曹の横に並んで川を見下ろすが、何もない。

ただ普段の何倍もの水量で、荒々しく流れる黒い川が見えるだけだった。


「向こうだよ!」


左手の川下の方に走り出す軍曹。

コウとエリンも続く。


「モック! なにやってんだい! 早く水から出るんだよ!」


白い影を見つけたエリンが叫ぶ。


川の水位ギリギリの所まで下りて来たが、これ以上は進めなかった。


下手をすると、自分たちも流されてしまう。

流れてくる大きな木に引っかけられたら、ひとたまりもない。


「オッサン!」


コウが来た道を戻って堤防の壁に上がると、そのまま走ってモックを追いかけた。


「コウ!」


遅れてエリンも続く。


二匹を見送る軍曹の元へ、後ろから半野良猫のチビが息を切らせて走ってきた。


「軍曹さん、子猫見なかったかい?」


「子猫? まさか川の中じゃないだろうね」


軍曹はイヤな予感がした。


「実は、うちの仲間の一匹が川へ落ちたらしいんだ。あたしの見てないところで見物に行ったみたいで」


「まさか、それでモックは……なんてこと……」


さっきのは間違いなくモックだったのだと、軍曹は確信した。


「どうしたんだい軍曹さん」


「ついてきな」


軍曹は、コウとエリンの後を追うように走り出した。

チビもすぐ後に続いた。

最終回となる次話は明日17時に公開予定です。

来週土曜ではありませんので、ご注意ください。

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