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翼かける猫  作者: くろイけ


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11/15

探しもの

よく晴れた梅雨のある日。


ジャンボは川の(ほとり)まで行って、水面を覗き込んでいた。

魚獲りの腕も、だんだん上達してきていたのだ。


この時期は水量がやや多めなので、注意が必要なのだが、ジャンボはまだ季節毎の変化などはよくわかっていなかった。


その時、下流の方からけたたましい音が近づいてきた。


ブォォォォォ。


川の上を尖った箱が進んでくる。

後ろから紐が伸びていて、その先には人間がいた。

水の上に立っている!?


箱がすごいスピードで近づいてきたと思ったら、ジャンボの足下に大きな波が押し寄せてきた。


「うわっ!」


危うく波に足を取られそうになって、飛び退くジャンボ。


箱は上流の方に行ったと思ったら、またすぐ戻ってきた。

今度も大波が幾重にも重なって押し寄せる。


なにをしているんだろう?


ジャンボは暫く見ていたが、箱は川の上を何度も行ったり来たりしていた。

箱が人間を引っ張っているのは理解した。

バランスを崩した人間が、何度もひっくり返って水に沈んでいた。


ジャンボはそれが可笑しくて、ついつい見入ってしまう。

あれはきっと人間の水遊びのひとつに違いない。

面白いことを考えるなぁ、人間は。


「ジャンボ! ジャンボじゃないか!」


突然、背後から名前を呼ばれたので驚いて振り向くと、見たことがある姿が。


堤防の上からこちらを見下ろしている麦わら猫――チャラさんだ!



✻ ✻ ✻



「チャラさん、どうしてここに?」


ジャンボは堤防の上まで一気に駆け上がると、チャラの鼻に顔を近づけた。


「久しぶりに会ったのに、そんなつまらない質問?」


面白がっているチャラの様子を見て、ジャンボは一気に懐かしくなる。


「ああ、ごめんなさい。久しぶり! 元気だった?」


「見た通りよ。私もとうとうこんな流れ猫になっちゃったわ」


「あの辺も、もう住めなくなっちゃったの?」


「そうよ。人間たちが大勢来て、おっきな機械で土を掘り返し始めたのよ。あ、機械ってわかる?」


「キカイ? あの川の箱みたいな?」


「あれはちょっと違うけど、まぁ完全に間違いではないわね」


ポカンとしているジャンボを見て、チャラは続ける。


「車は知ってる? 人間が乗って道を走る箱」


「うん! 町の中を走ってるヤツだよね」


「そうそう。それの仲間でね、もっと大きくて、土をたくさん運ぶやつとか、ながーい鉄の腕みたいなので土を掘り返すやつとかがいるのよ」


「それがキカイ?」


想像しようとしたけれど、ジャンボには無理だった。


「正しい名前は知らないけど、生き物じゃない鉄で出来たものは大抵機械よ」


「へぇ。相変わらず詳しいね、チャラさん」


「まぁね。わからないことがあったら、なんでも私に聞きなさい」


何故か自慢げに胸を反らせるチャラ。


チャラは四歳のメスで、長毛の麦わら猫だ。

去年の夏に、空港エリアの空き地に捨てられた。

その後、散歩中のジャンボと出会い、仲良くなったのだった。


慣れない野良生活の愚痴をジャンボが聞いてあげる代わりに、人間のことや飼い猫暮らしについて色々教えてもらったのだった。


「ジャンボ! その猫だれなの?」


遊歩道にいたのは膨れっ面のリッティ。


おっとこれは修羅場の予感。


「あ、リッティ。こっちはチャラさん。ボクの知り合いなんだ」


ジャンボの紹介にも、硬い表情を崩さないイカ耳のリッティ。


「初めまして、チャラよ。今さっきここを通りかかったらジャンボがいたから、懐かしくてつい声をかけちゃったの。あなた、ジャンボのお友達なの?」


チャラの自己紹介まで無視するわけにいかず、渋々近づいてくるリッティ。


「あたしはリッティ。この辺を仕切ってるグレコの娘よ。チャラさんはジャンボと同じ町から来たんですか?」


「ええ、そうよ。人間たちのせいで追い出されちゃって、困ってるのよ」


「何匹か、この翼町に来てる猫がいるわよ。もしその気があるなら、いつでも歓迎するわ」


リッティが今度は自信を取り戻したように、ヒゲをピンとさせ尻尾を立てて宣言した。


「ありがとう。せっかくだから検討させてもらうわ。で、ジャンボはどこに住んでるの?」


リッティの耳が片方だけピクリと動いた。


「あ、あそこの家の下」


川裏(かわうら)にある人間の家の方を見ながら答えるジャンボ。


「あら、人間の家の下に住むなんて、なかなかいい考えだわ」


「時々ご飯もくれるんだ」


「ふぅん。私もそこにしようかしら」


「えっ!?」


リッティが大きな声を出したので、ジャンボとチャラはびっくり。


「冗談よ、冗談。あなたのジャンボを取ったりなんかしないわ」


「えっ!?」


今度はジャンボだけが小さく驚いた。


リッティは下を向いて尻尾を大きく振っている。


「ウフフフ。私はもう少しあちこち見てこようかしら。それじゃまたね」


チャラは笑いながら歩いて行ってしまった。

とても機嫌良さそうに尻尾を揺らしながら、リズミカルな歩き方で。



✻ ✻ ✻



「ねぇ、チャラさんてどういう猫なの?」


チャラの後ろ姿が充分に小さくなったのを確認してから、リッティは口を開いた。


「チャラさんはね、去年の秋に初めて会ったんだ。人間と一緒に暮らしていたんだけど、突然外に置いていかれちゃったんだって。なんだかかわいそうだなと思って、それから何度か話をするようになって――」


「ちょっと待って。人間と一緒に暮らしてたの? チャラさんが?」


「うん、そうだけど。それがどうかしたの?」


「よく今まで無事で、っていうかあんなに元気そうにしてるわね」


「どういうこと?」


「人間と一緒にいた猫が急に外で暮らし始めたら、大抵の猫は具合が悪くなっちゃうのよ。私も前に一匹、そういう猫を知ってるけど、すぐに病気になっていなくなっちゃったの」


「え……ホントに? その猫それからどうなったの?」


「たぶん、死んじゃったんだと思う」


「かわいそうだよ、そんなの」


「ねぇ。もしかしてあんた、まだ死んだ猫を見たことないんじゃない?」


「いなくなっちゃった猫なら知ってるけど、死んだところは見てない」


「やっぱり。とんだお坊ちゃんだったってわけね。どうりで」


「それがどうかしたの?」


ジャンボはちょっとムキになって訊ねる。


「あ、ううん。なんでもないの、ごめんなさい。でもあなた、ちょっと素直過ぎるわ」


「なんで? 素直じゃダメなの?」


「ダメじゃないけど。悪い猫や人間に騙されたりしないでね」


「人間かぁ……ボクはちょっと苦手だな」


「あたしも! 良かった、一緒で」


リッティはすっかり機嫌を直したようで、ジャンボの顎の辺りに額を擦り付けてきた。


それからジャンボは、リッティに人間のヘンな遊びの話をして、堤防の上から一緒にそれを眺めて過ごしたのだった。



✻ ✻ ✻



「あの、すみません」


ジョーは見たことのないスラリとした白猫に声をかけられた。


「この辺でうちの子、小さな白猫を見ませんでしたか? 生まれて三ヵ月くらいの」


白猫はキラキラした首輪をしていた。

人間に飼われている猫だ。

それならジョーが知らない顔なのも納得だった。


かなり落ち着かない様子で、そわそわと周囲を見回している。


「見てないな。いついなくなったんだ?」


迷子なのだろうと察したジョーが、もう少し詳しい情報を尋ねる。


「今日なんですけど、時間はわからなくて。お昼まではいたと思うんです」


今はもう陽が傾きかけている。

それなりに時間が過ぎていると思った方が良さそうだった。


「あんたの家はどこなんだ?」


まず起点となった場所を知らなければならなかった。


「こっちです。ついてきてください」


白猫が小走りで移動を始めたので、ジョーも後に続く。


面倒なことになりそうだなと思ったが、今更引くに引けない。


ジョーは五歳のオスで、明るいオレンジ色の茶白だった。

筋肉質でシュッとしたボクサーのような体つきに、くっきりとした縞模様が映えた。

マールと同じ駐車場で、縄張りをシェアしていたが、マールとはそれほど親しいわけではなかった。


マールの二度目の妊娠の時に、ボディガード代わりを頼まれ、それ以来の付き合いだった。


ほかに親しい猫もいなかったが、かといって性格に問題があるわけではなく、単に生来生真面目でやや社交性に欠けているだけなのだ。


だいたい巻き込まれ型の猫生だったので、今回もまたかという感じだった。


白猫の家の前まで来ると、二匹は立ち止まった。


「ここです。この入口じゃなくて、奥の窓の方から出たんだと思います」


「だが、この辺はもうあんたが探したんだろう?」


「はい。もうずっと探してて。見つからないので少し遠くも見てみようと行った先で、あなたを見かけて声をかけたんです。あ、あの、それですみません。私はミルクと言います。あなたのお名前を聞いてもいいですか?」


「ジョーだ」


「ジョーさん。無理を言ってしまってすみません。でもどうかお願いします。力を貸してください」


「その子の特徴は?」


「まだ三ヵ月ですけど、少し体は小さめの白猫です。私と同じ、この銀色の首輪をつけています」


「その首輪に鈴でもついていれば、見つけやすかったんだがな」


「そうですよね。うちのご主人様は鈴が鳴っていると眠れないみたいで、最初はついていたんですけど、外されてしまったんです」


「人間の都合か……」


夜になると厄介だ。

白猫とはいえ、小さいので見つけにくい。

人間や移動する箱の通行量も増えるので、危険も多い。


「あんたは引き続き、この周辺を探してくれ。もしかしたら戻って来るかもしれない」


「はい。それでジョーさんは?」


「オレだけじゃ手が足りない。ちょっと応援を頼んでくる」


申し訳なさそうに頭を下げるミルクを置いて、ジョーは夕陽を浴びながら駆け出した。



✻ ✻ ✻



ジョーの応援要請を受けて、マールはすぐにグレコに相談。


グレコはミチを使って、町中に子猫捜索の指令を出した。


あっという間に、翼町のほとんどの外猫に情報は広がり、そこかしこで捜索が行われたが、子猫の行方は依然不明のままだった。


ちょうどエリン組の三匹と話し込んでいたチャラも、その話を聞いて一緒に探すのを手伝うことにした。


「また見ない顔だな。今日は新顔をよく見る日だ」


たまたま、ジョーとばったり鉢合わせしたチャラ。


「初めまして、チャラよ。エリンたちと話してたら迷子の噂を聞いたものだから、私も探すのを手伝っているの。でも土地勘がないとなかなか大変よね」


「そうだろうな。なら、一緒に来るか?」


迷子探しが迷子になられちゃ堪らない、と思ったジョーは半分義務感で聞いてみる。


「名前を教えてくれたら」


予想外の返答だった。


「ジョーだ」


だが、面白い。

下手な会話を続けるより、ずっとラクだった。


「まぁ素敵! それじゃ行きましょ、ジョー」


出会って十数秒でこんなことになるのは、ジョーにとって初めてのことだった。

おそるべしチャラのコミュ力。



✻ ✻ ✻



二区画分ほど進んだところがミルクの家だったので、ジョーはもう一度寄ってみることにした。


家の近くに、ミルクの姿はなかった。


この辺りを探しているのかと思って周囲を見渡すが、いない。


「どうしたの、ジョー」


「ああ、この家のミルクという猫の子供なんだ。行方不明になったのは」


「ふぅん」


そう言うとチャラはおもむろに、ミルクの家と隣の家の狭い隙間にすっと入って行ってしまった。


「おい、何してるんだ?」


「いいから、待ってて」


うろたえたジョーの問いに、暗がりから返事だけが戻る。


ジョーがやきもきしながら待つこと数分。

何食わぬ顔でチャラが戻ってきた。


「子猫って、白猫よね? そのミルクって猫に子猫は何匹いるの?」


「あ、いや……それは聞いてない」


そんなことは思いもしなかったジョーは焦った。


「たぶん、もう家に戻ってるわよ。家の中で二匹の子猫と母猫が一緒に寝てたもの」


「えっ!? 本当か?」


「ええ。とても迷子を心配している風には見えなかったわね。幸せそうな感じ」


「そ、そうなのか……?」


何が何やら、ジョーには全くわからなかった。


「たぶん、あなたたちが探しているうちに、家に戻ってきたんじゃないかしら」


「それならそれで見つかったって教えて……あ!」


ジョーは大きな見落としに気が付いた。


「やっぱりね。見つかった時の連絡方法、決めてなかったんでしょ」


「……すまん」


すっかり落ち込んだジョーは頭を下げ、尻尾も垂れてしまった。


「無事だったならいいじゃない。さ、みんなに知らせに行きましょ」


「あ、ああ。そうだな」


チャラに促されるようにして、歩き出すジョー。


歩きながらチャラに励まされて、次第に気分が落ち着いてきたジョー。


そしてチャラは――。


「ウフフフ。なんだか面白そうな町ね。うん、決めた!」


翼町の猫社会に、また新たな仲間が加わった。

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