第11話 裏切りのアリシアの影
南極基地の地下フロア。氷壁をくり抜いた通路は、警告灯の赤が点滅し、重苦しいサイレンの低音が響いていた。
ゼフィルは一歩ごとに影の中へ溶け込むように進む。黒いコートの裾は風のように揺れ、彼の存在は監視カメラの目からすらも滑り落ちていく。
「……システムの反応が遅いな」
小さく呟いた直後、彼の無線にアリシアの声が届いた。
『ゼフィル、こっちは制御盤にアクセス中。あと十秒で防衛網を解除できる』
だが、ゼフィルはその報告に眉一つ動かさなかった。むしろ口角に、冷ややかな笑みが浮かぶ。
「……十秒か。お前にしては妙に正確な数字だな、アリシア」
次の瞬間。司令室の奥で火花が散り、システムの一部が外部から強制的に切り替えられた。
カリナとレオキムの声が重なる。
「……こちらで全てを掌握する。ゼフィル、お前の舞台はここで閉幕だ」
ドローン群が天井から滑るように出現し、暗闇の中で赤い光点を揺らす。
そしてアリシア。
彼女は仲間を装いながら、密かにゼフィルの死角に回り込んでいた。
腰のホルスターからサイレンサー付きの銃を抜き、彼の頭へと狙いを定める。
だが、その指が引き金にかかるより早く。
「アリシア」
低い声が耳元に落ちた瞬間、彼女は息を呑んだ。
振り返った視界の先。ゼフィルはすでにそこに立っていた。銃口を彼女へ突きつけ、冷たい瞳がわずかに光る。
「……お前の忠誠は最初から空虚だった」
アリシアは言葉を失い、わずかに後退る。答えも抗弁もなく、その瞳だけが震えていた。
頭上で、ドローンの群れが赤い光を放ちながら降下してくる。
カリナの冷笑、レオキムの嘲りが響いた。
「ゼフィル、影で生きるお前も――ここまでだ!」
だがゼフィルは微動だにせず。
その姿は赤い灯を飲み込み、基地そのものが彼の支配下にあるかのようだった。
「……終わるのは、裏切り者だけだ」
氷のように冷たい声が、闇夜に突き刺さった。
暗闇でドローンが一斉に赤光を瞬かせる。カリナとレオキムが高笑いする。
「ゼフィル、お前でも二対一は不利だろう!」
しかしゼフィルは一歩も動じない。
その影は、基地全体を覆う赤き警告灯すらも呑み込むように広がっていった。
「……不利か。ならば、影の中で全員、殺すまでだ」
氷底の通路は、息を呑むほどの沈黙に包まれた。
銃声すら、まだ響いていない。




