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【一二三書房Web小説大賞の一時選考突破】 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『仁風、町に吹く3 ― さっちゃん先生 マフィア編』

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1710/1711

第6話 ベランダの夜と未来

トキオーの夜は、眠らない。


遠くで車が流れ、

どこかのビルの灯りが消えずに残り、

空は暗いのに、街だけがずっと起きている。


その夜

洋館のベランダに、ひとつの火が灯った。


カチッ――


小さな音とともに、オレンジの先が揺れる。


「……名古屋じゃ、あんま吸えんかったんだけどね」


久美子が、誰に言うでもなく呟いた。


煙が、夜風にさらわれる。


しばらくして。


ガラス戸が静かに開く。


「……こんな時間に?」


振り返ると、カズヤが立っていた。

風呂上がりらしく、髪が少し濡れている。


「……起きてたんだ」


「なんか……外にいる気がして」


久美子は少し笑って、手すりにもたれた。


「ひとりごとよ。気にせんでいい」


カズヤは隣に立つ。


夜景が、二人の間に広がる。


しばらく、言葉はない。


風が吹いた。


ふわりと、久美子の髪が揺れる。


その一束が、カズヤの頬に触れた。


「……あ」


久美子が手で押さえようとするが、

もう一度、風が吹く。


今度は、ゆっくりと。


彼の肩に、触れる。


距離が、近い。


昼間よりも。

夜景のときよりも。


「……東京、明るいね」


「……はい」


「夜でも、ずっと起きとるみたい」


「……そうですね」


会話は短い。


でも、その間が、やけに長い。


カズヤは、横を見る。


久美子も、同じタイミングでこちらを見る。


視線が、合う。

逸らせない。

いや、逸らしたくない。


数秒。


いや、もっと長く感じる時間。


久美子が、ふっと視線を外した。


「……なんかさ」


煙を吐きながら言う。


「変な感じだね」


「……何がですか」


「今日一日でさ、こんなに人と近くなること、あんまりないでしょ」


「……はい」


少し間。


そして、あの言葉。


「……始まりじゃないかもしれんね」


夜風が、その声を運ぶ。


カズヤは、すぐに答えられなかった。


胸の奥で、何かが引っかかる。


(始まりじゃない……?)


久美子は続ける。


「こういうのってさ、名前つけんほうがいいこともあるんよ」


「……名前?」


「恋とか、友情とか、そういうの」


煙が、また夜に溶ける。


「決めた瞬間に、終わることもあるから」


カズヤは、手すりを強く握った。


冷たい金属の感触。


現実に引き戻される。


(でも)


(終わりでもないなら――)


言葉には出さない。


けれど、その想いだけが、はっきりと残る。


「久美子さんは」


やっと、口を開く。


「これから、どうするんですか」


彼女は少しだけ驚いた顔をして、それから笑った。


「海外、行くつもりなんよ」


「……海外」


「アフリカ。学校作るやつ」


さらっと言う。


でも、その重みは軽くない。


「父にも言ってない」


「……止められるから?」


「うん。でもね」


彼女は、まっすぐ前を見る。


「自分の人生、ちゃんと使いたいんよ」


カズヤは、何も言えなかった。


ただ、その言葉を受け止めるしかなかった。


風が、また吹く。


今度は静かに。


二人の間を、優しく通り抜ける。


「カズヤくんは?」


「……え?」


「これから」


少し笑って、


「部屋から出て、その先」


カズヤは、空を見上げた。


鈍い光の空。


でも、どこか広い。


「……まだ、分かんないです」


正直に言う。


「でも」


少しだけ、間を置いて。


「今日みたいな日が、またあればいいなって思ってます」


久美子は、何も言わなかった。


ただ、小さくうなずいた。


遠くで、窓が閉まる音。


気配。


ベランダの奥、暗がりの中。


アイゼンハワードが、静かに立っていた。


帽子の影に顔を隠し、二人を見ている。


「……ほう」


小さく呟く。


「いちばん厄介な距離じゃな」


夜風が吹く。


煙が消える。


言葉は少ない。


でも、確かにそこにあるもの。


触れそうで、触れない距離。


名前のつかない関係。


それが一番、甘くて。


一番、苦しい。


トキオーの夜は、まだ終わらない。


そして二人もまた、

終わりでも、始まりでもない場所に、立っていた。


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