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【一二三書房Web小説大賞の一時選考突破】 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『仁風、町に吹く3 ― さっちゃん先生 マフィア編』

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第5話 六本木の夜と大人の距離

夕暮れが、トキオーの街をゆっくりと飲み込んでいく。


高層ビルの窓に灯りがともりはじめ、

昼の顔とはまるで別の街が、静かに立ち上がっていた。


二人がやってきたのは、六本木ヒルズの展望フロア。


ガラスの向こうには、無数の光。

車のテールランプが、まるで川のように流れている。


「……すご」


久美子が、ぽつりと呟いた。


「ナゴヤーも都会だけどさ、やっぱ違うね」


カズヤは、言葉が出なかった。


ただ、隣にいる彼女の横顔と、夜景と、

その両方を、ぼんやりと見ていた。


「ねぇ、あっち座ろ」


展望フロアの片隅にあるソファ席。

夜景が真正面に見える場所だった。


二人は並んで腰を下ろす。


……近い。


昼間よりも、距離が。


ほんの数センチの差なのに、

なぜか意識してしまう。


「カズヤくん、静かだね」


「……こういうとこ、初めてで」


「そっか」


久美子はくすっと笑って、足を組み替える。


その動きで、肩が軽く触れた。


ドクン、と心臓が跳ねる。


「……ね」


「はい?」


「ちょっとだけ、いい?」


言うが早いか、


久美子は、ふっと体重を預けるように、

カズヤの肩にもたれた。


「……っ」


カズヤの身体が固まる。


「ごめん、ちょっと疲れた」


「い、いえ……全然……」


声が上ずる。


だが、久美子は気にした様子もなく、夜景を見ている。


その横顔は、昼間よりずっと大人びて見えた。


しばらく、言葉はなかった。


ただ、夜の光と、遠くのざわめきと、

触れている肩のぬくもりだけが、そこにある。


「……今日さ」


久美子が、小さく言った。


「楽しかった」


「……俺もです」


「ほんと?」


「はい」


少し間を置いて、


「……こんなに、誰かと普通に過ごしたの、久しぶりで」


久美子は、少しだけ目を細めた。


「普通って、いいよね」


「……はい」


「でもさ」


彼女は、夜景から目を離さずに続ける。


「普通って、気づいたときには、なくなっとることもあるんよ」


その言葉は、どこか遠くを見ていた。


カズヤは、その横顔を見た。


昼間、喫茶店で見せた“弱さ”。


今、肩にもたれている“距離”。


そして、この夜の静けさ。


全部が重なって、


胸の奥で、何かがはっきりと形になっていく。


(……ああ)


(俺)


(この人のこと——)


そのときだった。


後ろから、聞き慣れた低い声。


「ほう、ええ場所におるのう」


振り向くと、帽子を被ったアイゼンハワードが立っていた。


「……アルおじいちゃん」


「偶然じゃよ、偶然」


どう見ても偶然ではない。


だが、彼は気にせず二人の前に立つ。


「若いの」


カズヤを見て、にやりと笑う。


「夜景っちゅうのはな、人の心をちょいとだけ素直にする」


「……はあ」


「で、素直になったときに、隣に誰がおるかで、人生はだいぶ変わる」


久美子がくすっと笑う。


「なんか、いいこと言っとる風だね」


アイゼンハワードは、帽子のつばを軽く押さえた。


そして、ぽつりと。


「恋ってのはな」


少し間を置く。


「気づいた時には、もう遅いもんだ」


その言葉が、やけに胸に刺さった。


カズヤは、何も言えなかった。


久美子は、ゆっくりと身体を起こす。


「そろそろ行こっか」


「あ……はい」


肩のぬくもりが離れる。


それだけで、少し寂しいと思ってしまう。


展望フロアを出て、夜の街へ。


ネオンがにじむ、六本木の通り。

人の波。笑い声。音楽。


すべてが賑やかなのに、


カズヤの世界は、さっきより静かだった。


「カズヤくん」


「はい?」


「明日、どこ行く?」


少し考えてから、彼は言った。


「……どこでもいいです」


「なんそれ」


「……久美子さんと一緒なら」


一瞬、間。


そして久美子は、ふっと笑った。


「……そっか」


その笑顔を見た瞬間。


カズヤの中で、はっきりと確信に変わった。


(ああ)


(もう、戻れないな)


トキオーの夜風が、二人の間をすり抜ける。


恋は、音もなく。

けれど確かに、始まっていた。

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