表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【一二三書房Web小説大賞の一時選考突破】 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『仁風、町に吹く3 ― さっちゃん先生 マフィア編』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1708/1711

第4話 雨の喫茶店と過去の話

トキオーの空は、さっきまでの夏の陽気が嘘みたいに、急に顔色を変えた。


上野の通りを歩いていた二人の頭上に、ぽつり、と一粒。


そして次の瞬間――


ザァァァァァ……ッ


「うわっ、来た来た来た来た!」

「ちょ、ちょっと待って、傘なんて持ってないよ!」


久美子が笑いながら走り出す。

カズヤも慌てて後を追う。


「あそこ! 喫茶店ある!」


古びた木の看板。ガラス越しに見えるオレンジ色の灯り。


二人はほとんど同時に飛び込んだ。


店内は、昭和の匂いがそのまま残っていた。


コーヒーの苦い香り。

静かに流れる古いジャズ。

壁には色褪せた映画ポスター。


「……はぁ……セーフ」


久美子が髪を軽く払う。

肩にかかった雨粒が、ぽたぽたと床に落ちた。


「びしょ濡れだな……」

「カズヤくんもやん。ほら、ここ」


そう言って、彼の肩をハンカチで拭く。


一瞬。


カズヤの身体が、少しだけ固まる。


「……すみません」

「なにが?」


「こういうの……慣れてなくて」


久美子は、くすっと笑った。


「慣れとらん人のほうが、信用できるわ」


二人は窓際の席に座った。


外では雨が強く降り続いている。

ガラスを叩く音が、妙にやさしい。


「ホットコーヒー二つで」

久美子が先に注文する。


「……ブラックでいい?」

「……はい」


しばらく、沈黙。


でも、その沈黙は、気まずさじゃなかった。


雨音が、間を埋めてくれる。


「ねぇ」


久美子が、ぽつりと口を開いた。


「さっきのサル、覚えとる?」


「……ああ」


「“俺だ”って顔しとったね」


カズヤは少し笑って、目を落とした。


「……笑われると思った」


「笑ったよ」


「……ですよね」


「でもさ」


久美子は、コーヒーをひと口飲んでから言った。


「自分のこと“俺だ”って言える人、嫌いじゃないよ」


カズヤは、言葉を返せなかった。


しばらくして。


久美子は、窓の外を見たまま、静かに話し始めた。


「うちの父ね」


その声は、少しだけ温度が下がっていた。


「離婚したんよ」


カズヤは、黙って聞く。


「まあ、仲良くなかったし、いつかそうなるとは思っとったけどね」


雨音が強くなる。


「でもさ……」


彼女は少し笑った。


「“自由になった”って言われたとき、なんか……ああ、この人、最初から家族いらんかったんやなって思って」


カズヤの手が、カップの上で止まる。


「わたしね」


久美子は続けた。


「わりと“しっかりしてる子”って思われるのよ」


「……そう見えます」


「でしょ?」


少しだけ苦笑する。


「でもね」


彼女は視線をカズヤに戻した。


「強い人って思われるの、ちょっと疲れるんよ」


その言葉は、軽く言ったようでいて、重かった。


カズヤは、何も言わなかった。


いや、言えなかった。


ただ、ちゃんと“聞こう”としていた。


目を逸らさずに。


途中で遮らずに。


久美子は、その様子を見て、少し驚いたように笑った。


「……カズヤくん、ちゃんと聞くね」


「え?」


「普通さ、こういう話すると、みんな“励まそう”とするんよ」


「……ああ……」


「でも、それってちょっと違うんだよね」


彼女はカップを指でなぞる。


「ただ、聞いてくれるだけでいいときもあるの」


カズヤは、小さくうなずいた。


「……俺、ずっと自分のことばっか考えてたから」


「うん」


「人の話、ちゃんと聞くの……久しぶりかもしれない」


久美子は、少しだけ目を細めた。


「ええやん、それ」


雨が、少し弱まってきた。


店の中の空気も、さっきより柔らかい。


「ねぇ」


久美子が立ち上がる。


「雨、もうすぐ止みそう」


「……ですね」


「もう一軒、行く?」


カズヤは少し考えてから、言った。


「……行きたいです」


店を出ると、空はまだ曇っていたが、雨はほとんど止んでいた。


アスファルトが光っている。


その上を、二人並んで歩く。


さっきより、少しだけ距離が近い。




少し離れた場所で、アイゼンハワードが帽子を押さえながら、その様子を見ていた。


「……ほう」


小さく笑う。


「人間っちゅうのは、不思議なもんじゃな」


雨上がりの空を見上げる。


「涙と同じで、降ったあとに、少しだけ澄む」


トキオーの街に、湿った風が吹き抜けた。


そして、二人の間にあった“見えない壁”は、この雨で、少しだけ溶けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ