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【一二三書房Web小説大賞の一時選考突破】 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『仁風、町に吹く3 ― さっちゃん先生 マフィア編』

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第2話 浅草とぎこちない距離

翌朝。


トキオーの空は、昨日とは打って変わって、やけに青かった。

まるで「昨日の湿っぽさは何だったんだ」と言わんばかりの顔である。


リビングには、コーヒーの匂いと、古いラジオの音。


カチ、カチ、カチ……と時計が鳴る。


アイゼンハワードは新聞を広げながら、ちらりと階段を見た。


「……さて、どう出るかの」


時間は、7時58分。


そして


トン、トン。


階段を下りる音。


「おや」


新聞の端がわずかに下がる。


現れたのは、カズヤだった。


シャツはしわが少し残っているが、ちゃんと着替えている。

髪も、無理やり整えた跡がある。


久美子が、ぱっと顔を明るくした。


「あら、来てくれたんやね!」


「……まあ、ちょっとだけ」


「“ちょっとだけ”って言う人に限って、一日いるんよ」


「そんな統計あるんですか」


「今作った」


即答である。


カズヤは思わず小さく笑った。


それを見て、アイゼンハワードは新聞の向こうでニヤリ。


「じゃあ行くか。トキオー観光と洒落込もうじゃないか」


【浅草】


雷門の前は、朝から人、人、人。


外国語が飛び交い、提灯の下では写真大会。


久美子は、完全にテンションが上がっていた。


「うわぁ!これテレビで見たやつだがね!」


「いや、テレビの方がここ撮ってるんですよ」


「細かいこと言わんの!」


ぐいっとカズヤの腕を引く。


挿絵(By みてみん)


「ほら、並んで並んで!」


「え、ちょっと――」


パシャッ。


距離が近い。


思ったより、ずっと。


スマホの画面に映る自分は、少しぎこちなくて――


でも、ほんの少しだけ笑っていた。


「ほら見て、ちゃんと笑っとるよ」


「……たまたまです」


「たまたまで笑えるなら上等だがね」


ずいっと顔を近づけてくる。


近い。とにかく近い。


カズヤは思わず目を逸らした。


仲見世通り。


人混みの中を歩く。


久美子はずんずん進む。


カズヤは、その後ろをついていく。


(……速いな)


そのときだった。


どん、と肩がぶつかる。


観光客の波に押される。


「あっ――」


一瞬、視界から久美子が消えた。


(やば――)


その瞬間。


ぐいっ。


手を掴まれた。


「ほら、離れたら迷子になるでしょ」


当たり前の顔で、久美子が言う。


その手は、温かかった。


カズヤは、一瞬だけ固まる。


「……あ、ありがとうございます」


「なにそれ、他人行儀だなぁ」


手は、まだ離れていない。


カズヤの心臓が、少しうるさくなる。


(なんだこれ……)


団子屋の前。


久美子が串を二本持って振り返る。


「はい、一本どうぞ」


「いいんですか」


「いいの。こういうのは“分ける”のが楽しいんだがね」


一口かじる。


甘い。


普通に美味い。


「……うまいですね」


「でしょ?ほら、もう一口いきなさい」


「いや、さすがにそれは――」


「遠慮すんなって」


ぐいっと差し出される。


同じ串。


一瞬、迷う。


(……いや、これって)


でも、断る理由もない。


そっと、かじる。


久美子がにやっと笑う。


「はい、間接キス成立」


「ちょっ――!?」


カズヤ、完全に赤くなる。


「冗談冗談。顔真っ赤だがね」


「からかわないでくださいよ……」


「いやぁ、反応が素直で面白い」


ケラケラ笑う。


その笑い声が、妙に心地いい。


浅草寺の境内。


煙が立ちのぼる香炉の前。


久美子が手をかざす。


「これ、体にいいんだって」


「頭にもやった方がいいですよ」


「誰がだて」


「いや、その……」


久美子は煙を自分の頭にかけながら笑う。


「こうやってさ」


ふっと真面目な顔になる。


「ちゃんと外に出てきたの、えらいね」


カズヤは、言葉に詰まる。


「……別に、大したことじゃ」


「大したことだがね」


きっぱり言う。


逃げ場がない。


でも、不思議と嫌じゃない。


「最初の一歩が、一番重いんよ」


少しだけ、声がやわらかくなる。


「それ、ちゃんと越えとる」


カズヤは、少しだけ目を伏せた。


胸の奥が、じんわりする。


少し離れたところで。


アイゼンハワードが腕を組んで見ていた。


「……ほう」


帽子のつばを指で上げる。


「こりゃあ、思ったより早いな」


小さく笑う。


「若いってのは、いいもんだ」


その帰り道。


カズヤは、ふと気づく。


さっきまで“外の世界”だった場所が、


少しだけ、“自分のいる場所”に変わっていた。


隣には、相変わらずよく喋る女。


でも


(……悪くないな)


ぽつりと、心の中で思った。


その瞬間、また少しだけ、何かが動いた。

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