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【88万8千PV突破】 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『仁風、町に吹く3 ― さっちゃん先生 マフィア編』

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第1話 来訪者と閉じた部屋

挿絵(By みてみん)


トキオーの空は、どんよりとした鈍色だった。

まるで洗濯物を干す気にもならないような、そんな空である。


湿った風が路地を這い、

ミンミンゼミだけがやけに元気よく鳴いてやがる。


やかましいったらありゃしない。


その日、大エイドーの外れにある古びた洋館の門を、

一人の女がくぐった。


紺色のワンピース。

ほんのり日焼け止めの匂い。

遠路はるばるナゴヤーからやってきた、後藤久美子である。


挿絵(By みてみん)


「うわ……まだこんなに立派だったんだ」


見上げた先には、

時代に取り残されたような洋館。


手入れはされているが、どこか古く、

けれど妙に“人の匂い”が残っている。


ピンポーン。


少し間があって、重たい扉がギイと開いた。


「久美子ちゃんかね。……おお、なんというか、よう来たよう来た」


出てきたのは、白髪をきっちり撫でつけた老紳士。

蝶ネクタイに背筋ピン。


どう見ても普通のじいさんじゃない。

だが、本人はいたって普通の顔をしている。


「お久しぶりです。突然すみません」


「いやいや、“突然”って顔しとらんぞ。来る気満々じゃ」


「バレました?」


「顔に書いてある。“頼る気で来ました”ってな」


久美子はくすっと笑った。


家の中は、これまた古い。

木の床が軋み、ステンドグラスの光が揺れる。


冷房は効いてるのに、どこか“昭和の涼しさ”がある。


「で、どんな困りごとかね?」


アイゼンハワードはチョコレートの箱を開けながら言った。


「父が離婚しまして」


「ほう。あの頑固者が?」


「本人は“自由になった”って言ってますけどね」


「自由ねぇ……歳とってからの自由ほど、扱いに困るもんはないぞ」


「そうなんですか?」


「だいたい、余計なことを始める」


「それ、ちょっと想像つきます」


二人、同時に小さく笑う。


「それで、せっかくなんでトキオーを見て回ろうかなって」


「ふむ、観光か」


アイゼンハワードは一拍おいて、にやりとした。


「ただし、条件がある」


「条件?」


「うちの孫を、外に引っ張り出してくれんか」


「……ああ、例の引きこもりさんですか」


「言い方に棘があるな」


「だって半年でしょ?」


「半年だな」


「重症じゃないですか」


「医者じゃないから知らんが、まあ、重いな」


久美子はため息まじりに笑った。


「なんで私なんです?」


すると、じいさんは肩をすくめた。


「男ってのはな……女に惚れでもせん限り、部屋から出てこんのよ」


「雑ですねぇ理論が」


「だが当たる」


「責任取りませんよ?」


「最初から取らせる気はない」


このじいさん、なかなか食えない。


その頃、二階の奥の部屋。


カズヤは、布団にうつ伏せで転がっていた。


スマホの画面は真っ暗。

通知は、ない。


(……今日も、何もない)


天井を見つめる。


時間が止まっている。


いや、止まっているのは自分の方か。


夜。


家が静まり返った頃。


コツ、コツ、と階段を上る音。


カズヤは、わずかに眉をひそめた。


(……誰だよ)


コン、コン。


「……カズヤくん、起きとる?」


知らない声。


柔らかいが、遠慮がない。


「……起きてます」


久しぶりに、人に声を返した。


それだけで、少し喉が乾く。


ドアの向こうで、彼女は壁にもたれた。


「びっくりしたよねぇ。知らん女がいきなり来て」


沈黙。


「ごめんねぇ。ほんとは静かに過ごしとったのに」


……うるさくはない。


でも、引き返さない声だった。


「でもね、無理やり来たわけじゃないのよ」


カズヤは、少しだけ耳を傾けた。


「おじいちゃんに頼まれたのもあるけど……なんか、会ってみたくなって」


(……なんだそれ)


理由になってない。


でも、妙に引っかかる。


「あしたね、浅草に行くんよ」


間。


「もしよかったら、一緒に行かへん?」


沈黙。


でも今度の沈黙は、“拒絶”じゃなかった。


ベッドが、わずかに軋む。


カズヤは、ゆっくりとドアに近づいた。


そして――


カチャ。


ほんの少しだけ、開けた。


隙間から見えたのは、

知らない女の顔。


でも、不思議と嫌じゃなかった。


「……なんで、そんなに優しくするんですか」


久美子は、あっけらかんと笑った。


「優しくしとるつもり、ないけどね」


「……」


「昔ね、わたしもしんどい時があってさ。助けてもらったんよ」


少しだけ、目が柔らかくなる。


「そのお返しかな」


カズヤは、言葉を探した。


でも出てきたのは、別の言葉だった。


「……僕なんかといて、嫌じゃないですか」


久美子は、即答した。


「損得で動くなら、こんなとこ来とらんわ」


バッサリである。


だが、不思議と刺さらなかった。


むしろ、少し軽くなった。


「朝8時、リビングにおるでね」


彼女は立ち上がる。


「来るも来んも、自由。無理せんでええよ」


足音が遠ざかる。


静寂。


カズヤは、しばらくその場に立っていた。


ドアは、半分開いたまま。


廊下の灯りが、細く差し込んでいる。


「……俺のことなんか、誰も見てなかったのに……」


ぽつりと呟く。


その時だった。


階段の下。


アイゼンハワードが、静かに紅茶を飲みながらつぶやいた。


「人ってのはな、見とる奴は見とるもんだ」


誰に言うでもなく。


ただ、聞こえるか聞こえないかの声で。


二階のドアは、ほんの少しだけ昨日より、開いていた。

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