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【一二三書房Web小説大賞の一時選考突破】 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『仁風、町に吹く3 ― さっちゃん先生 マフィア編』

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第6話 鈴の約束

ミヤザキ・油津、理髪店「なつこ」の夜は、雨音と一緒にやってくる。


さてさて皆さん。

恋ってやつぁ不思議なもんでしてな。

昼間はあんなに賑やかに笑ってた男女が、夜になると急に口数が減る。

で、減った分だけ、胸の音がうるさくなる。

これがまた厄介でして。

ま、聞いてやってくださいよ。




夜の理髪店。

外はしとしとと、南国らしからぬ静かな雨。


古い扇風機が「ぶぅん……ぶぅん……」と回り、

天井の銀の鈴が、わずかに揺れていた。


カラン……♪


「……今夜は、静かですね」


なつこが、白い布を畳みながら言う。


「うむ。昼間の喧騒が嘘のようじゃな」


アルおじさん。アイゼンハワードは、椅子に深く腰掛け、

煙草に火をつけるでもなく、ただ指でくるくると弄んでいた。


「……吸わないんですか?」


「吸うと、考えすぎるのでな」


「吸わなくても考えてる顔ですよ、それ」


「ほう、わかるか」


「ええ。理髪師ですから」


くすり、と笑うなつこ。

その笑いは、昼間より少しだけ静かで、少しだけ遠い。


「……なつこ殿」


「はい?」


「その“鈴の話”だがな」


アルが天井を見上げる。

銀の鈴が、かすかに揺れる。


「最初に鳴らした者と結ばれる……だったか」


「ええ。子どもの頃からの言い伝えです」


「信じておるのか?」


少しの沈黙。


なつこは、窓の外の雨を見ながら、ゆっくり答えた。


「……信じたい、とは思ってます」


「ほう」


「でも――」


その“でも”が、やけに重く落ちる。


なつこは、ふっと笑った。


「もし本当に結ばれるなら……困りますね」


アルの眉が、わずかに動く。


「なぜだ」


なつこは、少しだけ俯いた。


「私……汚れてますから」


おっと来ましたよ、皆さん。

こういう一言がね、男の胸にズシンと来るんです。


軽口叩いてた空気が、急に本音に変わる瞬間。

逃げるか、受け止めるか。

ここが分かれ道ってやつでしてな。


「……汚れている、か」


アルは、ゆっくりと立ち上がる。


靴音が、静かな店内に響く。


「それは、誰が決めた」


「……え?」


「世間か? 過去か? それとも、お前自身か」


なつこは答えない。


ただ、指先が少し震えている。


「人はな」


アルは、すぐ目の前に立つ。


距離が、近い。


近すぎて、互いの息がかすかに触れる。


「生きているだけで、多少は汚れるものだ」


「……」


「綺麗なままの人間など、おらん」


なつこの目が、揺れる。


「じゃあ……」


小さな声。


「……それでも、いいんですか?」


アルは、少しだけ笑った。


「構わん」


即答だった。


沈黙。


外の雨の音だけが、やけに大きく聞こえる。


カラン……


鈴が、また鳴った。


なつこは、そっと一歩近づく。


「……不思議ですね」


「なにがだ」


「こんな距離で、人と話すの」


「理髪師のくせに、何を言う」


「仕事と、これとは違います」


アルの胸に、なつこの手が触れる。


軽く。


本当に、触れるだけ。


「……心臓、早いですね」


「そなたこそ」


「聞こえます?」


「うむ。やかましいくらいだ」


ふたり、同時に小さく笑う。


「……アルさん」


「なんだ」


「もし、この鈴が本当だったら」


なつこは、天井を見上げる。


「私たち、どうなってたんでしょうね」


アルも、同じように鈴を見る。


少しだけ間を置いて――


「……面倒なことになっておっただろうな」


「ふふ、それは間違いないです」


「だが」


アルは、ぽつりと続ける。


「悪くはない」


なつこは、その言葉に少しだけ目を見開く。




いやぁ、なんともまぁ。

若い恋もいいが、こういう“遅れてきた恋”ってのも、味がある。

言葉は少ないが、重みが違う。

それにしても、この鈴。鳴るたびに人の心を揺らすとは、

なかなかの役者でございます。




夜は更けていく。


雨は、まだ止まない。


だが理髪店の中だけは、どこかあたたかい。


触れる距離。

聞こえる心臓。

言葉にしきれない想い。


それでも

誰も、まだ“踏み込まない”。


それが優しさなのか、臆病なのか。


その答えは、まだ少し先の話。


カラン……♪


鈴がもう一度鳴ったとき、

ふたりは同時に顔を上げた。


だが、その意味を、まだ誰も知らない。



つづく

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