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【一二三書房Web小説大賞の一時選考突破】 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『仁風、町に吹く3 ― さっちゃん先生 マフィア編』

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第2話 町案内と焼き魚の匂い

さて、人間ってのは不思議なもんでね。

昨日まで他人だった相手と、気がつきゃ一緒にメシ食って、笑ってる。


ましてや、旅の空の下ともなりゃなおさらだ。


ミヤザキ・油津の朝。

雨は上がっていた。


空はまだ少し重たいが、そのぶん、地面はしっとりしていて、どこか懐かしい匂いがする。


理髪店「なつこ」の前で、アルおじさんは腕を組んでいた。


「……ふむ」


「どうかしましたか?」


店の戸を開けて出てきたのは、なつこ。


今日は白シャツにエプロン。

どこにでもいそうで、でもなぜか目を引く女だ。


「いや、この町の空気を測っておった」


「測れるんですか、空気って」


「魔族をなめるでない。湿度と郷愁の割合くらいは分かる」


「郷愁って割合で出るんですね」


「だいたい三割といったところか」


「そんなにあるんですか」


「なかなか良い町だ」


なつこは、少しだけ嬉しそうに笑った。


「……じゃあ、案内しましょうか」


「案内?」


「せっかく来てくださったんですもの。うちの町、見ていってください」


「ほう、それはありがたい」


「ただし」


「うむ?」


「変なこと言ったら帰しますよ」


「理不尽だな」


「地元の特権です」


「……よかろう、受けて立つ」


こうして、魔界の元貴族と、町の理髪師のちょっと妙な“町歩き”が始まった。


■魚屋「ヨネ」


「いらっしゃい!……って、なんだいその格好は!」


店先にいたのは、威勢のいいおばちゃん。


「私はアル。旅の者だ」


「旅!? いやいや、どう見ても舞台役者だよあんた!」


「似たようなものだ」


「違うと思うけどねぇ!」


笑い声が飛ぶ。


「ヨネさん、今日のおすすめは?」


「サバだね、脂のってるよ。ほら見な!」


ドン、と出された魚。


アルはじっと見る。


「……見事だ」


「分かるかい?」


「うむ。これは良い個体だ。魔界なら王族クラスだな」


「魚に身分つけるな!」


「いくらだ」


「一本三百円!」


「安いな」


「そこは普通に驚いて!」


なつこが横で笑っている。


「ほら、これ持ってきな。焼いてやるよ」


「助かる」


「あとで感想聞かせなよ、その変な例えで!」


「期待しておれ」


■焼き鳥屋「大吾」


煙が立ちのぼる。


ジュウウ……という音。

脂の焼ける匂い。


「おー、なつこさん! 今日はデートかい?」


「違います」


「違わん」


「どっちですか」


「まだ違う」


「“まだ”って言いましたよ今!」


アルは平然としている。


「おっちゃん、何本いく?」


「全部くれ」


「豪快だな! 気に入った!」


「こういうものはな、ちまちま頼むものではない」


「いいねぇ、その生き方!」


焼き鳥を頬張る。


「……うむ」


「どうだい?」


「これは……罪だな」


「罪!?」


「人を堕落させる味だ」


「褒めてるのかそれ!?」


「もちろんだ」


大吾は笑いながら、さらに焼き始める。


なつこは、その横で少し照れたようにしていた。


■喫茶店


カラン、とベルが鳴る。


木の椅子、古い扇風機、コーヒーの匂い。


「いらっしゃい」


マスターが静かに言う。


「この店はなつこ殿の行きつけか?」


「ええ、よく来ます」


「落ち着くな」


「でしょう?」


コーヒーをひと口。


「……苦いな」


「大人の味です」


「わしはもう十分大人だが?」


「じゃあ慣れてください」


「むぅ……」


ふたりの間に、少しだけ静かな時間が流れる。

こういう時間がなあとから効いてくるんだよ。




夕方。

港の空が、ゆっくりと色を変えていく。


オレンジと青が混ざる時間。


「ここです」


なつこが立ち止まる。


波の音。

カモメの声。


そして焼き魚の匂い。


「さっきのサバです」


「うむ」


ふたり、並んで座る。


「熱いので気をつけて」


「任せよ」


パクリ。


「……」


「どうです?」


「……良い」


「それだけですか?」


「いや……」


少し間を置いて、


「生きている味がする」


なつこは、ふっと笑った。


「大げさですね」


「だが、嘘ではない」


ふたり、無言で魚を食べる。


潮風が吹く。


「……ここ、好きなんです」


なつこがぽつりと言う。


「ほう」


「なにも変わらないから」


「変わらぬことは、良いことだ」


「でも」


少しだけ、声が揺れる。


「変わらないと、いけない時もありますよね」


「……あるな」


アルは、それ以上は聞かない。

なつこも、それ以上は言わない。


ただ、同じ景色を見る。


さて恋ってやつはね、だいたいこういうところから始まる。

大事件もなけりゃ、ドラマもない。


ただ、同じものを見て、同じものを食って、同じ風に当たる。


それだけだ。

だけど、それが一番厄介でね。


気がついたときには、もう、引き返せなくなってる。

波の音が、静かに続いていた。



つづく

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