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【一二三書房Web小説大賞の一時選考突破】 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『仁風、町に吹く3 ― さっちゃん先生 マフィア編』

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第7話 (最終回)旅の終わりと別れと冷やしきゅうり

さあさ皆さん、お別れの時間でございます。

夏ってやつはね、来るときゃ長いのに、去るときゃ一瞬。

恋も同じでして……気づいたときには、もう帰りの電車が来てるんですよ。


江ノ電・由比ヶ浜駅の売店脇。


「おっちゃん、一本百円ね。冷えてるよー」


ガラガラと音を立てる氷の桶。

そこに並ぶ、串に刺さった冷やしキュウリ。


「一本くれ。いや、やっぱ二本」


アイゼンハワードは、のんびりと金を払う。


ポリッ。


「んー……沁みるわい」


ひと口かじって、目を細める。


「この夏は、花火と、涙と、冷やしキュウリか……」


年寄りはね、こうやって味で季節を覚えるんですよ。

若い連中は……もっと派手に、心で覚える。


その頃

駅のホーム。


電車の音が、ゆっくりと近づいてくる。


挿絵(By みてみん)


「……ほんとに、行っちゃうんだね」


智子の声。


Tシャツに短パン。

飾り気なんてないのに、やたらと綺麗に見える。


(……なんでだよ)


カズヤは、胸の奥がぐちゃぐちゃになっていた。


「行くよ。トキオーに。仕事もあるし、生活もあるし……何より、挑戦したいから」


声は、ちゃんと出てる。


でも内心は――


(行きたくねぇよバカ)


(ここにいたいに決まってんだろ)


(お前と、まだ……)


そんな言葉が、喉の奥で暴れてる。


「でもさ」


智子が続ける。


「トキオー、怖いの。……私は、ここにまだいたい。

 風の匂いも、朝の海の音も……あんたと歩いたこの場所も、まだ全部、忘れたくない」


その一言で、


カズヤの心は、ぐしゃっと崩れた。


(じゃあ一緒に来いよって言えよ)


(いや違う、言うなよ)


(言ったら全部壊れるだろ)


「……わかってる。無理に連れていこうなんて思ってない」


言葉は、やけに大人だった。


でも――


拳は、震えていた。


電車のドアが開く。


プシューッ……


時間が、終わる音。


沈黙。


(今だろ)


(言えよ)


(逃げんなよ)


「なあ、もう一回だけ、言っていい?」


「……なに」


心臓がうるさい。


息が浅い。


でも言う。


「好きだよ、智子」


言った。

逃げなかった。

当たった。


智子は、答えない。


ただ、じっと見て


そっと、胸に額を押し当てる。


「バカ」


その一言で、


全部、伝わった。


(ああ……ダメなんだな)


(でも……嬉しいな、ちくしょう)


電車のベルが鳴る。


カズヤは振り向かない。


振り向いたら、乗れなくなる。


「……じゃあな」


言えなかった。


だから、黙って乗った。


若いってのは、不器用でいい。

全部言えなくていい。


江ノ電、発車。


ガタン、ゴトン。


窓の外に、智子の姿が小さくなる。


その瞬間――


「……っ……!!」


堰が切れた。


「うわああああああああああああああああああ!!!!!」


車内で、カズヤが泣く。


遠慮も何もない。


全開だ。


挿絵(By みてみん)


「くそっ……なんでだよ……!!」


「好きなのに……!!」


「なんで一緒にいれねぇんだよ……!!」


拳で膝を叩く。


涙が止まらない。


「俺……ちゃんと言ったのに……!!」


「ちゃんと……好きだって……言ったのに……!!」


いいんです、それで。

それが本物の恋ってやつですから。


そこへ


「おい」


隣に、どかっと座る影。


「お、おじさん……!?」


アイゼンハワードだった。


「なんで……俺、もう恋なんてしない……」


「バカ言え」


即答。


「泣いてたろ。腹から泣け。こらえるな」


背中を、ぽんぽんと叩く。


その手は、やけに優しい。


カズヤ、さらに泣く。


「うっ……ひっく……!」


「恋しない、なんてな……

 何千遍も失恋した男女が言う言葉なんだよ」


「ううっ……!」


アルは、少しだけ空を見る。


そして、静かに言った。


「恋ってのはな、傷ついた方が勝ちなんだ」


カズヤの肩が、震える。


「のたうち回って、叫んで、恥ずかしくて死にたくなるくらいのが、

 ほんとの恋だ」


夕日が差し込む。


オレンジ色の光が、涙を照らす。


「お前は勝ったんだよ、カズヤ」


その一言で


カズヤは、さらに泣いた。


声が枯れるまで、泣いた。


そう恋は、叶わなくてもいい。

でも、人生は確実に変わるんです。


電車が駅を離れる頃。


「じゃあな。俺は、ここで降りるからな」


アル叔父は立ち上がる。


「……え?」


「若い恋は、若いもんだけでやれ」


ニヤッと笑って、降りていく。


ホーム。


潮風。


ベンチに腰を下ろし


ポリッ。


最後の冷やしキュウリ。


「まったく……若いってのは、ええのう」


少しだけ、目を細める。


遠くで、電車が走る音。


ポリッ。


その音だけが、静かに残る。



こうして、ひとつの夏が終わりました。


恋は成就しなかった。

でも、ちゃんと“本物”だった。

それで、十分じゃありませんか。


『アイゼンハワードの魔族のおっさんはつらいよⅣ

~花火と涙と、冷やしきゅうり~』


【完】



恋ってやつはな。

終わるからこそ、忘れられねぇんだよ。

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