第4話 山の一日と本音
若い恋ってのはね。
まぶしいんですよ。
なにがって?
全部ですよ。笑った顔も、ケンカした顔も、
どうでもいい一言ひとつで、心が揺れる。
でもね。
そのまぶしさの裏には、だいたい“影”がある。
誰にも言えない事情。
帰れない場所。
それでも笑ってるから余計に、まぶしい。
「なんで山なのよ!!」
朝っぱらから、智子の怒声が山に響く。
セミがジージー鳴いている。
舗装もされてない山道。
湿気、土、虫。
そして――
「だから言ったろ、田舎来たら山だって」
「海で十分だったでしょ!?」
カズヤと智子、すでに汗だく。
その後ろで、
アイゼンハワードは涼しい顔で歩いていた。
「若いのぉ。これくらいで文句言うな」
「おじさんだけ元気なのズルくない!?」
「470歳なめるな」
「なめるわ!!」
◆山道・地獄編
「うわっ虫!!」
「それくらいで騒ぐなよ」
「そっち来た!! ちょっと払って!!」
「自分でやれ!!」
「最低!!」
文句、文句、文句。
でも、歩みは止まらない。
汗が流れる。
息が上がる。
それでも、なんとなく並んで歩いている。
(なんで帰らないんだろ、俺)
(なんで帰らないのよ、あたし)
理由は、たぶん同じ。
◆山頂
ようやく開けた場所。
空が広い。
風が抜ける。
「……ついたぁ……」
智子がその場にへたり込む。
「死ぬかと思った……」
「大げさだな」
「じゃあもう一回登る?」
「それは無理」
二人、同時に笑う。
少しだけ、距離が縮まる。
弁当を広げる。
アルおじさんは、どこからともなく冷やしきゅうりを取り出す。
「ほれ」
「なんで山でキュウリ……」
「うまいぞ」
ポリッ。
――たしかに、うまい。
沈黙。
風の音だけが流れる。
そして、ぽつりと。
「……あんたさ」
智子が口を開いた。
「なんでトキオー帰るの?」
「え?」
「そんなに嫌そうなのに」
カズヤは少し考えて、
肩をすくめた。
「……仕事あるし。生活あるし」
「それ、“理由”じゃなくて“言い訳”でしょ」
「……うるさいな」
言い返そうとして、やめる。
(たしかに、そうかもしれない)
今度は、カズヤが聞く。
「……お前は?」
「なにが」
「なんでここにいるの」
智子は、しばらく黙った。
風が、少しだけ強く吹く。
遠くで鳥が鳴いた。
「……出られないのよ」
ぽつり。
「この町から」
「……は?」
「別に、嫌いじゃないよ。海もあるし、静かだし」
笑っている。
でも、その笑いは少しだけ固い。
「でもさ、家があるでしょ」
「……うん」
「父親、あんまり体強くなくてさ」
「……」
「母親も、働きっぱなしで」
箸をいじる。
視線は、弁当の中。
「だから、あたしがいないと回んないの」
軽く言ってる。
でも、軽くない。
「別にいいの。慣れてるし」
「……」
「東京とかさ、行こうと思えば行けるよ?」
少し笑う。
「でもさ、“行ける”のと“行く”のって違うじゃん」
その言葉が、やけに重く響いた。
カズヤは何も言えなかった。
(なんだよそれ……)
(俺は、ただ逃げたいだけで……)
(こいつは、逃げられないのかよ)
風が吹く。
さっきまでうるさかったセミの声が、
少し遠くに感じる。
「……ごめん」
カズヤがぽつりと言う。
「なにが?」
「いや……なんとなく」
「意味わかんない」
でも、少しだけ優しい顔。
そして――
「……でもさ」
智子が空を見上げる。
「こうやって山登って、文句言って、笑ってるの」
「……うん」
「悪くないなって思った」
カズヤは少しだけ笑った。
「俺も」
一瞬だけ、目が合う。
すぐ逸らす。
でも、その空気は前よりずっと、やわらかかった。
若い恋ってのはね。
まぶしいだけじゃない。
ちゃんと、痛みもある。
でもその痛みごと、好きになっちまうから、厄介なんでございます。
つづく




