表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【一二三書房Web小説大賞の一時選考突破】 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『仁風、町に吹く3 ― さっちゃん先生 マフィア編』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1691/1711

第4話 山の一日と本音

若い恋ってのはね。

まぶしいんですよ。


なにがって?

全部ですよ。笑った顔も、ケンカした顔も、

どうでもいい一言ひとつで、心が揺れる。


でもね。

そのまぶしさの裏には、だいたい“影”がある。


誰にも言えない事情。

帰れない場所。


それでも笑ってるから余計に、まぶしい。





「なんで山なのよ!!」


朝っぱらから、智子の怒声が山に響く。


セミがジージー鳴いている。

舗装もされてない山道。

湿気、土、虫。


そして――


「だから言ったろ、田舎来たら山だって」


「海で十分だったでしょ!?」


カズヤと智子、すでに汗だく。


その後ろで、

アイゼンハワードは涼しい顔で歩いていた。


「若いのぉ。これくらいで文句言うな」


「おじさんだけ元気なのズルくない!?」


「470歳なめるな」


「なめるわ!!」


◆山道・地獄編


「うわっ虫!!」


「それくらいで騒ぐなよ」


「そっち来た!! ちょっと払って!!」


「自分でやれ!!」


「最低!!」


文句、文句、文句。


でも、歩みは止まらない。


汗が流れる。

息が上がる。


それでも、なんとなく並んで歩いている。


(なんで帰らないんだろ、俺)

(なんで帰らないのよ、あたし)


理由は、たぶん同じ。


◆山頂


ようやく開けた場所。


空が広い。

風が抜ける。


「……ついたぁ……」


智子がその場にへたり込む。


「死ぬかと思った……」


「大げさだな」


「じゃあもう一回登る?」


「それは無理」


二人、同時に笑う。


少しだけ、距離が縮まる。


弁当を広げる。


アルおじさんは、どこからともなく冷やしきゅうりを取り出す。


「ほれ」


「なんで山でキュウリ……」


「うまいぞ」


ポリッ。


――たしかに、うまい。


挿絵(By みてみん)


沈黙。


風の音だけが流れる。


そして、ぽつりと。


「……あんたさ」


智子が口を開いた。


「なんでトキオー帰るの?」


「え?」


「そんなに嫌そうなのに」


カズヤは少し考えて、

肩をすくめた。


「……仕事あるし。生活あるし」


「それ、“理由”じゃなくて“言い訳”でしょ」


「……うるさいな」


言い返そうとして、やめる。


(たしかに、そうかもしれない)


今度は、カズヤが聞く。


「……お前は?」


「なにが」


「なんでここにいるの」


智子は、しばらく黙った。


風が、少しだけ強く吹く。


遠くで鳥が鳴いた。


「……出られないのよ」


ぽつり。


「この町から」


「……は?」


「別に、嫌いじゃないよ。海もあるし、静かだし」


笑っている。


でも、その笑いは少しだけ固い。


「でもさ、家があるでしょ」


「……うん」


「父親、あんまり体強くなくてさ」


「……」


「母親も、働きっぱなしで」


箸をいじる。


視線は、弁当の中。


「だから、あたしがいないと回んないの」


軽く言ってる。


でも、軽くない。


「別にいいの。慣れてるし」


「……」


「東京とかさ、行こうと思えば行けるよ?」


少し笑う。


「でもさ、“行ける”のと“行く”のって違うじゃん」


その言葉が、やけに重く響いた。


カズヤは何も言えなかった。


(なんだよそれ……)


(俺は、ただ逃げたいだけで……)


(こいつは、逃げられないのかよ)


風が吹く。


さっきまでうるさかったセミの声が、

少し遠くに感じる。


「……ごめん」


カズヤがぽつりと言う。


「なにが?」


「いや……なんとなく」


「意味わかんない」


でも、少しだけ優しい顔。


そして――


「……でもさ」


智子が空を見上げる。


「こうやって山登って、文句言って、笑ってるの」


「……うん」


「悪くないなって思った」


カズヤは少しだけ笑った。


「俺も」


一瞬だけ、目が合う。


すぐ逸らす。


でも、その空気は前よりずっと、やわらかかった。


若い恋ってのはね。

まぶしいだけじゃない。


ちゃんと、痛みもある。

でもその痛みごと、好きになっちまうから、厄介なんでございます。



つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ