70:『ストレンジャー(Stranger)・2』
滅鬼の刃 エッセーラノベ
70:『ストレンジャー(Stranger)・2』
Strangerというのはよそ者のことで、外国人を意味すると辞書にあります。
良い印象を表す言葉ではありません。Strangerに続くのは、恐れ、虞、懼れ、畏れ、発音すればどれも「オソレ」という言葉でしょう。恐れ=とにかくこわい、虞=悪い予感や予想、懼れ=失敗を恐れる、畏れ=かしこまる。
三四歳のころ、親父が大阪城に連れて行ってくれました。本丸の広場にたどり着いて「用を足してくるから、ここで待ってろ」と言ってわたしをベンチに座らせました。
ミシ
ベンチが軋んだかと思うと、わたしの横に特大の尻が降ってきました、それも二つも。
見上げると、アメリカ人のオバハンが二人でお喋りしています。そのオバハンたちは、三四歳の概念にある人類の女性ではありません。横を向いた私の目には巨大な尻があるばかりで、ご尊顔は、はるか目の上で、ただただビックリです。
目の先数十メートルのところに天守閣が聳え、その天守閣に負けない迫力のデカブツ二つ。ビックリは、直ぐには怖いにはなりません。ただただ茫然、今思えばゲシュタルト崩壊というやつだったんでしょう。
しばらくすると、親父が飛んできて、かっさらうように救助していきました。
突然の人間の侵入に、親猫が子猫を避難させるのに似ていました。
以来、大学に行くまでStrangerと出くわすことはありませんでした。わたしの世代は学校にAETは居ませんでした。現場に立つようになって何人もAETの方には出会いましたが、ほとんど会話することはありません。あの大阪城ベンチ事件がトラウマになっているのか、きっかけやタイミングを半ば無意識に避けてきたのかもしれません。
Mさんという女性の友人が居ました。若いころ芝居をやっていた仲間で、放送局に勤めた後フランスに留学し、向こうの青年と結婚しました。籍を入れるために向こうの役所に行って書類を書くときに、若い亭主が言いました「あ、年上だったんだ!?」。
女性に歳を聞くのは失礼! 歳の差なんて関係ない! なのですが、二人のStrangerの壁はめちゃくちゃ低かったようです。
三年間の担任が終わって無事に卒業させた後、担任仲間で韓国に旅行に行きました。Rさんという日本語ペラペラの女性ガイドさんが付いてくれました。生徒やその保護者には在日の方も多く、いつか、その感覚で楽しく話していました。
地下鉄の出入り口がある交差点で車が停まった時に「Rさん、ソウルは(放置)自転車がないねえ」と感心しました。
当時の日本は、駅周辺などに放置自転車が多く社会問題になっていました。ですので、きれいな交差点に正直驚いたのです。
「北京と違うのよ。韓国人は見栄っ張りだから、自転車じゃなくて車に乗るの!」
斜め上からの答えです。
自転車の頭に「放置」を付ければよかったのですが、窓を閉じたような勢いに言葉が返せませんでした(^^;)。
そのあと、漢江の奇跡などで話が通じ、南大門でRさんは「あれが李舜臣の銅像」と指さしてくれ、わたしもお仲間も「ほぉーー」と声をあげました。まあ、高校の先生なので李舜臣はさすがに知っています。李舜臣は文禄慶長の役(秀吉の朝鮮出兵)で日本の水軍を打ち破った民族的英雄です。
「李舜臣は長いこと忘れられてたんだけど、彼の偉さを発見した人が居るの。誰か知ってる?」と、Rさんは振ってきました。
ガイドとして話題を提供してくれたんですね。みんな李舜臣は知っていても、その発見者までは知りません。
が、わたしは半端に知っていました。
「伊東祐亨」
と答えました。
歴史の中から発見したのは、日清戦争当時の日本海軍の魚雷艇の艇長で、そんな名前だったと記憶していました。彼は、当時世界一と言われた定遠・鎮遠を含む清国、北洋艦隊に挑むにあたって李氏朝鮮の提督に祈ったのです。後、日露戦争では連合艦隊の参謀であった秋山真之も注目しています。司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』で有名なエピソードです。
「ムグ……」
そんな感じでRさんは黙ってしまいました。
あ、マズイと思いましたが、咄嗟にフォローできません。
Rさんのクイズのテーマは「日本にも目の開けた人が居て、その発見を韓国人も嬉しく受け止めた」という話になるはずだったんでしょう。我々が「え、日本人だったの!?」と素直に反応して、日韓友好の雰囲気にしたかったのだと思います。
要らざるフライングをして話の腰を折ってしまったのでしょう。
ちなみに、私の答えは間違っていました。艇長の名前だと思った伊東祐亨は連合艦隊の司令長官です。魚雷艇の艇長は……ムグ、名前が出てきません(;'∀')。
半端な出しゃばりは為になりません。
いやはや、互いにStrangerというのは難しいものです。Stranger、もう少し続きます。
☆彡 主な登場人物
・わたし 大橋むつお
・栞 わたしの孫娘
・武者走 腐れ縁の友人(35回より故人)




