66:『武者のメモ・6・O157(オーイチゴーナナ)』
滅鬼の刃 エッセーラノベ
66:『武者のメモ・6・O157(オーイチゴーナナ)』
近ごろ、栞は新聞を読んでいます。
おそらくは受験対策。二次試験では面接があります。五人の受験者をまとめて面接するのですが、面接官は指導主事、あるいは動員された管理職です。
教員採用試験の面接対策に『新聞』が出ていたようです。新聞の記事や内容から「~~についてどう思いますか?」的な質問があると出ています。
試験直前に新聞を読んでも身に付きません。むろん、記事に対する高邁な感想など求められるわけではありません。読んだことからどのように言葉を紡いでいくか、表現力や常識力を見ているんだと思います。だから、秋に行われる面接のために今から新聞を読んでいるのだと思います。一次試験は通るものだと思って対策しているところなど、いやはや逞しいものです。
しかし、年寄りのようにちゃぶ台にお茶を置いて……ではなく、豚まんをパクつきながら読んでいます。豚まんは大阪で一番メジャーな『551』の豚まんです。うちに引き取って間もないころ、仕事帰りに買って帰って、それ以来豚まんは『551』とインプットされた孫娘です。
『551』はゴーゴーイチと読みます。もし東京と大阪が別の国で、東京が大阪にスパイを潜り込ませて、そのスパイを捕まえたら『551』のパッケージを見せればいいと言われます。ゴーゴーイチと読めなければスパイ確定なんだと、漫才でネタにしていました。
「ゼロイチゴーナナ?」
栞が首をひねります。
覗くと新聞に懐かしい名詞が出ていました。
O157
「アハハ、オーイチゴーナナと読むんだ」
教えてやると、一瞬ムッとする栞です。
近ごろ様子のいい栞ですが、こういうムッとした顔は栞のデフォルトなので懐かしいです。
新聞によりますと、名古屋にある倉庫型のスーパーのお惣菜が原因で食中毒がおこったようです。
当事者の方々はお気の毒なのですが——ああ、懐かしいなあ——と思ってしまいました。
思いながら武者のメモをひっくり返します。でたらめに入っているようで、凡そは年代順になっているので、平成一桁(1990年代)あたりをひっくり返すと出てきました。
——ちゃんと聞いとけよ!——
ちょっといらだった殴り書きです。日付は平成8年6月とあります。
当時、武者は学年の保健担当でした。教師には授業や担任業務の他に分掌の仕事があります。生活指導部とか教務部とか。その中に保健部があって、武者は二年の保健担当でした。わたしも、同じ時期に保健部にいましたので「ああ、グチっていたなあ」と思い出しました。
なにをグチっていたかというと、文化祭の取り組みです。文化祭は9月の最終土日に行われるのですが、準備は6月ごろから始まります。
文化祭の主担は生徒会顧問。職員会議で生徒会顧問団からその年の文化祭のマスタープランが示されます。一学年当たりの出し物や模擬店の数、準備や取り組みについての諸注意などが出され、通年のそれより変更のあるものは審議に掛けられたり、事前に注意されたりします。
その中に、管理職(校長)から「O157に注意するように」という指示がありました。前年からO157による食中毒が頻発していて問題になっていました。連日のようにニュースにもなっていましたので食品を扱う模擬店は警戒されます。じっさい、毎日のように縁日や文化祭での食中毒が新聞やテレビに出ていました。
「できたら、調理を伴う模擬店は禁止にでけへんやろか」というのが管理職の本音です。食中毒に限りませんが、学校は事故や事件が起こると問題解決まで大変な時間と労力がかかるのはもちろんのこと、学校の内外から不信の目を向けられ、マスコミに叩かれたり、翌年度の受験生が減ったりします。
あのころ、縁日の屋台やキャンプなどでO157が多発していて、保健所が多忙を極めていました。ガサツに見えて気の回る武者は、すぐに保健所に行って指導を受けてきました。会議に出す資料も保健所のそれをコピーして使います。学校の保健部の注意書きよりも保健所の記名の方が効き目があります。
生ものは扱わない、調理担当者は事前に検便、調理場には担当者以外立ち入り禁止、加熱は提供の直前に行う等など。
他にいろいろありますが、かなりハードルを上げ、ほとんど食品を扱う模擬店は禁止という内容でした。
生徒たちが嫌がるのは検便です。昔のように実物を採取することはないのですが、それでも感覚的にはエンガチョものなんですねえ。
それで、大丈夫だと武者は踏んだのですが、ふたを開けてみると、各学年制限いっぱいの模擬店。学年主任のクラスではわらび餅をやっていました。
「え、武者のおじさんて、嫌われてたの?」
栞に話すと、声を潜めて聞いてきます。
「いや、聞いてないんだ」
「え?」
「職会って、いろいろ難しい話するだろ……保健部の連絡なんて、新聞のトピックス記事みたいなもんだ」
「ああ……プ( ´艸`)」
納得した後噴き出す栞です。
「なんだ?」
「ううん、なんでも」
昼飯を作るのが面倒だったので、残っていた豚まんを食べました。
半分食べたところで箱を見ると、賞味期限を10時間過ぎておりました……。
☆彡 主な登場人物
・わたし 大橋むつお
・栞 わたしの孫娘
・武者走 腐れ縁の友人(35回より故人)




