64:『武者のメモ・4・女先生のインターナショナル』
滅鬼の刃 エッセーラノベ
64:『武者のメモ・4・女先生のインターナショナル』
インターナショナルという歌をご存じでしょうか。
世界共通の革命歌で、旧ソ連では1944年まで国歌でした。歌詞は国によってまちまちですがメロディーは共通です。
日本語では複数の訳詞がありますが、一般的に以下の通りです。
——起て 飢えたる者よ いまぞ日は近し 醒めよ わが同胞 暁は来ぬ 暴虐の鎖絶つ日 旗は血に燃えて 海を隔てつ 我ら 腕結びゆく いざ戦わん いざ 奮い立て いざ ああ インターナショナル 我らがものぉ いざ戦わん いざ 奮い立て いざ おお インターナショナル 我らがものぉ——
思い出したら、スラスラ出てきました(^^;)。
左翼というのは代々木(共産党)から反代々木まで、細かく見れば数十の流派があり、近親憎悪的に反目しあっていたりですが、このインターナショナルでは文字通り——腕結んで——いるように思えます。
古希以上の方ならご記憶にあると思うのですが、1969年(昭和44年)東大の安田講堂に全共闘や新左翼の学生が立て籠もり、機動隊と激闘の末に落城した「東大安田講堂攻防戦」がありました。
当時高校一年だったわたしは武者と一緒にテレビを観ていました。後のあさま山荘事件ほどではありませんが、ほぼ全局で中継していたように思います。
「アメリカやったら州兵とか出てきて撃ちまくっとおるで!」
ポテチだったか煎餅だったか齧りながら武者は息巻いておりました。
学生は火炎びんやら石やら投げまくり、機動隊は装甲車と放水車で応戦、機動隊の車両が燃え上がり、包囲の機動隊員も火に包まれたり。アメリカなら州兵が発砲、中国なら人民解放軍が出て戦車でひき殺しています。当然、双方に夥しい死者と負傷者が出ます。
数時間で屋上に追い詰められた学生たち。いよいよ機動隊が突入してクライマックス!
観念した学生たちは、肩を組んで歌を唄いました。
その歌がインターナショナルでした。
テレビ中継で聞こえるはずもなく、たぶん、機動隊を指揮していた佐々 淳行さんの弁だったと思うのですが、このインターナショナルを合唱し終えるまで突撃を待ちました。
これを見て、知って、16歳の高校一年生は錯覚しました。
なんというか、カッコいい! で、それから数年間は『なんとなく左翼』の二人でした。
インターナショナルの訳詞者は佐々木 孝丸という戦前からの新劇俳優演出家の方で、時々映画やテレビで見かけて馴染んでいました。素の佐々木氏を初めて見たのは『徹子の部屋』でした。黒柳さんがインターの歌詞に触れられて「え、この人がインターの作詞者!?」とビックリしました。
徹子の部屋もなかなかで、のちには安田講堂に続いてあさま山荘攻防戦の指揮を執った、前述の佐々淳行氏もゲストに呼んでおられました。
あさま山荘攻防戦は二月の山中でしたので、機動隊のみなさんの弁当はカチンコチンに凍って、食えたものじゃありません。そこで、当時発売されて間もないカップヌードルで助かったと佐々隊長は述懐されて黒柳さんが感心しておられました。
この時の連合赤軍は猟銃で武装し、戦闘能力は安田講堂の比ではありません。たしか機動隊などに三名の死者が出たと記憶していますが、犯人側の死者はゼロでした。欧米なら、全員撃ち殺されています。じっさい、ミュンヘンオリンピックやアルゼンチン日本大使館占拠のゲリラたちは射殺されました。
後に大阪の銀行に銃を持ったオッサンが立て籠もり、行員を人質にしたあげく三人を殺し、警察の判断で犯人を射殺したことがありました。ライフル射撃の隊員が上からの命令で射殺しましたが、隊員の個人名は伏せられています。この事件の前に起こったシージャック事件でも犯人が射殺されましたが、マスコミが警官の個人名をすっぱ抜き、後に、この警察官への個人攻撃が激しくなって辞職に追い込まれたことがあったからです。むろん、シージャック犯射殺も上からの決定と命令があったからなのですが。
あ……話がそれてしまいました。
武者は先輩の女先生がインターを完璧に歌えることに感動しました。
女先生はわたしたちよりも二回り近く年上なのですが、左翼の活動家というわけではありません。
ぼくらのインターは一番だけなのですが、女先生は三番までご存じでした。
「え、なんで、三番まで知ってはるんですかあ?」
「若いころ、駅から家まで帰り道、人気が無くって。よくあるでしょ『痴漢に注意』とか『ひったくりに注意』とか」
「ああ、いまでもありますねえ……」
女先生は声を潜めておっしゃいました。
「インター歌ってるとね、そういうの寄ってこないのよ」
「え、そうなんですか!?」
虫よけには軍歌も有効らしいのですが、女先生の経験ではインターの方が断然効果的だったようです。
武者と二人で考えました。
女先生の青春時代は戦後まもなくの昭和二十年代。
「あのころは、組合とか労働運動が激しかったやんけ」
「ああ、二十年代の労働争議は江戸時代の百姓一揆の数上回るからなあ」
「インター歌ってると『同志』いうことで、万一の時は通行人やら近所にも同志がうじゃうじゃ居って、助けてくれるとか?」
「それは、あるかもしれんなあ」
あくる日、武者が正解を聞いてみると違いました。
書きように困るのですが、正解を聞いた武者は国会で首相や政府に質問に立つ野党の女性議員を思いうかべて納得したようです。
☆彡 主な登場人物
・わたし 大橋むつお
・栞 わたしの孫娘
・武者走 腐れ縁の友人(35回より故人)




