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滅鬼の刃  作者: 大橋むつお
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63:『武者のメモ・3・Yさんのボヤキ』

滅鬼の刃 エッセーラノベ    


63:『武者のメモ・3・Yさんのボヤキ』 





 武者のメモに、こんなのがありました。



 Yさんのボヤキ。


 

 Yさんというのは、わたしも顔見知りの学食の経営者、いわゆる食堂のおっちゃんです。


 学食は請負が普通です。民間の業者が入札で決まる……というのがタテマエですが、学食というのは儲かりません。だから、学校がツテを頼んでやってもらうということが多いように思います。ネットで見ると、役所や自衛隊の駐屯地でも請負なんだと出ていました。


 以下、学食について武者の備忘録、メモなのですが、そのままでは訳が分かりませんので、エッセー風に書き起こします。



☆・挨拶が返ってこない。


 放課後、武者がお茶を買おうと学食に向かうと、ベンチで休憩していたYさんが手を振っています。ベンチは学食とテニスコートの間にあります。


『武者せんせぇ』


「休憩ですかぁ」


 お茶を買うと、武者はYさんの横に腰かけます。テニスコートは二面あって、手前が男子テニス、向こうを女子テニスが部活の真っ最中です。


 カポーーン コロコロコロ……


 受けそこなったテニスボールが転がってきます。


「ほれ」


 ボールを捕ると、球拾いの一年生に投げてやります。


「ありがとう、おっちゃん(^^;)」


 一年坊主はお礼を言ってボールを受け取ります。


「生徒は、ちゃんと挨拶しよりまんねんけどねえ……」


 そう言ってYさんは、奥のコートに目をやります。


 女子のコートでは、生徒に混じって新任の二人の先生がラケットを振っています。


 二人とも女性です。


「かいらしい先生やけど、挨拶しても返ってきまへん」


 Yさんは、根っからの河内のオッサンで、若者が好きです。なり手の少ない学食を引き受けているのも、この——若者好き——があるからでしょう。


 この年は、8人の移動がありました、新任4人のうち3人が女性だったのですが、三人ともYさんが声をかけても無視なのだそうです。

 

「ああ、そうでんなあ……」


 ゆるく応えながら武者も思いました。


「先生には、どないですのん?」


「ああ、似たようなもんでんなあ、せやけど声はかけますよ」


 武者もわたしも、挨拶が基本だと思ってやってきました。同僚に対しても生徒に対しても顔を知っていたら必ず声をかけます。声を掛け合う仲でないと、いざという時、話を通じさせるのに余計な時間と手間がかかります。


 組織というのは一種の機械で挨拶とか無駄話という潤滑油が巡っていないと、すぐに軋むものです。


 武者と、そういう話をしたことがあるのですが、武者は「なんで?」と不思議な顔をしました。


「だって、そうだろ、担任持ったら最初に話すだろ『挨拶はしろ』って」


「ああ……」


 聞くと、武者は取り立てて、そういう話はしないようなのです。


「それて——生きてんねんやったら息しろ——言うみたいで恥ずかしい」


「ああ……」


 何度か武者の職場に行ったことがありますが、武者と出くわす生徒のほとんどが挨拶していきます。


 これから下校という者は「さいなら」とか「うっす」とか声に出すやつ、コクンと無言で頭を下げるやつ、「バイバイ」と気やすいやつ、「ウフフ( ´艸`)」だけの女子。まちまちですが、たいてい何か返ってきます。


「挨拶て九分九厘身内とか近所でやろ。それは、それぞれのやり方、大人がしてんのん見て覚えるんや。それでええと思う」


 なるほど……武者は、隣近所の感覚で生徒たちに接しているのだなあと思いました。



 しばらくすると、女先生たちが飲み物を買いに来ました。



 自販機は三台並んでいるのですが、手前の自販機には目当てのがないようで、コインを持つ手がさ迷っています。


「○○のお茶やったら、こっちですよ(⌒∇⌒)」


 Yさんがよそ行きの笑顔で教えてあげます。


「え、あ、ども……」


 ぎこちない笑顔で、一人は○○のお茶、もう一人は手前の自販機でモジモジして適当に買っていきました。


「あんまり人馴れしてはらへんのんですなあ……」


 採用試験の二次には面接があって、受験者のコミュ力も見るのですが、試験官は動員された管理職か指導主事。マニュアルの受け答えでこなせます。学生時代にバイト経験のある人もいますが、こちらもマニュアルにすぎません。


 就職して、剥き出しのオッサン的同僚、食堂のおっちゃん、街のニイチャンネエチャンみたいな生徒相手にはマニュアルが通じません。


 まあ、たいがい思い込みなんですが、慣れないことはなかなかできるものではありません。


 担任室(職員室とは別ものです)に戻って、この道三十三年という女先生にさっきのことを話しました。


 女先生はインターナショナルをロシア語で歌えるという女傑で、同僚からも生徒からも一目置かれている人です。


「アハハ、わたしも、そうやったわよ」


 と、一笑に付されました。


 どうも意を尽くせませんが、次回、この女先生のことから触れ直したいと思います。


 


 ☆彡 主な登場人物


・わたし        大橋むつお

・栞          わたしの孫娘 

・武者走       腐れ縁の友人(35回より故人)


  

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