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誰かが悪いのか、誰も悪くないのか⑦

 ライゼルはグラスを何も手にしておらず、ソファのひじ掛けに腕を預けて会場をぼんやりと眺めている。彼は何も飲まなくていいのだろうか、とそれを横目にちびちびとグラスを傾けていたレティシアだったが、そろそろ飲み終わろうかという時、その理由に気付いた。

 彼がグラスを持っていないのは片腕をレティシアのエスコートに使っていたからだ。クラトだったら、給仕に声をかけて二人分をここまで運ばせる。


 一方ライゼルは、レティシアへの配慮は申し分ないが、どこか貴族的なスマートさには欠けていた。エスコートの手際を見るに、要領が悪いというよりは自分のことを二の次にしがちなのかもしれない。それに、自分でできることを使用人に任せようとしない。それが不快なわけではなかったが、なんだかそわそわと落ち着かない。


 レティシアは、ライゼルも飲み物を取って来てはどうかと声をかけようかと逡巡した。今更だろうか?レティシアのグラスもなくなりかけているので、二杯目を取りに行くという口実はどうだろう。しかし、レティシアはそこまでお酒に強くない。


「……何かありましたか?」


 先に彼の方から話しかけられ、レティシアは声をかけるタイミングを完全に逃した。


「え?何か、というのは?」

「少し前から、どことなく貴女のご様子もいつもと違うように感じるので」


 話しかけるタイミングを窺っていたのが伝わってしまったのだろうか、と考えていたレティシアは「少し前から」の言葉に凍り付いた。これは今日だけの話ではないのだろう。グラスを持つ手がかすかに震える。


「父から……聴いてはいらっしゃらない?」


 レティシアの強張った声に、ライゼルは少し驚いたような顔で視線を寄越した。


「ディラム伯もご存じの話なのですか?実は、明後日にも話があるとかで伯が(うち)にいらっしゃることになっています」


 ライゼルの態度で、レティシアは彼が何も知らないことを知る。婚約解消を言い出さないわけである。父はどうして黙っているのだろう……これでは、ライゼルを騙しているようなものだ。

 もしかして、父はレティシアがライゼルに事情説明することを望んでいるのだろうか?まさか、そんなはず……。


「妙だな……アルラント子爵が来ている」


 ライゼルが呟いた声に、レティシアははっと顔を上げた。ライゼルの視線を辿ると、そこには彼の言葉通り、濡羽色の髪をもつ美貌の青年の姿があった。遠目からでも見間違いようがない。

 どうしてここに?クラトは今夜、招待されていないはずだ。ライゼルの言葉からして、彼もクラトがこの場にいることに首を傾げている。

 しかしその疑問を払拭するかのように、彼は主催と和やかに歓談しており、招かれざる客とは到底思えなかった。


 そんなことより問題は、クラトにレティシアの存在を知られてしまうことだろう。

 幸いまだクラトはこちらに気付いていない様子だ。


 ――彼に見つからないように、この場を辞さなければ。


「あの、ライゼル様……わたくし、気分がすぐれないみたいで……」


 実際、レティシアの顔からは血の気が引いて青褪めていた。ライゼルは速やかに席を立ち、レティシアに手を差し伸べた。


「気が付かなくて申し訳ない。すぐに休憩室を借りましょう。歩けますか?」

「いいえ、その……」


 彼の紳士的な申し出を前にレティシアが咄嗟に考えたのは、万が一、ライゼルに頼っている場面をクラトに見られたら気まずいということだった。


「一人で大丈夫です。ライゼル様の社交のお邪魔をするわけにはいきませんもの」


 ライゼルに対する申し訳なさも相まって視線を合わせられないレティシアを見て、彼は何を思っただろう。


「でしたら、ディラム伯をここにお連れします。体調も良くないのにお一人で動き回るのは良くない。しばらくお待ちいただけますか?」


 それなら、大丈夫かもしれない。少なくとも父はクラトと自分の関係を知っている。レティシアは頷いた。


 去り際、ライゼルは給仕の一人にレティシアのことを何か伝えてから姿を消した。おそらく、レティシアの様子を気にしてもらうよう頼んだのだろう。


 クラトなら、給仕に人を探しに行かせて、自分はレティシアの傍に寄り添おうとしただろう。

 だが、ライゼルが婚約者の立場にも関わらずそうしなかったのは、彼の性分もあるだろうが、それ以前に……。


(最低……あなた最低よ、レティシア……)


 レティシアがライゼルと二人きりになりたくないと考えていることを、きっと彼に見透かされた。そうでなければ彼がここに残らないのはあまりに不自然だ。

 さすがに理由までは見当がついていないかもしれないが、それも時間の問題だろう。父は二日後に話すつもりのようだから。


 レティシアの不貞行為を知ったら、彼はどうするだろうか。

 婚約解消は間違いないにしても、罵倒されたり、社交界にレティシアの身持ちの悪さを吹聴して回ったりされるのだろうか。


 ……不思議と、彼のそうした姿は思い浮かばなかった。



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