ヤンデレは手段を択ばない
不意に目が覚めた。
「――?」
直前まで見ていた夢は覚醒と共に曖昧になり、代わりに現実のひたひたとした静けさが俺に違和感を伝えてくる。
今は――視線を巡らせた先で、時刻がまだ日が昇るよりも早い時間だと知る。俺は枕元のベルを鳴らし、素早く起き上がると枕元のランプに明かりを灯し、自ら軽く身支度を整えた。
そのまま、しばらく待つ。
――キースが来ない。
違和感は決定的なものになった。
俺は直接、隣室の扉をノックする。そこは貴族の身の周りを世話する侍従のために誂えられた部屋で、当然キースに使わせている。しかし、返事はない。
「キース!」
俺が部屋に乗り込むと、簡易ベッドに横たわる侍従の姿が目に入る。キースは、俺の呼びかけに体を震わせた。
「ら……いぜ……さま」
「……!」
駆け寄ってランプをかざし、顔を覗き込む。薄目を開けてはいるが、意識がもうろうとしている様子だった。血は吐いていない。脈は遅めだが、しっかりととれる。
キースは俺が寝付く前に一度就寝の挨拶に来た。そのときは、特に変わったことはなかったはずだ。
「眠前に何か口に入れたか?」
「はーぶてぃ、を……あの、じじょ……」
「……!レティシア嬢についてきたディラム家の侍女か?」
キースが頷く。
視線を巡らせると、サイドテーブルにティーセットが置かれていた。
――コックはわかった時点でどうにか辞めさせたんだが。
俺は思わず天井を仰ぐ。まずい、たぶん完全に後手に回った。
「お前はおそらく薬を盛られたんだ。わかるか?」
「もうし……わけ……」
「いい、責めてるんじゃない。起き上がれるか?気休めかもしれないが、なるべく水を飲んだ方が良い」
俺はキースを抱き起し、壁に身を預けさせる。キースはハーブティーと言っていたし、俺は寝る前にキースが用意してくれた水を飲んだがこの通り無事なので、自分の部屋から水差しを持ってきた。
キースが盛られたのは睡眠薬の類だろう。睡眠薬の多くは苦みがあるので、カモフラージュのためにハーブティーを使ったのだ。念のため水差しから一口含み、無味無臭を確認してから水を注いだコップをキースにしっかりと持たせる。
「俺はレティシア嬢の無事を確認してくる。急に立ち上がるとふらつくから、お前はしばらくじっとしてろ」
「もうしわけ、ありませ……」
「大丈夫だから、自分を責めるな。無理もするな。いいな?」
意識を必死で保ち、ひたすら頭を下げようとするキースの肩を押しとどめ、俺は部屋を出た。
早速、廊下向かいの部屋の扉をノックする。俺の部屋同様、レティシアの部屋も廊下に面する続き部屋に侍女が控えているが、キースに薬を盛ったのがこの侍女なら間違いなく返事などするはずないだろう。
俺は扉から一歩下がると、大きく息を吐き、溜めを作っておもむろにノブを蹴破った。
未明に響き渡った突然の騒音に、宿の人々が目を覚ます気配がする。俺はそれに構わずレティシアの部屋に入る。侍女はやはり、いない。
俺は無人の続き部屋を通り過ぎ、レティシアの部屋をノックし、返事がないので開けた。
中は……もぬけの殻だった。
開きっぱなしの窓から吹き込む風がカーテンを頼りなげに揺らしている。
「あー……もー……!あのヤンデレ……!」
盛大にため息を吐き、頭を掻きむしり、そして耐えきれず叫んだ俺を誰が批難できよう。安眠妨害?知ったことか!
――だから、誘拐は犯罪だっつってんだろうが!




