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婚約者の荒療治④

「だって、公平(フェア)じゃないだろう」


 レティシアは小首を傾げる。


「どういう意味ですか?」

「結婚するまで貞節を求められるのは女性ばかりだ。今回も、婚約解消すれば俺より貴女の方が風当たりはきついだろう。

 だが、想い合っている相手とその先の関係を望むのはそんなに悪いことなのか?気持ちのない相手に、家のためだと言って嫌々嫁ぐのは、本当に褒められたことなのか?」


 人の感情なんて自分でもままならないものなのに。それを無理に押さえ付けて捻じ曲げれば、歪みが出るのは必然だ。

 異世界では、自分の伴侶は自分と相手の意思次第で決まる自由恋愛が一般的だった。避妊の手段が確立しているためか婚前交渉も当たり前に行われ、女性の価値が純潔の有無ではかられることもこともない。政略結婚などもちろんない。


「カークランド領は争いごとも絶えない辺境だ。きっと俺の妻となる女性は、自分の意思とは関係なく家の都合で嫁がされることになるだろうと思っていた。それが誰であってもその女性の気持ちを尊重したいし、辺境で生きる覚悟を決めてくれるのなら俺はその(ひと)だけを大切にするつもりでいた。だから俺なりに、貴女にそうしているつもりだ」

「……それほどの覚悟でわたくしを迎えようとしてくださっていたの……?」


 俺の言葉を聞くうち、レティシアはだんだんと頬を赤らめていき、言葉をなくして俯いてしまった。いや……ちょっと、そんなふうに照れられると俺までいたたまれない。

 しかし、やがて彼女はじわじわと現実に引き戻されるかのように、自嘲気味な笑みを浮かべた。


「それなのに、わたくしは……。さぞ、幻滅なさったでしょうね」


 それに対して、俺は否定の言葉を持たない。何度も失望させられたのは事実だった。


「……それでも、俺は貴女が望まない限りは、貴女との婚約を解消する気はない」


 俺の考えはレティシアには理解されないだろう、と思った。それどころか、この国の誰にも理解されないかもしれない。異世界の自由恋愛の気風に影響を受けた俺は、この考え方が決して間違ってはいないと信じているが、この世界には馴染まないことも理解しているつもりだ。

 レティシアとクラトの関係は、この国の誰からも不貞行為だと責められて当然のことだ。俺もそこは否定しようがない。ただ、俺個人は彼女の行動をいわゆる「浮気」とは言い切れないのだった。

 レティシアは俺と出会う前から身も心もクラトの恋人でいるのだ。その気持ちと関係を貫いた方が、よほど誠実といえる。その場合、俺との婚約も解消するのが筋というものだろう。

 問題は、クラトからそこはかとなく犯罪臭がすることである。そこはかとなくってか、やったことは犯罪者そのものだ。物事を深く考えないレティシアにとって、夜に家に忍び込まれて純潔を奪われた出来事は好きな男が相手ならセーフのようだが、クラトがしたことは不法侵入と強姦じゃないのか?ディラム伯の話から察するに、クラトは目的を達するため、伯爵家の人間に睡眠薬のようなものも盛った様子だった。下手をすれば、それは毒だったかもしれない。ディラム伯がコックを解雇せざるを得なかったのも当然のことだろう。


 自分や家族のことを平気で危険にさらし、欲望を押し付けてくる相手を恋慕える女性は、いったい何を大切にして生きているのだろうか。


「分からないわ……。そもそも、ライゼル様は……わたくしのことをどう思っていらっしゃるの?」


 俺はレティシアの考えこそわからなくて悶々としていたが、彼女からのその質問を少し意外に思った。レティシアが、俺にどう思われているか気にするようになるのはもっと先のことだと――いや、そんな日はこないとすら思っていた。


 ディラム伯には「好ましく思っている」と答えたが、レティシアは信じないだろうな。俺だってたまにどうしてこの女性に惚れてしまったのかと疑問に思うことがあるくらいなのに。……我ながら失礼だな。

 それに、レティシアにはまだ好意を伝える段階ではないように思えた。今の彼女に俺の気持ちを受け入れられるだけの精神的余裕があるとは思えない。彼女はまず、クラトに向き合うべきなのだ。すべてはそれからだった。


 だからと言って、誤魔化したり嘘をつくこともしたくはない。

 俺がレティシアの瞳を真っ直ぐに見つめると、彼女は落ち着かなげに瞬きを繰り返す。面と向かって相手のことをどう考えているのか伝えるのは、ちょっと緊張する。


「できれば貴女のことを知りたいし、好きになりたいと思っている。人として……女性として」


 すると、言葉の上では愛の告白をしたわけでもないのに、レティシアは何故かこれまで以上に真っ赤になってしまった。

 これだよ……本命でもない相手にこういう反応をするからさあ……。


 だから俺は、引き際を見失ってしまうのかもしれない。


 本当は、わかっている。俺がレティシアとクラトの事情に深入りしすぎていることは。

 ディラム伯に感銘を受けて支援することだけが目的なら、レティシアとの婚約を解消しても支度金の返還は求めないことにすれば、ディラム伯領へは最低限の資金援助ができる。堤防の建設は手伝えないことになるが、多少効率は悪いものの技術提供の手段はいくつかあった。

 他の男と関係を持っている婚約者と形ばかりの契約を続ける義理など、本当はない。この婚約がもたらすであろう様々な面倒ごとを想像するに、俺がこの婚約を速やかに解消した方がいいことは明白だった。そして次の婚約者になる、レティシアではない別の女性を大切にすべきだ。


 ――あの子はクラト君には幸せにしてもらえないだろうさ。


 ……わかっては、いる。



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― 新着の感想 ―
[一言] 子供の血縁を明らかにするために、女性側が貞節を求められるのは当たり前、恋愛云々や感情の話では無い。 浮気や不倫の相手と、夫の髪色や瞳の色等の風貌が似ていたらアウトなので、寧ろ主人公がおかしい…
[良い点] 毎回楽しみにしています。 揺れる心の描写がいいですね。
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