婚約者の荒療治②
食事は、俺の部屋にレティシアを招いて取ることになった。普段この辺りで利用する機会の多い貴族向けのレストランにも個室はあったが、クラトたちに鉢合わせないとも限らない。それに、前菜からデザートまでを予め運んでおいて貰える方が、ゆっくり話すのには向いているだろう。
例によって扉は半開きにしており、続きの間にはキースが控えている。
とりあえず俺たちは前菜を口に運びつつ、タイミングを伺い合った。
「それで、あの……わたくしは何からお話しすれば良いかしら」
「あー……」
何にせよ、訊きづらいし話しづらい内容である。……なんか、一歩間違えればセクハラになりそうな気配もするしな。
「そうだな……まず、貴女はクラトとどうなりたいか、とか、考えているのか?」
「っ――」
レティシアは弾かれたように顔を上げたが、すぐに俯いて自らを落ち着けるように浅い呼吸を繰り返した。
まずは彼女の意思確認から、と考えての質問だったが、どうやら初手から地雷を踏んでしまったようである。
そういえば、クラトのことが好きか尋ねた時は「わからない」と言っていたよな。あの時と反応が違うのは……イサラ王女に会った後だからか?それとも、クラトのあの態度のせいか?馬車の中でも沈んだ様子だった。彼女はまさか傷付いているのだろうか。
今日はレティシアが未知の生命体に思えるくらい考えがまるで読めなかったが、人間的な情緒に当てはめればありうる話だ。……いや、ちょっと今のは言い過ぎたけども。だがまあ、だとしたら何も今を選んで問い質すべきことではなかったかもしれない。
「……この話には触れない方がいいか? 貴女が嫌なことは、別に話す必要はないからな。始めに言っておかなくて悪かった」
レティシアはその言葉におずおずと顔を上げ、弱々しく微笑んだ。
「……いいえ。わたくしこそ、ごめんなさい。……続けてください」
そうは言っても、これは結構気を遣う。
俺は再度「言いたくないことは言わなくていい」と念を押したが、どのみち聞いておかなければならないことは全てクラトが関わってくる。避けては通れない道なのだ。
「そう言えば、ご父君から一時期アルラント子爵がディラム伯領に滞在されていたと伺ったが、貴女はそれ以前から彼と面識が?」
「いいえ、わたくしは社交界に仲間入りをさせていただくまで自領を出たことはありませんでしたから、クラ――アルラント子爵様とは、そこで初めてお会いしました」
何とか話すことに抵抗がない話題に結び付けられたようだ。俺が安堵する傍ら、レティシアはその頃のことをぽつぽつと聞かせてくれた。
クラトが毒を盛られ、療養のためといって一時期社交の場から姿を消したのは有名な話だ。しかし、療養先については身の安全のために秘匿されていた。それが明るみになったのは、熱りが冷めてクラトが公爵領に戻ってから数年後――レティシアが社交界デビューを果たしてからだ。クラトはレティシアを「恩人の家のお嬢さん」と呼んで憚らず、更には彼女に近付く男をさり気なく牽制し始めたのである。二人は傍目から見ても相思相愛で、しかし、決して結ばれない運命が社交界中の涙を誘った(らしい)。
なんと言っても、クラトによる情報操作の賜物である。
さておき、今はまだもう少し可愛げがあった頃のクラトの話である。
ディラム領に来て間もない頃のクラトは、一言も言葉を発せず、表情は暗く、食も細かったそうだ。クラトはその頃十三、四歳ってところか?その年頃でそんな目に遭えば、無理からぬ話である。
レティシアは――まあ、そうだろうなという感じだが――家に突然やってきた、弱っている同じ年頃の少年を放っておくことができず、何くれとなく気にかけるようになった。例えばクラトが引きこもる部屋の窓辺に毎日花を置きに行くことに始まり、受け取ってもらえるようになるとそれは手紙になり、窓越しの会話になり、部屋に入れてもらえるようになり、庭を一緒に散歩できるようになった。食事も、レティシアが手を付けたものなら吐かずに済むのだと分かってからは、率先して毒味の真似事までするようになったのだという。
「わたくし、クラト様が徐々に心を開いてくださるのが嬉しくて」
そう言って懐かしげにはにかむレティシアは、幼い頃の思い出に釣られてか、いつの間にか呼び方まで戻っている。二人の微笑ましい思い出に、俺は何でもないような顔で耳を傾けた。
レティシアの記憶の中のクラトがレティシアに対して口を利くようになり、微笑みかけ、彼女の手をそっと引く。
クラトがディラム領に滞在した二年の間に、いかにしてレティシアの恋心が育っていったのか、手に取るようにわかった。
「彼が貴女の初恋なんだな」
俺が相槌の合間にぽつりと溢すと、レティシアは僅かに言葉に詰まった様子だったが、やがてこっくりと肯いた。
「ええ……そうです」
そのあと「でも――」と眉尻を下げて続ける。
「わたくしは、無知で……考えも足りませんでした」




