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黒猫を愛でる少女との邂逅④

 俺たちが目で追いかける先で、彼女は先ほど猫が入り込んで行った路地裏に向かう。

 互いに察するところがあり、レティシアと顔を見合わせた。


「あれは……」

「たぶん、猫の飼い主だ」


 少女は路地裏を覗き込み、どことなく頼りない風情で辺りを伺っていた。しかし、俺たちが近寄って声をかける前に腹を決めたのか、そのまま薄暗い小路に踏み入ってしまった。


「ああー……」


 それは不味いんじゃなかろうか。


「レティシア嬢、ダンと少し離れた所にいてくれ。何か困ったことがあるようだったら合図するから、二人で自警団を呼んできて欲しい。頼めるか?」

「ライゼル様……大丈夫なのですか?」

「大丈夫じゃなかったら、余計にあの女性一人では危ない」


 何かあったらすぐに助けを求めるから、と言い含める。少女に対してか、俺に対してか、レティシアは心配そうな顔をしつつも躊躇いがちに頷いた。それを確認して、今度はダンに目を向ける。


「ダン、レティシア嬢を頼むが、いいな?」

「お任せを」

「……」


 あんた本当、そう言う口調似合わないな、という目で思わず見ると、うるせぇ、てめぇが敬語使えっつったんじゃねぇか、という剣呑な目付きで睨まれた。いやごもっとも。悪かった。


「……とにかく、行ってくるな」


 俺は手をひらひらさせて足早に少女を追いかけた。


 路地に入ると、一気に日の光が届きにくくなる。先ほどの少女も、この暗さに躊躇したんだろう。しかし、大通りに近いところであればいたとしても物乞いくらいだろう。この路地には物乞いもいない。ついでに、少女の姿も見えない。どうやら猫につられて奥に進んでしまったようである。


 こういう道に入ったからと言って、いきなり物を盗まれたり、ごろつきに絡まれたり、人買いに攫われたりするわけではない。スリは寧ろ大通りの方が多いし、ごろつきも考えなしに人を殴るわけではない。人買いがかどわかしをするのは、もっと治安の悪い、人が一人いなくなっても騒ぎ立てられない土地である。

 こういう場所を選んで生活を営む人間は、学を身に着ける機会こそ無いことが多いが、恵まれた人間が持ちえない賢さや、極端な行動もいとわない思い切りの良さがある。しかし、こんな昼日中にきちんとした身なりの少女に手を出すような、危ない橋を渡る人間は裏社会で生きていけない。


 かくして、俺はほどなく無事な姿の少女を見つけた。


「良かった……クロエ。もう勝手にどこかへ行っては駄目よ」


 猫も無事に捕まえられたようである。良かった良かったと思っていると、猫を抱えた少女が道を引き返すべくこちらを振り返る。そして、俺の姿を目にして息を呑み、体を硬直させた。


「あ、貴方、先ほどの……」


 わかってる。この状況では俺がものすごく怪しいってことは。俺は両手を挙げて己の無害をアピールした。


「どうも。よくお会いしますね」

「……何の御用かしら」


 俺は頭をフル回転させて、この状況を簡潔に説明しつつ、相手の警戒も緩める言葉を探す。不意にレティシアの顔が浮かんだ。


「俺の婚約者が人助けをしたいというので、貴女の黒猫を探していました。そうしたら、この路地裏に入って行くのが見えまして」

「婚約者?」

「大通りで護衛と待たせています。猫が見つかったならこんな所に長居するのもどうかと思いますし、戻りませんか?」

「……ええ、そうですね」

「先導いたします」


 本来はエスコートするところだが、彼女の腕は猫でふさがっているし、怪しい男に触られたくもないだろう。今の彼女には礼儀より安心である。

 警戒しつつも彼女が付いてきているのを後ろ目で確認しながら、来た道を迷いなく戻る。俺たちはものの数分で元の大通りに合流した。後ろからほっと安堵のため息が聞こえる。


「ライゼル様!良かった」

「レティシア嬢」


 前から駆け寄ってくるレティシアを見て、顔が勝手に綻ぶ。


「大通りから少し外れたくらいで、そうそう何か起こることはありませんよ」


 TPOに応じて口調を使い分ける俺に、レティシアはあまり戸惑いを見せないので切り替えやすい。ダンみたいに顔に出されるとやり辛いのである。いちいち「誰だお前」みたいな目で見てくるのはやめろ。さっきの仕返しか?

 俺は後ろを振り返り、少女に向き直った。少女の鮮やかな瞳と、黒猫の琥珀色の眼がこちらを見ている。見た目に反して肝が座って妙に落ち着きがあるところとか、そうは言っても勝手に抜け出すお転婆なところとか、飼い主によく似ているようだ。


 ところで名乗られてはいないが、実を言えばこの少女の正体は薄々わかっていた。本来は恭しく尽くさねばならない相手のはずなのだが、あからさまなお忍びの格好や、箝口令を布かれた宿泊先のこと、ご本人から口止めされたことを考えると、相手の身分がそれと知れる言動は避けるべきだろう。


「改めて、私はライゼルと申します。こちらは婚約者のレティシア嬢。猫を一緒に探してくれていました。そこにいるのは護衛のダンです」



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