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黒猫を愛でる少女との邂逅②

 俺は不躾にならない程度に少女の身形を見分し、着衣の質や宝飾品からして彼女が西国の高貴な身分であろうと推察した。

 はてさて、その高貴なお方が御自(おんみずか)ら追いかける猫とはこれ如何(いか)に?


 すると今度は、少女を追いかけてきた女性が合流した。


「姫様!」


 使用人風のお仕着せを着ている女性は、胡乱(うろん)な表情で俺を一瞥したのち、少女に取り(すが)る。


「後生でございます。どうかあのような猫のことは諦めてお戻り下さい」


 その言葉で少女は我にかえった様子だった。


「そうだわ、クロエが!早く探してあげないと……」

「ですからお諦め下さいませ!あのような黒い猫、不吉でございます。ご成婚前に自分から居なくなって良かったではありませんか」


 先ほどから「姫様」と呼ばれている少女は、その言葉に顔を強張らせる。


「私は、クロエを不吉な猫だと思ったことはありません。ここまで連れてきたということは、そういう意味なの。酷いことを言わないで」


 硬い声で諭され、使用人の女は罰が悪そうに、しかしどこか納得のいかない顔で「申し訳ございません」と頭を下げた。


「……いいわ。一旦、部屋に戻りましょう」


 少女がすっと眼差しをこちらへ流す。猫を追いかけて転びかけた以外の言動は、彼女の精神年齢の高さを窺わせた。見たところ一三、四歳ってところだが、実際はもう少し上かもしれない。


「助けていただいたのに、見苦しいところをお見せしてごめんなさい。ここで見聞きしたことは、他言無用でお願いできるかしら」

「こちらは貴女の御名前も存じ上げないのだから、他人に話しようがありません」


 俺は軽口で応じたつもりだったが、向こうの侍女は険のある目つきで睨んできた。どうやら、「迷惑をかけておいて名乗りもしない」という皮肉だと取られてしまったらしい。

 少女も同様の勘違いをしたらしく、腹を括ったように嘆息した。


「そうよね、非礼をお詫びするわ。私の名はーー」

「あ、いや、お待ち下さい。それには及びません」


 俺は自分の唇に人差し指を立てて微笑んだ。


「誤解させて申し訳ない。ここでのことは誰かに話したりしませんし、私が貴女方の正体を知らなければ秘密は守られます、と申し上げたかったのです。ですから、こちらこそ礼を欠いているとは思いますが、この場でお互い名乗り合うのはやめにしましょう。

 もちろん、そこの彼も口の固さは保証します」


 俺が手で示すと、キースも心得たように控えめにお辞儀した。

 少女は大きな瞳で俺を見上げる。おや、明るい色だと思っていたが、変わった色合いだ。瞳孔から外側に向けて、琥珀色からブルーグレーまでのグラデーションになっている。俺を見上げる格好になっているから、陽光が差してきらきらしている。

 その瞳が嬉しげに細められ、俺はどきりとした。


「貴方の親切に感謝します」


 (きびす)を返して屋内に戻って行く彼女を暫し目で追いかけ、俺はキースと顔を見合わせた。


「……ひとまず馬車に戻るか」

「そう致しましょう」


 馬車まで戻ると、俺はレティシアとダンに事情を説明し、当初の予定通り市街地を見て回ることにした。

 同じく他の使用人たちに説明しに行ったキースとはここで一旦別行動だ。


 俺たちは待ち合わせ場所にもなる広場で馬車を降りた。レティシアをエスコートしながら、露店やショウウィンドを冷やかして回る。やはり、貴族たちの移動期と思えば然程混んでいない。

 しかし、賑わう人通りをよく観察すれば、露店には西国の品物がちらほら見受けられた。ホテルの支配人に行商人が多いのかと訊いたのは、ここに来る馬車の上から異国人の商人たちがやけに目についたからでもあった。


「レティシア嬢、何か見たいものがあったら遠慮なく」

「ええ……」


 露店に売っているものは、当然貴族向けの高級品ではないが、だからこそ見ていて楽しい。西国は金属製の宝飾品や、建築物の装飾に用いられる陶器製のタイルが有名だ。織物で言えば緻密な模様を織り込んだ絨毯がある。異文化の技術には舌を巻くようなものも多い。上手くすれば今後うちの領でも役立てられるものがあるかもしれない。

 いつもはそんな考えで露店に並ぶような品物を眺めるのだが、今の俺は無意識に細い路地や物陰に視線を走らせていた。


「ライゼル様は何かお探しなの?」


 レティシアに声を掛けられ、俺はハッとする。指摘されてみれば、自覚は早かった。わずかに迷ったが、ここは素直に白状する。


「猫を……」

「猫ですか?」


 レティシアは、てっきり俺に何か目当ての品があるのかと思っていたようだ。予想の斜め上を行く探し物を耳にして、首を傾げる。


「そう。黒い猫で、首に赤いリボンが掛かっている」


 俺はホテルの前での出来事をレティシアに掻い摘んで話した。


「まぁ……飼い主の方はたいそう心配されているでしょうね」

「方角的にはちょうど広場の方に逃げたんで、万が一見つかればと思ったんだ」

「わたくしも一緒に探します」


 レティシアの宣言に、俺は目を見開く。


「良いのか?楽しくはないと思うが」

「どうせ時間を使うのなら、人助けに使った方が有意義だわ」


 俺は思わず苦笑した。なんだかんだ言っても、レティシアの良いところはこうして簡単に見つかるのである。



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