未来の岳父(仮)が外堀を埋めてくる②
伯が俺を興味深げに見る。
「カークランド伯、貴殿はレティシアのことをどう思っているのだね」
俺はその質問の意図を的確に理解した、と思う。だから思わず顔を顰めた。
「……好ましく思っていますが」
「やはり容姿か?親の欲目かもしれんが、なかなか美しく育ってくれた」
「彼女が美しい女だということは同意しましょう。ただ私は彼女の、根が素直なところや、学習意欲が高く、継続して努力を続けられる姿勢が得難いものだと感じます」
「ほう……」
俺がレティシアに惚れたのはほんの数日前だが、別に隠すことではないので正直に言った。だがそのうち、少し失敗したかもしれない、という気持ちになってきた。
娘を褒められて嬉しそうにしていたディラム伯が、俺の考察通り、今度は獲物を見る目になって身を乗り出してきたのだ。
「であれば、私としては貴殿に娘を娶ってもらいたいと思っているのだが」
「それはレティシア嬢が決めることです」
「君の契約書ではな。私はまだサインしていない」
「……その一文を変える気はありません」
すると人の好さそうな顔が、にやりと悪だくみをする顔に早変わりした。
「貴殿ならばそう言うと思ったさ。
ではこうしよう。レティシアをこれから半年間、貴殿の領に預ける」
「待ってください」
俺は間髪入れずに制止の言葉をかけた。しかし、咄嗟の抵抗など伯の敵ではなかったようだ。
「嫁入り前の令嬢が、相手の邸で一定期間共同生活を送ることはよくあることだろう」
「それは婚姻が確実な場合でしょう。ここは彼女の外聞を考えて慎重になるべきです」
「レティシアが婚約解消すると言わなければ良い。どのみちあの子にとっては貴殿以上の嫁ぎ先などないのだからな。
他の男と通じるような困った娘だが、それでも妻に望んでくれるのであれば貰ってやってくれ」
「あの子を心変わりさせて、既成事実を作ってくれてもかまわないぞ」とまで言われ、俺は閉口した。婚約者の父親の方から許可を出されてしまったら、こちらから彼女の貞操を理由に断ることができなくなる。そもそも、彼女には守るべき純潔もすでにないので、いずれはこの結論に至っただろうが。
さすが、ディラム伯のほうが上手である。これが年の功か……などと感心している場合ではない。
「しかし、アルラント子爵はどうします。絶対に黙っていませんよ」
言いつつ、どうしてただの間男にこれほど義理立てしてやらねばならないのか、と俺は改めてこの状況を奇妙に思った。
……もちろん、奴が「ヤンデレ」だからである。
しかし、俺の懸念に対してディラム伯は実に頼もしい笑みをくれた。
「その点についてはすでに手を打ってある。半年間、クラト君には手を出させないから安心してレティシアとの仲を深めてくれ」
本当かよ……。
俺は密かに胡乱な視線を送ったが、伯は気付くことなく「それに――」と続けて零した。
「――貴殿と婚約解消したとして、あの子はクラト君には幸せにしてもらえないだろうさ」
その言葉は俺の心にストン、と落ちて、そのあとも妙に残った。
結局そのあと、伯に「やはりこの内容では不公平だから」と言われて、契約書に婚約解消は俺の方からも言い出せるという条件が付け加えられた。それについてはクラトに知られても特に問題ないので、手紙で変更点だけ端的に書いて知らせた。どうせレティシアに会いに来たついでに契約書確認するんだろうけどな。
ディラム伯はレティシアを俺に娶らせようと推してくるわりに、こうやって俺にも選択肢を持たせてくれる。やはり尊敬できる人である。
もちろん、彼は俺の倍ほどもの時間、貴族同士の腹の探り合いをしながら、地位を固めてきた男だ。公爵からも信頼されている人柄だからと言って、清廉なだけで領民の生活を護ることはできない。
くさすようだが、愛娘を政略の道具にするような判断をするあたりからも、伯の人間らしい部分は垣間見えている。
だが、俺がそれでもディラム伯を尊敬している。そもそも彼がこの婚約を本物のものにしたがっている理由は、自領の民や娘のためであって、自身の利益のためではないとわかるからだ。
でなければ、レティシアに興味がなかった俺にわざわざこの婚約を打診する必要がない。
レティシアがいくら美しいと言っても、支度金を用意してまで受け入れられるのはよほどの爵位や富がなければ難しいだろう。
高位貴族の嫡子は王家に倣って早めから婚約者を決めていることが多い。
レティシアへの求婚者はまだ婚約者のいない高位の第二子以下か、伯爵より爵位の低い家の嫡男、あとは妻を失った年嵩の貴族の後家などがほとんどだろう。
支度金を見込むなら、レティシアの嫁ぎ先は選んでいられない。
ディラム領が困窮していなければ、伯は娘の幸せを第一に考えられたはずだ。だが、現実には領地への支援か、レティシアの幸せかを天秤にかけざるをえなかった。
そんな時、ディラム伯は俺のことを知り、一縷の望みをかけたのだ、と言った。
ガーランドは治安の問題こそあるものの、銀鉱があり、国から軍備支援もあるので資金面には余裕がある。そして、俺にはまだ婚約者がいなかった。
彼は辺境伯領まで赴いて、俺にレティシアを貰ってくれと頭を下げたのだ。爵位を継いで間もない、青二才の俺に、である。
この頃は山賊の連中を味方につけたばかりで、まだ交易を軌道に乗せる目処も立っていない時期で、俺は自分の手に抱え込んでいるものを取りこぼさないよう、躍起になっていた。
社交界のことなど当然二の次だし、デビューしたという美女の噂などさらに縁遠い。
伯にそこまでされていなければ、俺はディラムの惨状を自ら調べることも、そこで伯の施策に感銘を受けることもなく、今も彼らの不幸を他人事のように思っていたことだろう。
そして、ディラムを支援することも、そのためにレティシアと婚約することも……彼女に惚れることも、なかったのだろう。




