八つ当たられる護衛②
「俺はどうやらレティシア嬢に惚れたみたいなんだが」
「――ゴッフォ」
「たぶんアルラントの奴、それを嗅ぎ取って喧嘩売ってきやがったんだよな。
……というか、あんたさっきから何やってんの?」
水を飲みかけて盛大に咽せ込むダンに呆れつつ、背中をとんとん叩いてやる。誤嚥した親父の介護をしてる気分だ。俺は二十歳そこそこ。ダンは三十路手前である。ツッコミ待ちだ。
「なあ、話聞く気ある?」
「ゲホっ、お前が変なこと言うからだろ!?あの嬢ちゃんが他に男作ってやがったから、婚約は形だけで解消するって言ってたじゃねぇか!」
「解消することになるかも、だ。ダン、それ言触らすなよ」
この間の夜会の翌日、ダンをボコってから話した内容である。あの時は二本先取だった。
契約のための婚約なのだから簡単になかったことにはできないが、向こうから解消の申し出があるかもしれないからその時は検討する――と、いうような話をしたはずだが。
たぶん、そのあと予想より早くレティシアが先走って婚約解消を言い出して、更にクラトとの交渉の場にも同席させたから、誤解したんだろうな。俺も、ほぼほぼ婚約解消は確定だと思っている。
しかし、いくら確定的でも、それを最終的に判断するのはレティシアである。噂で外堀を埋められて、判断を迫られるのはフェアじゃない。
「いやしねぇけど。……それより惚れたって、あのいつもの癖じゃねぇだろうな?」
「いつもの癖?」
何のことかわからず、はてと首を傾げる。
「とぼけんな!お前が女と見ればやたらと褒めちぎって篭絡しちまうあの癖だよ!
言っとくが、アンナを口説き落として俺と離縁させやがったこと、まだ根に持ってっからな!」
「人聞きが悪いことを言うな」
二人を別れさせたのは事実だが、そもそも領地にも教会にも、ダンとアンナが夫婦という届け出は無い。ダンの出自を考えれば当然のことだが、離縁の手続きを取る必要もないくらい他人でしかなかった。
アンナは元々カークランドの領民だったところを、不幸にも山賊に手篭めにされてしまった女性だ。自称旦那と別れたいが、女手一つでは産まれたばかりの子どもを養うゆとりがないと嘆く彼女を、俺が保護した。
今は育児をしながら毛織物工場で働いてもらっている。似たような境遇の女性が少なからずいるから、周囲も彼女に同情的なようだ。
「俺は相手の良いところを見つけたら褒めるようにしているだけだ。別に口説いてるわけじゃない。
アンナは乱暴されて産まされた子どもにも愛情を注いで護ろうとする強い女性だ。だから尊敬して手を貸した」
「……うるせぇ」
「あんたも良いところはあるだろ。アンナに本気で惚れてるから、彼女に認めてもらうために柄でもない俺の護衛なんてやってんだから」
最初は力づくで取り返そうと襲撃してきたこともあったが、俺はそういう下種には容赦しない。死ぬか、死ぬ気で努力するかと選択を迫り、後者を選んだので真っ当な仕事を用意してこき使っているわけである。ちゃんと毛織物工場に視察に行く時は護衛として連れて行ってやってもいる。あとは本人たち次第なのだ。
ダンは往生際悪く「ケッ」と吐き捨てたが、それ以上は文句を言わなかった。
「じゃあ何か?お前の惚れたってのは本気のやつか?」
「たぶんな」
「たぶんかよ」
「俺もこれだけ短期間に彼女への印象が変わってちょっと整理しきれてない。
ただ、少なくとも夜会でレティシアが裏切っているのを直接見たときは失望くらいしか感じなかったのに、今日はキスを見せつけられた程度でアルラントに苛ついて、二人を引き剥がしたくなった。
レティシアとちゃんと話してみたら、可愛いと思えるところもあったし、意外と常識的で努力家なのもわかって惜しくなったんだろうな」
ダンは口元をひくつかせた。
「相変わらず、他人ごとみてぇに冷静な野郎だな」
「癖なんだよ」
俺は肩を竦める。そして軽く土を払って立ち上がった。それなりに気も晴れたし、そろそろ執務を片付けなければならない。
「そういや、ダン。前から言ってるが、外では何があっても敬語使えよ。それができないなら喋るのは我慢してくれ」
「わーって……ますよ」
「よし」
俺は気にしないが、貴人に対する言葉遣いがなっていないと、ダンの方が割を食う羽目になる。一応、こいつがアンナのために更生すべく努力しているのを知る身としては、できるだけそれを助けてやりたい気持ちがあるのだ。
「……ったくこのお人好しめ」
「ダン、敬語」
「……」
ダンは黙る方を選んだ。




