八つ当たられる護衛
クラトたちに見せつけられて、俺は夜会の時には感じなかった苛立ちを自覚した。……あの男、絶対に性格ねじ曲がってやがる。
厩に向かうと、乗ってきた馬の世話をする男が俺に気付いて片手を上げた。昨日クラトのところにもついて来させた護衛だ。ダンという。
「おー、お頭、じゃなかった、ライゼルサマ、帰る――り、ますか?」
「帰る」
貴族は移動手段に馬車を使う者が多いが、俺は機動性を重視して専ら騎馬での移動を好んでいる。俺は黒毛の愛馬に手早く鞍を付け、紐を解いてさっさと門扉へ引いて向かった。
無駄口を一切叩かず帰り支度する俺に、ダンは頬を引き攣らせる。
「……なーんか、気ぃ立ってんな」
敬語はどうした。
「帰ったらお前のことボコボコにしていいか?」
「うげっ……なんか嫌な予感がする。せめて言い方どうにかしろよ」
「……じゃあ、顔が再生可能な程度で加減するから、俺の気が済むまで殴られてくれないか?」
「何が『じゃあ』なんだよ!?どうして言い直したのかわかんねぇほど何も変わってねーよ!」
「なんだよ、少なくとも顔は変形させないぞ?」
「どういうことだ、最初は変形させられる前提だったのか!?いやそもそもそういう問題じゃねぇんだよ!お断りだクソが!」
俺は遠慮のない罵声を聞き流し、ディラム伯邸に暇を告げて馬を駆った。
自邸に帰ると、俺は馬丁に愛馬を預け、嫌がるダンを訓練場に引き摺って行き、模造刀を持たせ、コテンパンにした。……え、何だよ?やだなあ、ちゃんと元通りになるって。
「――お前ふざっけんな!加減しやがれっていつもいつもいっっつも!言ってるよな!?」
「しただろ?」
骨も砕けてないし靭帯も切れてないし、神経だって無事だろ?
「何だよ十本勝負って!全勝しやがって護衛の面目少しは立てやがれってんだ!しかも全身痣だらけだっつの!いてーんだよ!」
「いや、おかげでちょっとすっきりした。ありがとな」
「あんだけしといてちょっとかよ!」
ぜーはー肩で息をするダンに、まあまあ座れって、と水の入ったコップを渡して落ち着かせる。温かみのある木製のコップで、屋外で多少手荒に扱っても割れにくいので重宝している。
「……んで?何であんなに気が立ってたんだ?」
それくらい聞かせろ、とダンは俺の斜向かいにどっかりと陣取り、腰かけた石段へ雑にコップの底を打ち付けた。こうやって物を大事に扱わないから……。
思わず文句を言いたくなる無作法な態度はともかく、気が置けない相手ではある。領主として臣下に愚痴なんか溢せない俺のことをこの男は分かってくれている。
いつだったか、それで潰れそうになった俺に、ダンは勝負を持ちかけてきた。
――俺が勝ったら、お前が悩んでること全部吐き出しやがれ!
そう言って向かってきた奴を、俺は――。
返り討ちにした。
え、空気を読め?吸うもんだろ。
しかし、それも奴の計算のうちだったようだ。
――ひ、ひでぇ……お前人の気遣いをなんだと思ってやがる!こうなったら詫びとして全部聞き出すまで許さねぇからな!
……アレ?
ちなみにあの時、大の男が涙目だったことは、ダンの名誉のために黙ってやっている。
かくして(?)俺は鬱憤が溜まるとダンに勝負を吹っかけ、終わると愚痴を聞いてもらうようになった。別に、ダンを叩きのめすのはストレス発散の一環というわけでは決して……うん。
そして、お育ちのよろしい貴族の俺がこんなにも粗暴になってしまったのは全部こいつのせいである。……おや、なぜか横からジトっとした視線を感じる。
はいはい話すって。
「アルラントが俺の神経逆撫でしてきやがったから」
うんざりした気持ちで言うと、貴族の名前なんていちいち覚えちゃいないダンが「アルラント?」と首を捻るので「ほら昨日会っただろ」と補足する。
「あー、あの。作りもんみたいな顔した色男だな?お前の婚約者の浮気相手の。
ずっと厩にいたから新しい客が来たことは知ってたが、凄ぇタイミングで来たもんだな。ど修羅場になったんじゃねぇの?」
「……」
修羅場といえば修羅場……なのか?
「そういや、ディラム伯爵はあのとき邸にいたのか?」
「お前が婚約者の嬢ちゃんと話してから帰るって俺に言いに来てから、いくらも経たないうちに出て行ったぞ。あのおっさんも忙しそうだな」
「ふうん」
ダンの言う通り、タイミングが良すぎる。さてはクラトめ、伯爵邸に自分の手の者を忍び込ませてやがるな。雇わせたのか買収したのか……。
「それで、逆撫でされたって、具体的には?」
ダンは木のコップに口をつけながら、横目だけ流して訊いてくる。俺は「んー」と曖昧に返事をしつつ遠くを見た。




