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神話系ミーティング ~その問題、神々が議論します~  作者: すばる ゆう
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第XX回 『死後に残された秘密資料の処分について』―オリュンポス本部―

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


議題:死後に残された秘密資料の処分について

開催場所:オリュンポス本部

司会:テミス

書記:ムネモシュネ


参集メンバー

ゼウス、ヘルメス、アテナ、アポロン、アルテミス、アレス、アフロディーテ、ヘパイストス、ハデス、タナトス


参考人:???


投書者:匿名希望

投書内容

人間、いつ死ぬか分からないんですが、突然死した場合、パソコンの秘蔵フォルダとか、ベッド下のコレクションの処分ができないので不安です。

不慮の事故で死んだ時も、人目に触れず処分する方法はありませんでしょうか?


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


コン、コン。

―木槌が二度、打ち鳴らされた—


テミス:「それでは、第XX回神話系ミーティングを開会します。本日の議題は、死後に残された秘密資料の処分についてです」


そういうとテミスは、投書箱から一通の封筒を取り出した。

封筒の表には、赤い文字で大きく書かれている。

『マル秘、絶対に中身を声に出して読まないでください』


テミス:「…………」

ヘルメス:「どうしたんだい?」

テミス:「投書の表に、読み上げ禁止と書かれています」

アポロン:「では、読まない方がよいのでは?」

アテナ:「しかし、会議で扱う以上、内容を共有しなければ審議できないが」

アルテミス:「書いた本人も、それくらい分かって投書したのでしょう」

アレス:「なら、読めばいい」

ヘルメス:「投書者への慈悲はないのかい?」

テミス:「匿名ですから、本人が特定されることはありません」

ヘルメス:「そういう問題かな」


テミスは封を切り、投書を読み上げた。


テミス:「『人間、いつ死ぬか分からないんですが――』」


パソコンの秘蔵フォルダ。

ベッド下のコレクション。

そして、不慮の事故で死亡した場合に、人目へ触れさせず処分する方法。

投書が読み終わると、会議室は静まり返った。


テミス:「本日の議題は、死後に残された秘密資料の処分についてです」

ゼウス:「なるほどな」


妙に重々しく、ゼウスが頷いた。


ゼウス:「人間は死そのものではなく、死後に何を見られるかを恐れているのだな」

ヘルメス:「理解が早いじゃないか、ゼウス」

ゼウス:「神にも、他者へ見られたくない過去の一つや二つはある」

テミス:「あなたの場合、その大半が神話として全世界へ公開されています」

ゼウス:「…ワシのプライバシーはどこに?」

ムネモシュネ:「記録もされています」

ゼウス:「二人がかりで追い打ちをかけるな」


コツ。

―木槌が小さく打ち鳴らされた―


テミス:「それでは、審議を始めます」



◇死後の処分を遺言書に記す


アテナ:「まずは、遺言書に処分方法を記しておくべきだろう」


戦略と知恵を司る女神アテナが、最も現実的な案を示した。


アテナ:「信頼できる者を指定し、本人の死後に資料を処分してもらう。単純ですが、確実性はあります」

ヘスティア:「残された家族にお願いしておく方法もありますね」

アポロン:「だが、遺言書に突然、このような一文があったらどう思う?」


アポロンは即興で文章を作った。


『寝室のベッド下、奥から二番目の箱については、決して中を見ず、そのまま焼却すること』


会議室が静かになった。


ゼウス:「よし、見てみよう!」

ヘパイストス:「待て!危険物でないことを確認する必要がある!」

アテナ:「焼却できない物が入っていたら困ることになる」

ヘルメス:「絶対に見るなと言われたら、余計に気になるよね」


ヘルメスの言葉により神々の視線が、参考人席へ集まった。


???:「なんで、私を見るの?」


そこに座っていたのは、赤茶色長髪に華やかな衣をまとった女性、パンドラ。

人類最初の女性の一人とされ、開けることを禁じられた箱を開けた逸話で知られる。

小箱を抱えたその瞳には、抑えきれない好奇心が宿っている


テミス:「誰か呼びましたか?」


テミスの小さな問いかけに答えるものは居なかった。

ヘルメスは構わず続けた。


ヘルメス:「箱に『絶対に開けるな』と書いてあった場合、人はどうすると思う?」

パンドラ:「…………」

ヘルメス:「パンドラ?」

パンドラ:「……開けちゃうかも」

ヘルメス:「パンドラエフェクトだ!」

パンドラ:「いつもいつも、私を不吉の象徴にしないで!」


パンドラの何かの蓋が開いた。

さめざめと泣きだすパンドラ。

何柱か目をそらした神々。


カン!

―木槌が強く打ち鳴らされた―


―――会議一時中断———


パンドラ退室。

別室でテミスの娘、ホーライ達が宥めている。


―――会議再開———


何柱か動揺が見える面々は口々に語った。


ゼウス:「…ワシは直接は何もしてないぞ!」

ヘパイストス:「俺は、要望通りに形を作っただけだ」

アテナ:「私は仕事の仕方を教えた、不吉の原因には直接起因していない」

ヘルメス:「僕は生きる知恵を与えただけだよ」

アフロディーテ:「私は、女の秘訣を教えただけよ」


カン、カン、カン!

―木槌が、三度強く打ち鳴らされた―


テミス:「今後、パンドラを不吉の象徴のように扱わないように!なお、原因に寄与している神々については後日、話を確認することとします」

一同:「……」

ムネモシュネ:「では、禁止の明記が好奇心を刺激する可能性についてのみ、意見として記録します」



◇死神に処分を頼めないか


テミス:「本題に戻ります」

ヘルメス:「それについては、もっと確実な相手がいるじゃないか」

アテナ:「誰だ?」

ヘルメス:「死神だよ。魂を迎えに来たついでに、問題の品を処分してもらえばいい」

アテナ:「なるほど。本人の死を最も早く把握できる」

ゼウス:「それなら遺族が部屋へ入る前に処分できるな」

テミス:「やっぱり、そうなりますか、お二方お願いいたします」


この案を検討するため、冥界からの参加者の二人。

 静かな気配とともに、黒い髪、青白い肌、黒い翼を持つ青年が会議室へ入ってくる。

ギリシャ神話における死の神、タナトス。

穏やかな死を象徴する存在であり、死者の魂を死後の世界へ導く役目を担っている。


 黒髪に重厚な黒衣をまとった壮年の男神。目の下には深いクマが刻まれているが、その物腰は穏やかで落ち着いている。

 冥界を統べる神、ハデス。


ハデス:「冥界に影響のある案件だと聞いてきたのだが…」

タナトス:「死神に何か御用でしょうか」

テミス:「魂を迎えに行った際、死者の秘密資料も処分してもらえないか、という提案が出ています」

タナトス:「お断りします」


即答だった。


ヘルメス:「少しくらい検討してくれてもいいんじゃないか?」

タナトス:「我々の担当業務は、死亡の確認、魂の回収、死後世界への案内です」


感情のない非情な瞳がヘルメスの方へ向いた。


タナトス:「パソコンの履歴削除、記憶媒体の破壊、書籍の廃棄、ベッド下の確認は、業務範囲に含まれていません」

アレス:「鎌とかで壊せないのか?」

タナトス:「死神の鎌を、私物処分用の工具ではありません」

ヘルメス:「では、追加料金を支払えば?」

タナトス:「死者から、どのように代金を回収するのですか?」

ヘルメス:「冥界で働かせれば良いんじゃないか?」

ハデス:「死者向けの返済労働を導入するな!」

テミス:「死後まで債務を継続させる案は却下します」


コツ。

―木槌が小さく打ち鳴らされた―


ヘルメス:「まだ制度案を説明していないんだけど」

テミス:「説明しなくて結構です」


タナトス:「そもそも、似たような要望は既に多く寄せられています」

テミス:「既に?」

タナトス:「魂を迎えに行くたびに、『三分だけ待って』と言われる」

ヘルメス:「三分なら、待ってあげてもいいんじゃない?」

タナトス:「三分で終わった者はいない」


そしてタナトスは、持参した業務資料を机に置き、死者から実際に寄せられた要望を書き出した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


- ブラウザの閲覧履歴を消したい

- パソコンのフォルダを削除したい

- スマートフォンを初期化したい

- 通販サイトの購入履歴を隠したい

- 定期購入を解約したい

- 友人へ口止めの連絡をしたい

- ベッド下にある箱を別の場所へ移したい


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


タナトス:「極端な者だと部屋に火をつけようとする者もいる。そして、多くの者が、時間切れで、無力感に苛まれ絶望する」

ゼウス:「死を迎えたことより、そちらで絶望するのか……」

ヘルメス:「箱が開く前から絶望しているね」

タナトス:「死の時刻は変更できません。生前に対応してください」

テミス:「死神からの正式な回答として記録します」

ムネモシュネ:「『死後の私物処分は、死神の業務範囲外』と記録しました」



◇自動的に消去する仕組み


ヘパイストス:「それなら、本人が操作しなくても処分できる装置を作ればいいんじゃないか」


鍛冶と技術を司る神ヘパイストスが、設計板を取り出した。


ヘパイストス:「本人の生存を定期的に確認する。一定期間、反応がなければ、指定された資料を自動的に消去する仕組みだ」

ゼウス:「死亡を検知して作動するのか」

ヘパイストス:「それが理想だが、正確な死亡判定は難しい。現実的には、一定期間ごとに本人へ確認を求めることになる」

ヘルメス:「返事がなければ、自動消去か」

アレス:「分かりやすいな」


ヘルメスは、設計板の上へ名前を書いた。

死者作動式・秘密抹消機構


アレス:「…もっと分かりやすい名称の方がよくないか」

ヘルメス:「では、デッドマン・スイッチ」

テミス:「簡潔にはなりましたが、不穏さが増しましたね」

アテナ:「仕組み自体は有効。しかし、本人が長期入院していた場合は?」

ヘパイストス:「…………」

アテナ:「長期間の旅行中だった場合は?」

ヘパイストス:「…………」

アテナ:「端末が故障して、通知を受け取れなかった場合は?」

ヘパイストス:「…………」

ヘルメス:「本人が、単に確認を忘れていた場合は?」

ヘパイストス:「……生きているうちに、すべて消える」


会議室が静まり返った。


アレス:「死亡したときのための仕組みで、生きている本人が致命傷を受けないか?」

ハデス:「資料によっては、本人が死んだような顔をするだろうな」

ヘパイストス:「ならば、確認を一度では終わらせない。複数回の通知と猶予期間を設ける」

アテナ:「信頼できる代理人にも通知するべきだろう」

テミス:「即時消去ではなく、複数段階の確認を行うのであれば、補助手段として採用できます」

ムネモシュネ:「ただし、自動化だけに依存しないことも付記します」



◇友人との相互処分協定


ヘルメス:「信頼できる友人と、約束しておく方法はどうだい?」

テミス:「どのような約束です?」

ヘルメス:「片方が突然死したら、もう片方が誰よりも早く部屋へ入り、秘密資料を回収する」

アポロン:「秘密を知る者同士で、お互いの死後を支えるわけだね、美しい友情だ」

アレス:「友情だな」

アテナ:「秘密の相互処分協定ですね」

ヘルメス:「名前を付けると、正式な制度に聞こえるね」

アルテミス:「その友人が先に死んだ場合は?」

ヘルメス:「別の友人も指定しておく」

アルテミス:「同じ事故に巻き込まれた場合は?」

ヘルメス:「さらに別の友人を――」

テミス:「指定する人数が増えるほど、秘密を知る者も増えますからね」

ヘルメス:「難しいな」

アポロン:「それに、回収した友人が中身を見ない保証はあるのか?」

アレス:「友人なのだから、信じればいいだろう」

アルテミス:「その友人も、同じ趣味を持っているのでしょう?」

ヘルメス:「おそらくは」

アルテミス:「処分せず、自分のコレクションへ加える可能はないのかしら?」

アレス:「継承だな!」

テミス:「文化継承の話にはしないでください」

ヘルメス:「さらに、その友人が葬儀で故人との思い出を語る可能性もあるね」

アポロン:「『あいつは生前、こんな物を集めていて……』」

ヘルメス:「死者には訂正も口止めもできない」

ムネモシュネ:「死後の秘密保持において、執行者の人選は極めて重要と記録します」



◇普通の資料に偽装する


アテナ:「見られて困るなら、最初から別の物に見せかければどうだろう?」

テミス:「偽装するのですか?」

アテナ:「パソコンの秘蔵フォルダなら、『税務関係』や『業務資料』という名前にすれば良いだろう」

ヘルメス:「人間は『新しいフォルダ』という名前もよく使うらしいよ」

アルテミス:「隠す気があるの?」

ヘルメス:「その中に『新しいフォルダ(2)』を作る」

アルテミス:「それで?」

ヘルメス:「さらに『資料』『資料2』『旧資料』『予備』と分岐する」

ゼウス:「迷宮ではないか」

ヘルメス:「最後には、本人も目的の資料がどこにあるのか分からなくなる」

テミス:「秘匿ではなく、遭難しています」

ヘパイストス:「物理的な収集品なら、箱に『冬物衣類』と書けばいい」

アフロディーテ:「遺品整理の際、普通に開けるのではないかしら」

アポロン:「では、『ゼウス様の偉大なる功績集』ならどうだろう」


会議室が静まり返った。


アルテミス:「誰も開けないわね」

アレス:「確実だ」

ヘルメス:「秘匿性は高い」

ゼウス:「待て!」


ゼウスが立ち上がった。


ゼウス:「なぜ、わしの功績に誰も興味を持たない前提なのだ!」

アポロン:「では、『ゼウス様の恋愛関係資料』に変更しますか?」

ヘルメス:「今度は全員が開ける」

ゼウス:「駄目だ!」


カン!カン!

―木槌が二度、強く打ち鳴らされた―


テミス:「最高神の名を、秘密資料の偽装に使用しないでください!」

ムネモシュネ:「なお、『ゼウス様の恋愛関係資料』については、既に相当数の記録が存在します」

ゼウス:「ムネモシュネ!」

ムネモシュネ:「記憶の女神ですので」



◇秘密資料は、すべて消すべきか


議論が一段落したところで、アテナが口を開いた。


アテナ:「一つ、確認しておくべきことがある」

テミス:「何でしょう」

アテナ:「投書者は、秘蔵フォルダや収集品をすべて処分したいと考えています。しかし、その中に金銭的、文化的価値を持つ物が含まれている可能性はないのか?」

アフロディーテ:「本人にとって、大切な思い出の品や、芸術品である可能性もあるわよね」

ハデス:「残された家族が、その人物を知る手がかりになる物もあるだろう」

ヘルメス:「でも、本人としては絶対に知られたくない物もある」


テミスは立ち上がり、記録板に二つの項目を書いた。

残す物

処分する物


テミス:「問題は、死後に何もかも残ることではありません。本人が、残す物と処分する物を区別していないことです」

アテナ:「価値のある収集品は、譲渡先や売却方法を指定する」

アフロディーテ:「思い出として残したい物は、家族へ伝えておく」

ヘルメス:「絶対に見られたくない物だけ、処分対象として一か所にまとめる」

ムネモシュネ:「所在を誰にも分からなくした結果、本人まで発見できなくなる事態も避けられます」

ゼウス:「だが、本人には恥ずかしい物でも、後世には歴史的価値が生まれる場合もあるのではないか?」

アポロン:「確かに。偉人の日記や私信は、貴重な歴史資料になる」

ゼウス:「わしの恋文なども、今では神話研究の重要資料であろう」

テミス:「被害を受けた側の証言資料としては、価値があるでしょう」

ゼウス:「なぜ、その方向に限定するのだ」

ムネモシュネ:「発言を記録しました」

ゼウス:「今の発言は消してくれ」

ムネモシュネ:「都合が悪いという理由では、記録を消去しません」

ゼウス:「この会議そのものが、今日の議題を実演していないか?」

ヘルメス:「ゼウスも、ムネモシュネに見られたくない記録があるんだね」

ゼウス:「全神にあるだろう!」


その言葉を境に、会議室の数柱が静かに視線を逸らした。


テミス:「…………」


コツ。

―木槌が小さく打ち鳴らされた―


テミス:「皆さんの個人的な資料整理は、閉会後に行ってください」



◇生前整理という結論


ゼウス:「結局、死んだ直後に完璧な処分を行うのは難しいということか」

アテナ:「本人が死亡した事実の確認、資料の特定、遺族の権利、財産価値、安全性。考慮すべきものが多い」

ヘパイストス:「自動処分の仕組みは作れるが、誤作動を完全には防げない」

タナトス:「そして、死神へ依頼されても対応できません」

ヘルメス:「つまり、死ぬ前に整理しておけと」

テミス:「その表現では身も蓋もありませんが、結論としてはそうなります」

アポロン:「しかし、投書者は『いつ死ぬか分からない』から困っているのでは?」

テミス:「ですから、いつ死んでもよい状態を、日頃から維持するのです」

アルテミス:「不要な資料は、その都度処分すれば良いのよ」

アテナ:「残す物と消す物を分類する、信頼できる者へ、最低限の処分方法を伝えておく」

ヘパイストス:「電子資料は暗号化し、一定期間反応がない場合の通知機能を補助的に使うのが良いな」

ヘルメス:「即時消去ではなく、複数の確認を挟むと、そして、保管場所や処分手順は定期的に更新する」

テミス:「よろしいでしょう」


テミスは、投書への回答をまとめ始めた。


ゼウス:「最後に、一つ付け加えてはどうだ?」

テミス:「何です?」

ゼウス:「発見されても困らない物だけを集める」

ヘルメス:「それができるなら、最初から悩んでいないと思うよ」

ゼウス:「では、見つかっても社会的に死なない程度に留める」


会議室に、何ともいえない沈黙が流れた。


テミス:「……補足事項として記載します」



◇投書への回答


コン。

―木槌が打ち鳴らされた―


テミス:「本会議では、以下を投書への回答とします」


突然死した後に、秘密資料を完全かつ自動的に処分する方法には、誤作動、財産価値、相続、安全確認などの問題があります。

そのため、残す物と処分する物を生前から分け、処分対象を整理しておくことが最も重要です。

処分手順は信頼できる複数の者へ託し、遺言書等には資料の詳しい内容ではなく、保管場所と処分方法のみを記載してください。

電子資料については、暗号化、一定期間操作がない場合の通知、複数回の確認を経た処理などを補助手段として利用できます。ただし、自動消去だけに依存することは推奨しません。

また、不要となった秘密資料は日頃から整理し、「死ぬ直前にすべて消す」という計画を立てないでください。突然死した場合、その計画は実行できません。

なお、死神に処分を依頼することはできません。


タナトス:「最後の一文は、太字でお願いします」

ムネモシュネ:「そのように記録します」

テミス:「ほかに異議はありますか?」


誰も手を挙げなかった。


テミス:「では、本件は以上とします」


コン。

―木槌が打ち鳴らされた―



◇閉会後


会議が終わり、神々が退出しようとしたとき。

ムネモシュネが、投書箱の底からもう一枚の紙を見つけた。


ムネモシュネ:「追加の投書があります」

テミス:「読み上げてください」

ムネモシュネ:「では」


『神々にも、他者に見られたくない秘蔵品はあるのでしょうか?』


沈黙。

直後、ゼウスが勢いよく立ち上がった。


ゼウス:「急用を思い出した!」

アポロン:「私も、神殿の整理をしなければ」

アレス:「武器庫の点検がある」

ヘルメス:「僕も倉庫へ行ってくるよ」

アルテミス:「皆、分かりやすいわね」


神々は、先ほどまでの審議を実践するかのように、足早に会議室から去っていった。

同日、オリュンポス各所で大規模な私物整理が始まった。

ゼウスの宮殿からは大量の恋文が運び出され、アポロンは若い頃に書いた詩集の初稿を封印。

アレスは密かに集めていた可愛い動物の置物を、武器庫のさらに奥へ移した。

なお、ヘルメスは会議室の棚から、一冊の帳面を発見した。

表紙には、整った文字でこう書かれていた。


『テミス個人記録・閲覧厳禁』


ヘルメス:「…………」


そっと手を伸ばす。


テミス:「ヘルメス」

ヘルメス:「はい」


背後には、木槌を持ったテミスが立っていた。


テミス:「パンドラの事例から、何も学ばなかったのですか?」

ヘルメス:「中身を見ていないことを確認しようとしただけだよ」

テミス:「その説明が通ると思いますか?」

ヘルメス:「思わないね」


カーァァァァン!

―木槌の音が鳴り響いた―


その後、ヘルメスが帳面を開いたのか。

あるいは、その前に制止されたのか。

詳細は、議事録から削除されている。

なお、削除を指示したのはテミス本人である。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


―議事録―

議題:死後に残された秘密資料の処分について

開催場所:オリュンポス本部

司会:テミス

書記:ムネモシュネ


1.参加者

ゼウス、ヘルメス、アテナ、アポロン、アルテミス、アレス、アフロディーテ、ヘパイストス、ハデス、タナトス。


参考人として、パンドラが参加した。


なお、パンドラについては、事前に参考人としての出席依頼を行った記録が確認できなかった。


本人を招集した者も名乗り出なかった。



2.投書

匿名希望の人間より、以下の相談が寄せられた。


人間、いつ死ぬか分からないんですが、突然死した場合、パソコンの秘蔵フォルダとか、ベッド下のコレクションの処分ができないので不安です。

不慮の事故で死んだ時も、人目に触れず処分する方法はありませんでしょうか?


封筒の表には、

『マル秘、絶対に中身を声に出して読まないでください』


と記載されていた。


会議で審議するには内容の共有が必要であるため、司会判断により読み上げた。

投書者は匿名であり、個人を特定できる情報も含まれていない。



3.議題の趣旨

不慮の事故や突然死によって、本人が秘密にしていた物品や電子資料を処分できなくなる問題について審議した。

主な対象として、以下が挙げられた。


- パソコン内の秘蔵フォルダ

- 閲覧履歴

- スマートフォン内の資料

- 通販サイトの購入履歴

- ベッド下等に保管された収集品

- 他者へ知られたくない日記、私信、記録

- 定期購入および各種契約

- 友人へ口止めを必要とする情報


本件により、人間は死そのものだけでなく、死後に行われる私物整理にも強い不安を抱くことが確認された。

ゼウス神は、この心理について早い段階から深い理解を示した。

理由については、既存の神話記録を参照されたい。


4.遺言書による処分指示

アテナ神より、遺言書に秘密資料の保管場所および処分方法を記す案が提示された。

単純かつ現実的な方法である一方、

『寝室のベッド下、奥から二番目の箱については、決して中を見ず、そのまま焼却すること』


などと記載した場合、執行者の好奇心を刺激する可能性が指摘された。

また、中身を確認せず処分すると、以下の問題が発生する。


- 危険物が含まれている可能性

- 焼却に適さない物が含まれている可能性

- 金銭的価値を持つ物が含まれている可能性

- 相続財産を誤って処分する可能性

- 本人が残すことを望んだ物まで失う可能性


したがって、遺言書等には秘密資料の内容を詳しく記さず、保管場所、処分方法、処分を担当する者を記載することが望ましいと判断した。


5.パンドラ効果について


「絶対に開けるな」と明記された物ほど、かえって中身を確認したくなる可能性について審議した。

参考人席にいたパンドラへ意見を求めたところ、

「……開けちゃうかも」


との回答があった。

これを受け、ヘルメスが「パンドラエフェクト」と発言した。

パンドラは、自身が常に不吉、災厄および抑えきれない好奇心の象徴として扱われることについて強く抗議した。


その後、感情が限界に達して泣き出したため、会議を一時中断した。

パンドラは退室し、別室にてホーライ三姉妹が対応した。


会議再開後、パンドラの創造や教育に関与した神々から、以下の発言があった。


- ゼウス:「直接は何もしていない」

- ヘパイストス:「要望どおりに形を作っただけ」

- アテナ:「仕事の仕方を教えただけ」

- ヘルメス:「生きる知恵を与えただけ」

- アフロディーテ:「女の秘訣を教えただけ」


各神の関与については、本議題の範囲を外れるため、後日確認する。


本会議では、以下の二点のみを記録する。


1. 禁止を強調すると、かえって好奇心を刺激する場合がある。

2. 今後、パンドラ本人を安易に不吉や災厄の象徴として扱わない。

なお、パンドラが抱いていた箱については、誰も開封していない。

正確には、開封しないよう厳重に確認した。



6.死神による秘密資料の処分


死者の魂を迎えに来る死神へ、秘密資料の処分も依頼する案が提示された。

死の神タナトスより、即時に拒否された。


タナトスから示された死神の業務範囲は、以下のとおりである。


- 死亡の確認

- 魂の回収

- 死後世界への案内


以下の行為は、業務範囲外とされた。


- パソコン内の履歴削除

- 記憶媒体の破壊

- スマートフォンの初期化

- 書籍および収集品の廃棄

- ベッド下の確認

- 通販履歴の削除

- 友人への口止め

- 部屋への放火


最後の行為については、秘密資料の処分以前に重大な問題がある。

アレスより、死神の鎌で記憶媒体を破壊する案が出されたが、死神の鎌は私物処分用の工具ではないとして拒否された。

追加料金を支払う案については、死亡後の代金回収が困難である。

ヘルメスより、冥界での返済労働が提案されたが、ハデスから強い反対があり、司会判断によって却下された。



7.死者から実際に寄せられる要望


タナトスから、魂の回収時に「三分だけ待ってほしい」と求める者が多いとの報告があった。


なお、「三分だけ」と申告して、実際に三分以内で処理を終えた者はいない。

多くの者が時間切れとなり、死を迎えた事実とは別の理由で絶望するとの報告があった。

タナトスからは、

「死の時刻は変更できません。生前に対応してください」


との正式回答が示された。


以上により、秘密資料の処分を死神へ依頼する案は不採用とした。



8.自動消去装置


ヘパイストスより、本人の生存を定期的に確認し、一定期間反応がなければ指定された資料を自動的に消去する仕組みが提案された。


死者作動式・秘密抹消機構


アレスから分かりにくいとの指摘があり、名称は、


デッドマン・スイッチ


へ変更された。

名称は簡潔になったが、不穏さは増した。


仕組み自体には一定の有効性が認められたものの、以下の状態を死亡と誤認する可能性がある。


- 長期入院

- 長期旅行

- 通信障害

- 端末故障

- 通知の見落とし

- 本人による確認忘れ


誤作動した場合、本人の生存中に指定資料がすべて消去される。

資料の内容によっては、本人が死んだような顔をする可能性がある。

したがって、即時消去方式は推奨しない。

複数回の通知、十分な猶予期間、代理人への連絡など、複数段階の確認を行う場合に限り、補助手段として利用可能と判断した。



9.秘密の相互処分協定


ヘルメスより、信頼できる友人同士で、片方の死後に秘密資料を処分する約束を結ぶ案が提示された。本会議では、これを仮に、「秘密の相互処分協定」と呼称した。


想定される問題は、以下のとおりである。


- 処分を担当する友人が先に死亡する

- 双方が同じ事故に巻き込まれる

- 約束そのものを忘れる

- 秘密資料の中身を確認する

- 処分せず、自身の収集品へ加える

- 葬儀で故人の秘密を思い出として語る

- 秘密を知る者を増やすほど、情報漏洩の危険も増える


収集品を友人が引き取る行為について、アレスより「継承」との評価があった。

本件の目的は文化継承ではなく、秘密資料の処分である。

また、死者には訂正、釈明、反論および口止めの機会がない。

処分を他者へ依頼する場合、親しさだけでなく、秘密保持能力、実行能力、本人より長く生存する可能性などを考慮する必要がある。



10.名称および保管場所の偽装


秘密資料を一般的な資料に見せかける案が提示された。

電子資料の名称として、以下が挙げられた。


- 税務関係

- 業務資料

- 新しいフォルダ

- 新しいフォルダ(2)

- 資料

- 資料2

- 旧資料

- 予備


偽装を複雑にしすぎると、本人も保管場所を把握できなくなる。

これは秘匿ではなく、資料の遭難に該当する。

物理的な収集品については、箱へ「冬物衣類」と記載する案が出された。

しかし、遺品整理の際に普通に開封される可能性が高い。


アポロンより、

「ゼウス様の偉大なる功績集」


と記載する案が提示された。


出席者からは、高い秘匿性が期待できるとの評価があった。

ただし、ゼウスから強い抗議があったため不採用とした。

代案として、

「ゼウス様の恋愛関係資料」


が提示された。


こちらは全員が開封する可能性が高いため、秘密資料の偽装には不適切と判断した。

なお、ゼウスの恋愛関係資料は、神話、歴史、文学、芸術等の分野に既に相当数存在する。



11.秘密資料をすべて消去する必要性

秘密資料には、単に見られたくない物だけでなく、以下が含まれる可能性がある。


- 金銭的価値のある収集品

- 文化的、歴史的価値を持つ資料

- 芸術作品

- 本人にとって大切な思い出の品

- 家族へ残したい記録

- 他者へ譲渡したい物

- 売却可能な財産

- 確実に処分したい物


これらを一律に消去すると、本人が残したかった記録や、相続すべき財産まで失われる。

したがって、秘密資料は生前に以下の二種類へ分類する必要がある。

残す物

財産、思い出、文化的資料、家族や友人へ引き継ぐ物。

処分する物

内容を他者へ知られず、本人の死後に確実に廃棄する物。

価値のある物については、譲渡先や売却方法を指定する。

思い出として残す物については、家族等へその意思を伝える。

処分対象は一か所へ整理し、本人にも所在不明となるような隠し方は避ける。



12.歴史資料としての価値

本人にとって恥ずかしい日記や私信であっても、後世に歴史的価値を持つ可能性が指摘された。

ゼウスより、自身の恋文も神話研究における重要資料ではないかとの主張があった。

テミスからは、

「被害を受けた側の証言資料としては、価値がある」

との見解が示された。


ゼウスは発言記録の削除を求めたが、都合が悪いという理由による議事録の削除は認められなかった。

なお、本会議そのものが、「本人にとって都合の悪い記録が後世に残る」という議題を実演する形となった。



13.投書への回答


本会議では、以下を正式回答とする。


突然死した後に、秘密資料を完全かつ自動的に処分する方法には、誤作動、財産価値、相続、安全確認などの問題があります。

そのため、残す物と処分する物を生前から分け、処分対象を整理しておくことが最も重要です。

処分手順は信頼できる複数の者へ託し、遺言書等には資料の詳しい内容ではなく、保管場所と処分方法のみを記載してください。

電子資料については、暗号化、一定期間操作がない場合の通知、複数回の確認を経た処理などを補助手段として利用できます。ただし、自動消去だけに依存することは推奨しません。

また、不要となった秘密資料は日頃から整理し、「死ぬ直前にすべて消す」という計画を立てないでください。突然死した場合、その計画は実行できません。


【なお、死神に処分を依頼することはできません。】


最後の一文については、タナトス神の要望により強調して記録した。



14.決定事項


1. 秘密資料は、生前から残す物と処分する物に分類する。

2. 不要な資料は定期的に処分する。

3. 突然死した後の一括処分のみを前提としない。

4. 処分対象は一か所に整理する。

5. 遺言書には、内容の詳細ではなく保管場所と処分方法を記載する。

6. 処分を依頼する者は慎重に選定する。

7. 可能であれば、処分を担当する者を複数指定する。

8. 電子資料には暗号化、段階的通知、猶予期間を設定する。

9. 自動消去装置のみへ依存しない。

10. 金銭的、文化的価値を持つ物は、譲渡先や売却方法を指定する。

11. 死神へ私物処分を依頼しない。

12. 他者に発見された場合でも、社会的な死に至らない範囲で収集することが望ましい。

13. パンドラを安易に不吉や災厄の象徴として扱わない。


最後の決定事項については、本議題の途中で追加された。



15.残された課題


- デジタル資料に関する死後の権限管理

- 暗号化された資料と相続財産の区分

- 自動消去装置の誤作動防止

- 処分執行者の秘密保持

- 歴史的価値を持つ私的資料の扱い

- 本人の意思と遺族の権利の調整

- 神々自身の秘密資料の整理

- パンドラの名誉回復

- パンドラの創造および教育に関与した神々の責任確認

 後半二件については、別途審議が必要と判断する。



16.閉会後

閉会直前、以下の追加投書が確認された。

「神々にも、他者に見られたくない秘蔵品はあるのでしょうか?」


読み上げ後、複数の神々が急用を理由に退室した。

同日、オリュンポス各所において大規模な私物整理が行われた。

確認された主な動きは、以下のとおりである。


- ゼウス:大量の恋文を宮殿から移動

- アポロン:若い頃に執筆した詩集の初稿を封印

- アレス:可愛い動物の置物を武器庫の奥へ移動

- ヘルメス:会議室内の個人記録へ接触


ヘルメスが発見した帳面の表紙には、

『テミス個人記録・閲覧厳禁』


と記されていた。


ヘルメスが手を伸ばしたところ、テミスによる制止が行われた。

その後、大きな木槌の音が会議室内に響いた。

帳面が実際に開封されたかどうかについては、記録から削除されている。

削除を指示した者は、テミス本人である。



17.書記所感


人間も神も、他者に見られたくない過去や記録を持つ。

一方で、すべてを消去すれば、本人が残したかった記憶、思い出、財産、文化的記録まで失われる。

したがって、本件は単なる秘密資料の廃棄問題ではない。

死後に何を残し、何を忘れてもらうのか。

自らの記憶を、どのような形で他者へ引き渡すのか。

それを生前に選択するための議題である。

死の直前にすべてを処分する計画は、突然死には対応できない。

日頃から整理しておくことが、最も単純かつ確実な対策となる。

なお、ベッド下の奥から二番目にある箱については、速やかな生前整理を推奨する。

また、「絶対に開けるな」と記載することは推奨しない。

以上、記録終了。


書記:ムネモシュネ


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