第XX回『神々の装備依存について』 ―オリュンポス本部― 前編
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議題: 神々の装備依存について
開催場所: オリュンポス本部
司会: テミス
書記: ムネモシュネ
審議区分: 通常審議・実地検証・長期経過観察
参集メンバー
出席: ゼウス、ヘルメス、アテナ、アポロン、アルテミス、アレス、プロメテウス、ヘラクレス、ポセイドン、ハデス、ヘパイストス、ヘラ、アフロディーテ、ヘスティア
特別参加: オーディーン(北欧神話)、トール(北欧神話)、ロキ(北欧神話)、スカディ(北欧神話)、テュール(北欧神話)、スサノオ(日本神話)
投書者: 神話を読んでいて気になった人間
投書
「神様達って、本人より装備が強すぎじゃないですか?
逆に、装備を奪われたらやばくないですか?」
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テミスは投書を読み終え、ゆっくりと机へ置いた。
会議室に並ぶ神々が、それぞれ自分の装備へ目を向ける。
ゼウスの雷霆ケラウノス。
ポセイドンの三叉槍トライデント。
アテナの盾アイギス。
アルテミスとアポロンの金、銀の弓矢。
ヘルメスの翼のサンダル、タラリア。
ハデスの隠れ兜。
そして、北欧神話から持ち込まれたトールの持つ槌のミョルニルとオーディーンの槍のグングニル。
コン、コン。
―木槌が二度、打ち鳴らされた—
テミス:「それでは、第XX回神話系ミーティングを開会します。本日の議題は、神々の装備依存についてです」
ゼウス:「依存とは失礼ではないか?」
ヘルメス:「じゃあ、雷霆なしで、いつもと同じ雷を出せるのかい?」
ゼウス:「出せる!」
ヘルメス:「実演をお願いしするよ」
ゼウス:「今日は屋内だから危険だ」
ヘルメス:「屋外へ移動する?」
ゼウス:「環境への影響がある」
ヘルメス:「では、威力を抑えて――」
コツ。
―木槌が小さく鳴らされた―
テミス:「煽らないでください」
ゼウスは腕を組み、明後日の方向を見て続けた。
ゼウス:「できないわけではない、ワシは最高神として皆の安全へ配慮しているだけだ!」
ムネモシュネは何も言わず、その発言まで記録した。
◇神器は神の一部なのか
テミス:「まず確認します。神器とは、神自身の力を補助する道具ですか。それとも、神器を含めて神の力なのかですね」
ポセイドン:「私の三叉槍は、海を統べる権能と王権の象徴だ。単なる武器ではないぞ」
ヘルメス:「つまり、失くすと海の王としての説得力は沈むんですね」
ポセイドン:「沈まん!」
ヘルメス:「三叉槍を持たずに浜辺へ立っていたら、ただの立派な漁師に間違えられない?」
ポセイドン:「ならば、海を荒らしてみせよう!」
カン!
―木槌が強く鳴らされた―
テミス:「双方、波風を立てないでください!」
ポセイドンは不満そうに三叉槍を抱え直した。
アテナ:「神器には、攻撃力以外の意味もある。所有者の神格、役割、権威を視覚的に示すものだ」
アポロン:「私の弓は、遠方まで届く神意や、疫病と癒やしの力を象徴している」
アルテミス:「私の弓も、狩猟と月の静けさを表すもの。奪われたからといって、狩猟の知識まで失うわけではないわ」
アレス:「真の戦士なら、武器など選ばん。剣を失えば槍を使い、槍を失えば拳で戦う!」
ヘルメス:「じゃあ、今後は装備なしで戦場へ行けるね」
アレス:「そ、装備があるなら使うものだ」
コツ。
―木槌が小さく鳴らされた―
テミス:「煽らないでください」
◇過去の神器盗難事例
テミス:「実際に、神器を奪われた事例を確認してみましょう。資料によると、トール様?お願いします」
赤髪と赤髭を持つ、筋骨隆々の巨漢、北欧神話の雷神トール。
トールは髭を撫でながら視線をそらした。
その隣には、細身で中性的な美青年、赤みを帯びた髪と緑の瞳をした北欧神話の悪戯好きの神ロキ。
ロキが薄ら笑いを浮かべながら楽しそうに手を挙げる。
ロキ:「ミョルニルが盗まれてたよな」
トール:「あれは特殊な事例だ」
ロキ:「取り返すために、トールが花嫁へ変装したんだよな」
トールの花嫁姿を想像した面々。
会議室が静まり返った。
ヘルメス:「資料によると雷神の装備が盗まれ、所有者が女装して敵地へ潜入し、結婚式の途中で奪還した、と」
ヘルメス:「よく、うっぷ、だませたね」
ロキ:「ひひ、簡潔にまとめると余計にひどいな!」
ダン!
トールが机を叩いた。
トール:「特殊な事例だと言っている!」
ヘルメスとロキ、極めて厄介なコンビが誕生した。
テミス:「重要な盗難事例です。ふふ、煽らないでください」
ヘルメス:「今、笑わなかった?」
テミス:「笑っていません!」
カン!
―木槌が強く鳴らされた―
灰色の長髪と髭を蓄えた隻眼の男、肩や周囲には二羽の鴉が控える。北欧神話の最高神オーディーンがグングニルを手に持ち目を細め口を開いた。
オーディーン:「グングニルならば、奪われても扱える者は限られる」
アテナ:「敵が扱えた場合は?」
オーディーン:「必中の槍が、こちらへ向かって飛んでくる」
テミス:「最悪ですね」
オーディーン:「……確かに最悪だな」
ヘパイストス:「なら、所有者だけが使えるように出来ねぇのか。所有者以外が握ったら、握った者を呪い殺すとか」
ヘルメス:「神器にも、ようやくセキュリティ機能が導入されますか」
トール:「ミョルニルは、持ち上げる者を選ぶぞ」
ロキ:「でも盗まれたじゃん」
トール:「お前、今日はそれしか言わないつもりか?」
◇隠れ兜の使用目的
ハデス:「私は隠れ兜を失っても、冥界の統治には支障がない」
ヘルメス:「そもそも普段から冥界にいるので、姿を消す機会も少なそうですね」
ハデス:「言われてみれば、使用頻度は高くないな」
ゼウス:「ならば、私が借りても――」
ヘラ:「何に使うのです?」
ゼウス:「まだ何も言っていない」
ヘラ:「では、使用目的を説明してください」
ゼウス:「……地上の視察だ」
ヘラ:「誰に会うために?」
ゼウス:「個人を特定する質問には回答を控える」
カン! カン! カン!
―木槌が三度、強く打ち鳴らされた―
テミス:「隠れ兜の貸与申請は却下します!」
ゼウス:「まだ申請書も出しておらん!」
テミス:「出される前に禁止します」
ヘラ:「正しい判断よね」
◇日本神話における神器譲渡事例
テミス:「日本神話から、神器を自ら手放した事例についても確認します」
腰に剣を差していない荒々しい男神が立ち上がった。
海原や嵐を司り、八岐大蛇を討った英雄神スサノオである。
スサノオ:「俺は八岐大蛇の尾から見つけた天叢雲剣を、姉貴へ献上したぞ」
ヘルメス:「強力な神剣を自ら手放したのかい?」
スサノオ:「そうだ」
アテナ:「神器へ依存しない姿勢としては、非常に思い切っているな」
スサノオ:「いや、姉貴に許してもらうためだ」
テミス:「神器が、謝罪品として使用された事例ですね」
スサノオ:「その書き方だと、ものすごく怒らせたように見えるだろ!」
ヘルメス:「実際、すごく怒らせたのでは?」
スサノオは答えなかった。
ムネモシュネ:「沈黙も記録しました」
◇神器管理制度の提案
アテナ:「問題は、神器が強力なことではなく、失われた場合を想定していないことだろう」
テミス:「必要な対策は?」
アテナ:「装備なしでの訓練、盗難防止、位置追跡、紛失時の回収手順。それに敵に使用された場合の対抗策の必要性があるだろう」
ヘパイストス:「使用者認証に加えて、遠隔停止機能は付けられるぜ、位置追跡も多分大丈夫だ」
ゼウス:「位置追跡は必要ないのではないか?」
ヘラ:「必要です」
ゼウス:「神器だけを追跡するのだな?」
ヘラ:「常にあなたが持っているなら、結果は同じでしょう」
ゼウス:「個神情報の侵害ではないか?」
ヘラ:「日頃の行いでしょう」
テミス:「神器管理の審議ですが、何故、ゼウス様の行動監視の話になっているのですか」
コツ。
―木槌が小さく打ち鳴らされた—
テミス:「では以上を踏まえ、神器の対策はヘパイストス様に任せるとして、まずは神器を使用しない基礎訓練を実施してみることを推奨します」
アレス:「訓練内容は?」
アテナ:「走る、跳ぶ、投げる、組み合う。単純な身体能力と技術を確認するのがいいだろう」
アレス:「戦争ではないのか?」
テミス:「訓練です」
アレス:「戦争のほうが早いぞ」
テミス:「訓練です!他に異論のある方はいますか」
異論は上がらなかった。
テミス:「では、まず」
カン。
―木槌が打ち鳴らされた—
神器を持たない神々の能力測定訓練が可決された。
◇神器を持たない神々の能力測定訓練
数日後。
地上、オリンピアの競技場に集まった神々。
なお、競技場の観客席には、投書の内容に答える意味も含め、神器のない神々の力を見せつけるために人間達が招待されていた。
競技場の傍らでは、神々の神器を保管する箱が並べられていた。
ヘパイストスが、預けられた神器を一つずつ確認していく。
ヘパイストス:「雷霆、三叉槍、アイギス、弓、翼のサンダル、隠れ兜……」
ハデス:「私の兜は見えているか?」
ヘパイストス:「保管中まで透明にするな。失くしたと思うだろうが!」
テミス:「本日は、神器を持たない状態で、皆さん自身の能力を確認します」
ヘルメス:「翼のサンダルは?」
テミス:「神器です。預けてください」
ヘルメス:「帽子は?」
テミス:「翼が付いていますね」
ヘルメス:「杖は?」
テミス:「置いてください」
すべての装備を預けたヘルメスが、自分の足元を見る。
ヘルメス:「神器がないのはやはり心細いね」
アポロン:「安心しろ。神器がなくても私は変わらず美しい」
ヘルメス:「それ、安心する要素ある?」
神々の測定する能力は、各々、人間に力を見せつけるように思い思いである。
尚、公平な測定のため、審判にテミス、記録にムネモシュネ、手伝いにホーライが付いている。
当初は、神器への依存度を確認するだけの訓練だった。
しかし、この時すでに。
神々の間には、競技という名の火が灯り始めていた。
◇短距離走
開始線には、ヘルメス、アポロン、アレスが並んだ。
アレス:「なぜ俺が走らねばならん?」
アテナ:「戦場で敵を追うだろう」
アレス:「追われることはない」
ヘルメス:「今日は、僕達を追いかける側になれますよ」
アレス:「よし。貴様から倒す」
ピィッ!
―ホイッスルの音が響く―
テミス:「倒してはいけません」
いつもの木槌ではなく、そこには笛を吹くテミスの姿があった。
そして、開始線に並ぶ三柱の神々。
ホーライの一柱の女神、ディケーが旗をもって開始線の前に立った。
三柱が姿勢を低くする。
翼のサンダルを持たないヘルメス。
弓も戦車もないアポロン。
鎧を脱ぎ、己の身体だけで立つアレス。
競技場が静まり返った。
テミス:「位置について――よーい」
ディケーが旗を三柱の神の前に突き出す。
テミス:「ドンっ」
ディケーが勢いよく旗を振り上げた。
三柱が飛び出す。
最初に前へ出たのはアレスだった。
鍛え抜かれた脚が地面を蹴り、砂を巻き上げる。
アレス:「どうした、伝令神!」
ヘルメス:「まだ始まったばかりだよ!」
中盤。
ヘルメスが少しずつ差を縮める。
翼はない。
神速を与えるサンダルもない。
それでも、数え切れないほど地上を駆け、神託を届け続けた足がある。
チカッ、チカッ!
発光しながら走るアポロンも遅れてはいない。
美しい姿勢を崩さず、二柱の横へ並ぶ。
アポロン:「私を忘れてもらっては困る!」
ヘルメス、アレス:「眩しい!」
ピィ。
―ホイッスルが短くなる―
テミス:「アポロン様、発光を抑えてください」
そして残り、わずか。
三柱が、ほとんど同時に終点を駆け抜けた。
ムネモシュネ:「一着、ヘルメス。二着、アポロン。差は指一本分です」
人間達から、大きな歓声が上がる。
ヘルメスは膝へ手をつき、息を切らしていた。
アポロンも、その隣で肩を上下させている。
アポロン:「翼がなくても……速いではないか」
ヘルメス:「あなたこそ。弓だけの神ではありませんね」
二柱は顔を見合わせ、握手を交わした。
アレス:「俺は?」
ムネモシュネ:「三着です」
アレス:「今のは準備運動だからな!」
テミス:「最も早く走り出していましたよ」
◇円盤投げ
アレスが円盤を握る。
アレス:「先ほどの雪辱を晴らす」
トール:「走る競技の雪辱を、投げる競技で晴らすのか?」
アレス:「勝てばよい!」
アレスが円盤を放つ。
円盤は激しい音を立てながら空を切り、遠くの地面へ突き刺さった。
アレス:「見たか!」
続いて、トールが円盤を手にする。
獅子の毛皮も、棍棒も預けている。
あるのは、幾多の試練を乗り越えた身体だけだった。
トールの円盤は、アレスの記録を越える。
アレス:「もう一度だ!」
二投目。
アレスは、トールの記録を越えた。
トールは、それをさらに越える。
三投目。
アレスは円盤を握ったまま、しばらく動かなかった。
いつものような力任せではない。
足の位置を確かめ、呼吸を整え、トールの動きを思い返す。
全身の力を一つにまとめ、円盤を放った。
円盤は、これまでで最も美しい軌道を描く。
トールの記録を、わずかに越えた。
アレス:「見たか、トール!」
トール:「ああ。見事だった」
トールは最後の円盤を受け取る。
これを越えれば勝利。
届かなければ敗北。
トールが投げた円盤は高く舞い上がり、アレスの円盤とほぼ同じ場所へ落ちた。
ディケーが測定いて結果をムネモシュネに伝える。
ムネモシュネ:「トール様が、半歩分だけ上回っています」
アレスは、その場で天を仰いだ。
ヘラクレスが歩み寄る。
トール:「よい勝負だったぞ」
アレス:「……次は勝つ」
トール:「では、また競おう」
アレスは、差し出された手を握った。
その光景へ、人間達から惜しみない拍手が送られる。
ゼウス:「おぉ、アレスが競技を通じて友情を学んでいるぞ……」
アテナ:「奇跡だな」
アレス:「聞こえているぞ!」
◇槍投げ
やり投げでは、オーディーンが用意された普通の槍を見つめていた。
オーディーン:「必中機能がない」
テミス:「普通の槍にはありません」
オーディーン:「投げても手元へ戻らない」
ロキ:「グングニル基準で話すなよ」
オーディーンが投げた槍は長い距離を飛んだものの、目標線からわずかに外れた。
オーディーン:「風が悪い」
ロキ:「神器を持たないと、言い訳まで人間的だな」
◇レスリング
アレス:「次こそ、私の領域だ!」
対するヘラクレスも、静かに構える。
テミス:「相手を殺傷する行為は禁止します」
アレス:「戦いと何が違う?」
アテナ:「勝ったあと、相手と握手できることだ」
開始。
二柱が正面から組み合う。
最初に押したのはヘラクレスだった。
圧倒的な怪力により、アレスの足が地面を滑る。
しかし、アレスは腰を落とし、相手の力を受け流した。
ヘラクレス:「力任せだけではないか」
アレス:「俺は戦の神だぞ!」
体格ではヘラクレス。
技術と駆け引きでは、幾多の戦場を知るアレス。
一進一退の攻防が続く。
やがてヘラクレスが、アレスの身体を持ち上げた。
アレス:「まだだ!」
投げられる直前、アレスが体勢を入れ替える。
二柱は同時に地面へ倒れ込んだ。
砂煙が晴れる。
二柱とも、仰向けに倒れていた。
ムネモシュネ:「同時です」
アレス:「私の勝ちだ!」
ヘラクレス:「なぜだ?」
アレス:「私のほうが大きな音を立てて倒れた!」
ピィッ。
―ホイッスルの音が鳴った―
テミス:「謎の判定基準を作らないでください」
結果は引き分けとなった。
―後編へ続く




