第XX回 『人類共通の意思伝達手段について』ーオリュンポス本部ー
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議題:人類共通の意思伝達手段について
開催場所:オリュンポス本部
司会・書記:テミス
記録補助:ムネモシュネ(審議の継続中より参加)
参集メンバー
出席:ゼウス、ヘラ、ヘルメス、アテナ、アポロン、アルテミス、アレス、アフロディーテ、ポセイドン、プロメテウス、ヘパイストスほか
特別ゲスト:トート(エジプト神話)
投書者:不明
投書内容:
鹿と思われる動物、人間、槍、山、複数の線を描いた石板。
正確な内容は判読不能。
※本会議は、人類文明の発展に伴い、非常に長い期間にわたって断続的に継続されたものとして記録する。
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『神話系ミーティング』発足から、まだ間もない頃。
「投書」という制度そのものが、手探りだった。
テミスのもとへ、一枚の石板が届けられた。
テミス:「…………」
鹿らしきもの。
人間らしきもの。
槍。山。
そして、謎の線。
テミス:「……何が書いてあるのでしょう」
ゼウス:「鹿だな」
アルテミス:「鹿ね」
アテナ:「鹿のようだ」
アポロン:「狩猟の報告かな」
アレス:「戦いの報告だろう」
テミス:「鹿と戦争を結びつけないでください」
アレス:「槍がある」
ヘルメス:「『山に鹿を狩りに行った』とか?」
アテナ:「『山に鹿がいるから、狩ってほしい』かもしれないな」
アルテミス:「なるほど。私の出番ということね」
狩猟を司る女神アルテミスが、弓を手にした。
カン!
―木槌が強く打ち鳴らされた―
テミス:「違います! 弓をしまってください!」
全員が、もう一度石板を見た。
テミス:「つまり、分からないことが分かりました」
会議は、早くも止まった。
ゼウス:「そこからか……」
コツ。
―木槌が小さく打ち鳴らされた―
◇「投書」を成立させるには
テミス:「人類が何かを伝えようとしていることだけは分かります。しかし、内容を正確に理解できません」
テミスは、自分で会議内容を記録しながら続けた。
テミス:「今後、人類から意見を受け付けるのであれば、まず、意思を記録する方法そのものが必要です」
ヘルメス:「絵じゃ駄目なのかい?」
アテナ:「具体的な物なら便利だ。しかし、抽象的な意味になると難しいだろう」
アテナが簡単な絵を描いた。
火。人。家。
アテナ:「これは、何を意味します?」
アレス:「敵の家を焼け!」
ヘパイストス:「家が火事だろ」
プロメテウス:「家で火を使いたい、とも読めるな」
テミス:「……やはり、駄目ですか」
◇絵を「意味の決まった形」にする
人類が頻繁に描くものを調べることになった。
太陽。月。人。水。火。
獣。食料。住居。
ヘパイストス:「毎回、こんな細かく描いてたら面倒じゃねぇか?」
アテナ:「特徴だけ残して、簡略化しましょう」
絵は、少しずつ単純な形になっていった。
プロメテウス:「そして、『この形なら、この意味』と決める」
ヘルメス:「絵というより、記号だな」
そこで、テミスは専門家を招くことにした。
◇特別ゲスト――トート
エジプト神話における知恵・文字・学問の神、トート。
人の身体にトキの頭を持ち、書記道具を携えていた。
トートは、人類の残した大量の絵を眺めた。
トート:「ほう。面白いところまで来ておる」
テミス:「人類に、より正確な記録方法を与えたいのです」
トート:「ならば、絵を描くことから一段進めようではないか」
トートは、一つの絵を簡略化した。
トート:「形に意味を持たせるのだ」
さらに、別の形を書いた。
トート:「そして、それを皆で共有する」
ヘルメス:「文字か」
トート:「その入口じゃな」
絵を簡略化し、一定の意味や音を持つ文字へ発展させる。
その方向性が、見え始めた。
トート:「これを体系化して、人類へ伝えればよい。物の名だけではない。数も、出来事も、約束も残せるようになるじゃろ」
ヘルメス:「いいじゃないか。最初みたいな『鹿なのか、狩りなのか分からない投書』も減るだろ」
コン。
―木槌が打ち鳴らされた―
テミス:「まずは、これを天啓として人類に降ろしましょう。異議のある方は?」
ゼウス:「待て!」
ゼウスが大きな声で待ったをかけた。
◇文字伝授への異議
オリュンポスの最高神が、異議を唱えた―
ゼウス:「……本当に、それを人間へ与えてよいのか?」
プロメテウス:「文字のことか?」
ゼウス:「そうだ」
ゼウスは腕を組み、珍しく真剣な表情を見せた。
ゼウス:「文字を持てば、人間は自らの知識を後世へ残せるようになる」
トート:「それも目的となるが」
ゼウス:「一人の人間が死んでも、その知識は残る。次の世代はそれを読み、さらに新たな知識を書き加えるであろう」
プロメテウス:「その通りだ」
ゼウス:「何百年、何千年と繰り返せば、人類は膨大な知識を蓄積することになるぞ」
議場の空気が、少し引き締まった。
ゼウス:「そして、一度文字として残ったものは……」
一拍。
ゼウス:「……なかなか消えんのだろう?」
トート:「まあ、保存状態が良ければな」
ゼウス:「何千年くらい?」
トート:「石に刻めば、相当残るじゃろうな」
ゼウス:「石!?」
なぜか、ゼウスの顔色が変わった。
ヘルメス:「……ゼウス?」
ゼウス:「いや、待て。そこは重要だ。人類は、神々についても記録するのだろう?」
トート:「当然するじゃろう」
ゼウス:「…………」
どことなく落ち着かない様子のゼウス。
アテナ:「まさか!」
ゼウス:「いやいやいや。違うぞ。わしは純粋に、人類文明の行く末を案じているだけじゃぞ」
ヘルメス:「まだ、誰も何も言ってないけど」
ゼウス:「例えばだ!」
妙に早口になった。
ゼウス:「神々の偉大な功績を記録する。それはよい。雷で巨人を倒したとか! 世界の秩序を守ったとか! そういうものは、積極的に残すべきだろう!」
テミス:「……都合よく選別しましたね」
ゼウス:「だが、神々にも多少の……その……若気の至りというものがある」
テミス:「多少?」
ゼウス:「多少だ!」
ヘルメス:「本当に?」
ゼウス:「多少だ!」
プロメテウス:「つまり、ゼウスは――」
ゼウス:「人類のためだ」
プロメテウス:「まだ何も言っていない」
ゼウス:「人類のためだからな」
ヘルメス:「これ、絶対に自分の話だ」
ゼウス:「違う!」
トートが、首を傾げた。
トート:「具体的に、何を記録されると困るのじゃ?」
ゼウス:「具体例を求めるでない!」
テミス:「分かりやすくなってきましたね」
ダンッ!
ゼウスは机を叩いた。
ゼウス:「考えてもみろ! 何千年後の人間が、我々について書かれた記録を読むのだぞ!」
ヘルメス:「うん」
ゼウス:「しかも、人間というのは、妙なところを面白がる!」
アポロン:「それは否定できないな。それこそが芸術なのだから」
ゼウス:「偉大なる最高神ゼウスの功績より、妙な逸話ばかり後世に残ったらどうする!」
沈黙。
ゼウスだけではなかった。
ヘラ:「…………」
アポロン:「…………」
アルテミス:「…………」
アレス:「…………」
アフロディーテ:「…………」
ポセイドン:「…………」
神々が、次々と視線を逸らした。
妙に長い沈黙が、会議室を支配した。
トート:「……どうした?」
誰も答えなかった。
トート:「なぜ、急に静かになった?」
ヘルメス:「トート」
トート:「なんじゃ?」
ヘルメス:「世の中には、知らない方が幸せなこともあるんだよ」
コツ。
―木槌が小さく打ち鳴らされた―
テミス:「文字と記録について議論している最中に、情報の隠蔽を画策しないでください」
ヘルメス:「いや、僕はむしろ、みんなを守ろうとして――」
ヘルメスが言葉を止めた。
少し考えた。
ヘルメス:「…………」
そして、静かに視線を逸らした。
テミス:「あなたもですか!」
ヘルメス:「長いこと生きていれば、まあ……色々あるよね」
ふとテミスが、アテナを見た。
アテナ:「…………」
テミス:「アテナ?」
アテナ:「私は何も言っていない」
テミス:「なぜ、目を逸らしたのです?」
アテナ:「…………」
沈黙する者が、また一柱増えた。
トート:「オリュンポスとは、そんなに記録されて困る場所なのか?」
プロメテウス:「…………まあ」
プロメテウスは、会議室を見渡した。
プロメテウス:「長い歴史があるからな」
テミス:「非常に好意的な表現を選びましたね」
◇記録される側の都合
ゼウスが、勢いよく立ち上がった。
ゼウス:「ほら見ろ!」
一斉に、ゼウスを見た。
ゼウス:「わしだけではないではないか!」
ヘラ:「あなたは量が違うでしょう」
ゼウス:「なぜ、わしだけ件数で評価されるのだ!?」
アポロン:「件数という言葉を使った時点で、だいぶ駄目な気がしますが」
ポセイドン:「神話とは長いものだからな。多少の荒事はある」
アテナ:「多少?」
ポセイドン:「…………」
アレス:「戦争関連なら、俺は職務上仕方ない部分もあるだろ!」
テミス:「職務上で済ませられない案件もあります」
アレス:「…………」
アフロディーテ:「愛に関する出来事は、後世の人間が勝手に面白おかしく解釈する可能性もありますわ」
ヘパイストス:「…………」
アフロディーテが止まった。
アフロディーテ:「……あなたは、何も言わないで」
ヘパイストス:「まだ何も言ってない」
再び、沈黙。
トートが、テミスへ小声で尋ねた。
トート:「……文字を与えない方が、よいのではないか?」
テミス:「あなたまで流されないでください」
コツ。
ゼウス:「だから言ったのだ! 文字とは恐ろしい!」
テミス:「人類にとってではなく、あなたたちにとってでしょう」
ゼウス:「一度記録されたら、何千年も残るのだぞ!」
ヘルメス:「しかも、写される」
ゼウス:「やめろ」
トート:「翻訳もされるじゃろうな」
ゼウス:「やめろ」
プロメテウス:「物語として広まる可能性もあるな」
ゼウス:「やめろと言っている!」
プロメテウス:「演劇になるかもしれない」
ゼウス:「プロメテウス! ……演劇は、ちょっといいか」
ヘルメス:「彫刻とか、絵画とかも」
アフロディーテ:「…………」
ヘルメス:「あ」
アフロディーテ:「今、それ以上言わない方がよろしくてよ」
ヘルメス:「はい」
カン!カン!カン!
―木槌が三度、強く打ち鳴らされた―
テミス:「記録される側の好みで、人類の文明を止めないでください!」
◇文字の有用性
テミスは、記録板へ文字を刻んだ。
テミス:「では、本件についてまとめます」
ゼウス:「待て。何を書くつもりだ」
テミス:「『人類への文字伝授について、複数のオリュンポス神より懸念が表明された』」
数柱が、安堵した。
テミス:「『主な懸念――自身の過去の言動が、後世まで保存される可能性』」
再び、全員が沈黙した。
ゼウス:「テミス」
テミス:「はい」
ゼウス:「今、我々が恐れている使い方を、目の前で実演するのはやめてくれんか」
テミス:「議事録ですから」
ヘルメス:「もう、文字の有用性は証明されたな」
ゼウス:「我々にとって、最悪の形でな!」
プロメテウスが腕を組んだ。
プロメテウス:「だが、それこそ文字を与える理由になる」
ゼウス:「どうしてそうなる!」
プロメテウス:「偉大な功績も、失敗も、都合の悪い出来事も残る。それを次の世代が読み、考えることができる」
ゼウス:「正論で殴るな」
アテナ:「逆に考えよう。我々の失敗からも、人類は学び取ることができるのだと……」
テミス:「では、人類への文字の伝授を進めます」
ゼウス:「せめて、神々に関する記述には事前確認を!」
テミス:「却下します」
ゼウス:「訂正請求!」
テミス:「事実誤認であれば検討します」
ゼウス:「削除請求!」
テミス:「都合が悪いという理由では認めません」
ゼウス:「忘れられる権利!」
テミス:「まだ早いです」
テミスは、会議室を見渡した。
テミス:「ほかに異議は?」
誰も手を挙げなかった。
テミス:「では、決定します」
コン。
―木槌が打ち鳴らされた―
こうして、人類への文字の伝授が進められた。
後世には、神々の偉大な功績、英雄たちとの戦い、世界創造の物語。
愛、嫉妬、争い。
そして、神々としては忘れてほしかった数々の出来事まで、幅広く記録されていくことになる。
後世の人類が、どの話を特に好んで語り継いだかについては――
オリュンポス本部の名誉のため、ここでは割愛する。
◇文字の普及
時代が流れた。
人類は、文字を使うようになった。
物。数。名前。出来事。場所。
やがて、音や概念も文字によって表すようになった。
その場にいない者へ、より詳しい情報を残すことができるようになった。
テミスのもとへ、新しい投書が届いた。
今度は、絵だけではない。
文字が並んでいた。
テミスは、しばらく眺めた。
テミス:「……読めますね」
一同が、少しざわついた。
ヘルメス:「おお」
プロメテウス:「最初の板から、随分進歩したな」
テミス:「ええ。ただ……」
机の上には、人類から届いた記録、会議資料、過去の審議内容、神託、投書。
すべてを、テミス自身が整理していた。
テミス:「人類の記録量が増えるのに比例して、こちらの記録量まで増えているのですが」
ヘルメス:「文明発展の弊害が、神界に来た」
テミス:「笑い事ではありません」
◇「記憶」を整理する者
資料の山が増え続けた、ある日。
一柱の女神が、会議室を訪れた。
青紫の長髪に紫の瞳。落ち着いた知的な雰囲気をまとう、記憶の女神ムネモシュネ。
書物や記録板を抱えた姿が、よく似合っていた。
ムネモシュネ:「テミス。随分と記録が増えましたね」
テミス:「言語の発展については、私よりも、あなたの方が詳しいでしょう」
机の上には、大量の資料があった。
ムネモシュネ:「整理を手伝いましょうか?」
テミス:「お願いします」
即答だった。
ヘルメス:「早い」
テミス:「切実です」
ムネモシュネは、過去の記録を分類し始めた。
ムネモシュネ:「この案件は、前回の審議と関連しています。こちらは人類の文字発達以前。この資料は、文字体系の成立後ですね」
テミス:「……非常に助かります」
こうして、ムネモシュネは記録補助として顔を出すようになった。
この時点では、まだ正式な書記ではない。
後にテミスが、司会と記録の両立に限界を迎えた際、正式に任命されることになる。
それは、もう少し後の話である。
◇言語を文字で残す
文字を獲得した人類は、話し言葉を記録し、さらに複雑な表現を残すようになった。
単語。語順。文法。発音。
比喩。歴史。物語。詩。
トート:「文字は、もはや単なる記録道具ではないな」
アテナ:「人類自身が、表現の体系を整え始めている」
ムネモシュネ:「そして、その体系そのものを後世へ記録しています」
テミス:「言語についての知識も、文字によって継承される段階に入ったわけですね」
さらに、時代が流れた。
神々のもとには、各地の様々な言語や文字による記録が届くようになった。
ヘルメス:「……多すぎじゃないか?」
異なる言語。
異なる文字。表現。文法。
トート:「地域ごとに、独自に発展してきたのじゃな」
アテナ:「それだけ、人類の文化が多様だということです」
ヘルメス:「でも、外国の人とは話が通じないこともあるぞ」
テミス:「最初の問題が、別の形で戻ってきましたね」
人類は、通訳、共通語、辞書、翻訳などを自ら発達させていった。
神々は、それを見守ることにした。
◇記号の再発見
時代は、さらに進んだ。
数字。道路標識。地図記号。
案内表示。危険表示。
プロメテウス:「文字がこれほど発展しても、記号は消えなかったか」
アテナ:「言語を知らなくても、情報を伝えやすいという利点があるからな」
ヘルメス:「結局、最初の絵にも、ちゃんと意味があったってことだね」
◇顔文字
さらに、時が流れた。
(^_^) (T_T) \(^o^)/ (⋈◍>◡<◍)。✧♡
orz
トート:「……なんじゃ、これは」
ヘルメス:「顔かな」
トート:「記号じゃぞ?」
ムネモシュネ:「『顔文字』と呼ばれているものです」
アテナ:「文字だけでは伝わりにくい感情を、補っているようだな」
トート:「記号から、絵に戻っておらんか?」
◇絵文字
さらに、時が流れた。
電子の画面には、色付きの顔や乗り物、建物などが一文字サイズの絵として表示されていた。
トート:「本当に、絵に戻ったぞ!」
テミスは、はるか昔に届いた最初の投書を取り出した。
鹿。人。槍。山。
そして、現代の絵文字。
プロメテウス:「似ているな」
アテナ:「しかし、同じではない」
知恵の女神は、どこか満足そうだった。
最初の投書は、共有された文字の仕組みがないまま、絵で用件を伝えようとしていた。
今の人類は、高度な文字文化を持った上で、絵も使っていた。
◇文字による絵画表現
さらに、時が流れた。
文字や記号を並べて作られた絵が、資料に掲載された。
∧_∧
(・ω・ )
/ \
(_つ と_)
/> フ
| _ _|
/ ミ_xノ
/ |
| ヽ ノ
| | | |
\_ヽ_ヽ_)
トート:「…………」
ヘルメス:「猫」
アルテミス:「猫」
トート:「文字じゃぞ!」
ムネモシュネは、淡々と記録した。
ムネモシュネ:「人類は、絵から文字を作り、その文字を使って、再び絵を作るようになった、と」
トート:「冷静に記録すると、余計におかしく聞こえるのぉ!」
……コン。
―木槌が打ち鳴らされた―
テミス:「では、そこまでの発展を整理しましょう」
◇長い審議の到達点
絵と記号による伝達。
文字の成立。
言語や知識の記録。
文化の多様化と翻訳。
共通記号。
顔文字、絵文字、文字による絵画表現。
テミスは、最初の投書と現在の記録を並べた。
テミス:「随分、遠くまで来ましたね」
プロメテウス:「そして、どこか最初の場所へ戻ってきた」
アテナ:「ただし、同じ場所ではない」
ムネモシュネ:「――円ではなく、螺旋。そう記録しましょう」
テミスが、小さく頷いた。
テミス:「お願いします」
かつて、一人で記録を取っていたテミスの隣で。
今は、記憶の女神が筆を走らせていた。
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―人類意思伝達・文字発展記録―
関連会議:第XX回 神話系ミーティング
オリュンポス本部『人類共通の意思伝達手段について』
記録整理:ムネモシュネ
監修:テミス
※長期間にわたる継続審議を、後に整理した記録である。
※文字伝授等の経緯は、本会議における創作上の記録として扱う。
1.発端
人類より神々へ、何らかの訴えと思われる石板が届けられた。
鹿と思われる動物、人間、槍、山、複数の線を組み合わせた絵で構成されていた。
しかし、以下のように複数の解釈が成立した。
・山へ鹿を狩りに行く。
・山に鹿がいる。
・鹿に襲われた。
・槍を持って、山へ来てほしい。
正確な意思の把握には至らなかった。
絵は具体的な対象を示すことには適しているが、誰が、いつ、どこで、何をしたのか、何を望んでいるのかを正確に伝えるには、共有された仕組みが必要である。
本会議では、『人類が自らの意思を正確に伝達し、記録できる方法を整える』ことを目的とした。
2.絵による意思伝達
初期の記録手段として、対象物を直接描く方法が確認された。
動物を伝えたければ、動物を描く。
太陽を伝えたければ、太陽を描く。
人を伝えたければ、人を描く。
直感的であり、共通言語を持たない者同士でも、一定の意思疎通が可能であった。
一方、描写能力による個人差が大きく、複雑な概念や行動を正確に表すには限界があった。
記録:
『伝わる。しかし、正確には伝わらない。』
3.絵から記号へ
頻繁に使用される絵について、特徴を残したまま形を簡略化した。
さらに、『この形は、この意味を示す』という共通認識を形成する方向へ進めた。
描く速度、再現性、共有性が向上した。
上手に描くことだけでなく、同じ意味で理解できることが重要となった。
4.文字の成立
知恵・文字・学問を司るトート神の協力により、記号をさらに体系化した。
物そのものを示すだけでなく、数、行動、人名、場所、概念、音などを表現する方向へ発展させた。
これにより、人類は、その場にいない相手へ詳しい情報を伝え、未来の人間へも情報を残す手段を獲得した。
5.文字伝授に関する神々の反応
文字が長期間情報を保存できることについて、ゼウス神より強い懸念が表明された。
当初は、『人類が知識を世代を越えて蓄積し続ける危険性』が理由として提示された。
審議の進行に伴い、『神々の過去の言動まで、後世へ記録されるのではないか』という懸念も含まれることが判明した。
この指摘がなされた際、オリュンポスの複数の神々が同時に沈黙した。
理由については記録済み。
詳細は、本記録の目的から外れるため割愛する。
記録確認時、以下のやり取りあり。
ゼウス:「その記録、本当に必要か……?」
ムネモシュネ:「記録ですので」
6.記録と知識の蓄積
文字の普及により、人類は記憶や知識を外部へ保存し、より詳しく継承できるようになった。
一世代が発見したものを記録する。
次の世代が読み、その続きを発見し、さらに記録する。
口伝に加え、記録、保存、継承、追記、体系化の仕組みが発達した。
なお、この頃より神界側でも記録量が急増した。
司会進行と記録を一人で担当していたテミスの負担が増大したため、私、ムネモシュネが記録整理を補助するようになった。
私見:
『人類が記録技術を発達させた結果、神々の記録業務まで増加するとは、予想していなかった。』
7.言語表現の記録と体系化
人類は、文字以前から話し言葉を用いていた。
文字の発達によって、単語、発音、語順、文法、文脈、比喩、慣用表現などを記録し、整理して継承できるようになった。
感情、思想、物語、法律、歴史、学問など、直接目に見えないものも、より詳しく残せるようになった。
8.言語・文字の多様性
各地の人類が異なる文化を形成し、言語や文字も独自の発展を遂げた。
その結果、異なる言語を使う者同士では、意思疎通が困難になる場合があった。
人類は、通訳、翻訳、辞書、共通語などを発達させ、自ら対処を進めた。
言語の多様性については、人類文化の多様性とともに捉えることが妥当と判断する。
◇9.記号の存続と発展
文字文化が高度に発達した後も、絵や記号は消滅しなかった。
数字、地図記号、道路標識、危険表示、案内表示、各種識別記号などとして発展した。
異なる言語を使う者へも情報を伝えやすいという、絵や記号の長所が活用されている。
ただし、記号についても、意味の共有や学習が必要な場合がある。
10.顔文字
人類は、文字や記号を組み合わせ、感情を表す顔を作るようになった。
(^_^) (T_T) \(^o^)/
文字による通信では伝わりにくい表情や感情を、補完する目的が確認された。
文字や記号を、再び絵として使用する事例として興味深い。
トート神より、困惑の意見あり。
11.絵文字
文字通信の中へ、直接的な絵が導入された。
初期の絵による伝達と、外見上は類似する。
しかし、後世の人類は、発達した文字文化の中で絵を使用している。
文字を補助し、時には置き換え、感情や状況を伝える手段として扱われている。
単純に、初期の意思伝達への退行とは判断しない。
12.文字による絵画表現
人類は、使用可能な文字や記号を配置して、絵を作るようになった。
トート神より、以下の指摘あり。
『絵から文字を作り、その文字で、再び絵を描いておる。』
事実である。
13.本会議で観察した発展
段階
主な変化
絵による伝達
対象を描いて伝える。
記号の共有
形と意味の対応を共有する。
文字の成立
意味や音を、体系的に記録する。
記録文化の発達
言語、知識、歴史、物語を蓄積する。
多様な文化間の伝達
通訳、翻訳、辞書、共通語を発達させる。
共通記号の活用
言語の違いを越えて情報を伝える。
顔文字・絵文字
表情や感情を補い、伝達の幅を広げる。
文字による絵画表現
文字や記号そのものを、創作の素材とする。
一見すると、『絵から始まり、再び絵へ戻った』ようにも見える。
しかし、後世の絵文字や文字絵の背後には、膨大な言語、知識、歴史、文化、技術がある。
本会議では、これを螺旋状の発展と記録する。
14.総括
人類は、伝えるために絵を描いた。
長い時間を経て、多様な伝達手段を持つようになり、その手段そのものを組み合わせて遊ぶようにもなった。
意思伝達の手段は、情報を届けるだけにとどまらなかった。
記録となり、知識となり、歴史となり、物語となり、文化となった。
最初に届けられた、鹿、人、槍、山が描かれた石板と比較すれば、その発展は明白である。
本件に対する最終評価
人類共通の意思伝達手段の確立について――概ね成功。
すべての人類が同一の文字や言語を使うには至らなかったが、記録と共有、翻訳を通じて、意思を伝える方法は大きく発展した。
ただし、人類は現在も、頻繁に意思疎通を誤っている。
手段だけでなく、伝え方や受け取り方にも課題があるものと思われる。
これについては、文字そのものの改良だけでは解決困難と判断する。
以上、記録終了。
記録整理:ムネモシュネ
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