↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神話系ミーティング ~その問題、神々が議論します~  作者: すばる ゆう
章未設定

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/53

第XX回 『引きこもった者を外に出すには』-日本支部-

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


議題:引きこもった者を外に出すには

開催場所:日本支部

司会:思兼神

書記:菅原道真

審議区分:通常審議


参集メンバー


出席:須佐之男命(すさのおのみこと)、月読命(つくよみのみこと)、天宇受売命(あめのうずめ)、建御雷(たけみかづち)、天手力男神(あめのたぢからを)、大宜都比売(おおげつひめ)、猿田彦(さるたひこ)

欠席:天照大御神(天岩戸に籠もっているため)


投書者:高天原在住・困っている神々一同

投書:

「天照様が天岩戸に引きこもって、暗くて困っています。外に出してほしいです」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


日本支部。


時刻は昼。

しかし、暗い。


窓の外も暗い。

廊下も暗い。

会議室も暗い。


オモイカネ:「…………」

タケミカヅチ:「暗いな」

サルタヒコ:「昼だよな?」


道案内の神として知られる猿田彦神が、窓の外を見た。


ツクヨミ:「昼だ」

スサノオ:「照明をつければ?」

オモイカネ:「根本的な問題は、そこではありません」

スサノオ:「停電か。タケ――」

タケミカヅチ:「俺を発電機扱いするな!」


黒い短髪に鋭い目つき。白と藍の衣をまとう男神、建御雷神。

武神であり、雷の神格も持つ。


オモイカネ:「そうではありません。あなたが一番よく知っているでしょう」

スサノオ:「……姉貴か」


そんな暗闇の中、部屋の隅から音がした。


カリカリ……


カリカリ……


タケミカヅチ:「……何の音だ?」

アメノウズメ:「ちょっと待って。誰かいる?」


カリカリ……


スサノオ:「おい」


カリカリ……


スサノオ:「なんか白いの、いるぞ」


暗闇の奥。


蝋燭の火に照らされて、白い装束の男が浮かび上がった。

長い影。青白い顔。手には筆。


無言で、議事録を書いていた。


アメノウズメ:「きゃあああああああ!」


赤茶色の髪を高く結い、橙と朱の衣をまとう女神、天宇受売命。

大きな身振りで飛び退いた。


タケミカヅチ:「出たァ!」

スサノオ:「幽霊!」


???:「…………」


男が、ゆっくりと顔を上げた。


???:「失礼ですね」

オモイカネ:「道真殿です」


一同:「…………」


ミチザネ:「本日も書記を務めます。菅原道真です」

スサノオ:「登場の仕方が、完全に怨霊なんだよ!」


菅原道真。広くは学問の神として知られるが、日本三大怨霊にも数えられる。


ミチザネ:「暗いので、仕方ないでしょう」

ツクヨミ:「道真が怨霊を兼任しているのが問題だな」

ミチザネ:「好きで兼任しているわけでは……。祟りますよ」

スサノオ:「そういうとこ!」


カン、カン。


思兼が拍子木を鳴らした。


オモイカネ:「では、皆様お揃いですので始めます」

ミチザネ:「天照様がおられませんが」

オモイカネ:「まず、それが本日の議題です」



◇投書の確認


オモイカネは、投書を読み上げた。


「天照様が天岩戸に引きこもって、暗くて困っています。外に出してほしいです」


沈黙。


全員の視線が、須佐之男へ向いた。


スサノオ:「……なんだよ」

オモイカネ:「思い当たる原因があれば、お願いします」

スサノオ:「今回は俺じゃないぞ!」

オモイカネ:「本当にですか?」

スサノオ:「本当だ!」

オモイカネ:「田んぼを壊したり」

ツクヨミ:「御殿を糞まみれにしたり」

アメノウズメ:「機織りしているところに、馬を落としたり」

スサノオ:「今回はしてない。……はず」

ミチザネ:「原因――須佐之男命、と」

スサノオ:「決めつけるな!」


会議室中から疑いの視線が須佐之男に集まった。


ミチザネ:「そういえば、一つ思い当たる節があります」

スサノオ:「先に言えよ!」


ドサッ。


道真が投書の束を出した。


「明日の運動会、晴れにしてください」

「雨が降らなくて、農作物が大変です」

「旅行の日だけ晴れにしてください」

「暑すぎます。なんとかしてください」

「日焼けするので、日差しを弱くしてください」

「洗濯物を干したので、夕方まで雨を降らせないでください」

「太陽光発電のために、もっと晴らしてください」

「暑いので曇らせてください」

「明日のデートだけは、絶対に晴れでお願いします」


ミチザネ:「整理中のこの投書を見た後、何やらつぶやきながら、岩戸の方へ歩いていく姿を見ました。目の下には、深いクマがあったような」

オモイカネ:「これは……過剰業務ですね。責任感の強いお方ですから」

スサノオ:「ほらぁ!」

ツクヨミ:「今回『は』違ったか」

スサノオ:「そこ、重要だから議事録に書いといて」

ミチザネ:「承知しました」


さらさら。


『なお、今回に限り、須佐之男命に直接的原因は認められない。』


スサノオ:「今回に限り!?」



◇初期対応――説得


天岩戸より、天照を出すための作戦が開始された。


まず、正攻法として説得を試みる。


月を司る神、月読が岩戸の前に立った。


ツクヨミ:「姉上。皆が困っています。どうか、お戻りください」

アマテラス:「嫌です。私は疲れました。一人にしてください!」


オモイカネ:「失敗ですね」


続いて、須佐之男が説得に挑んだ。


スサノオ:「姉貴ー。楽しみにしていたお菓子、食べちゃうぞ!」

アマテラス:「須佐之男は?」

スサノオ:「ここにいる!」

アマテラス:「とりあえず、須佐之男を別のところに閉じ込めて!」


カン、カン。

―拍子木が打たれた―


オモイカネ:「須佐之男様は、黙っていてください」



◇初期対応――岩戸の破壊


続いて、建御雷が岩戸の前に立った。


タケミカヅチ:「ならば、岩戸を破壊する!」


カン!カン!カン!

―拍子木が強く打たれた―


オモイカネ:「却下」

タケミカヅチ:「まだ説明していない!」

オモイカネ:「最高神が籠もっている岩戸を、武力で破壊する案に、何の説明が必要です?」

ミチザネ:「岩戸破壊案――却下、と」


岩戸は無事だった。



◇初期対応――食事


オオゲツヒメ:「食事を置いてみては、いかがでしょう?」


食物を司る女神、大宜都比売神が提案した。


団子。米。酒。果物。

様々な料理が、岩戸の前に並べられた。


しばらくして―


アマテラス:「そこに置いておいてください」


一同:「…………」


ツクヨミ:「引きこもり生活が快適になっただけでは?」


料理は届いた。

本人は出てこなかった。



◇初期対応――天岩戸故事の再現


オモイカネ:「同じ手が通じるかは分かりませんが、天宇受売命様、天手力男神様。よろしくお願いいたします」

タヂカラオ:「フン!」


大柄で筋骨隆々。太い眉に濃い顔つき、上半身裸の男神、天手力男神。

高天原随一の怪力を誇る力の神は、マッスルポーズで頷いた。


アメノウズメ:「私の出番ですね。任せてください」


天宇受売命が、笑顔で頷いた。


歌舞・芸能の祖ともされ、天岩戸神話でも天照を誘い出す重要な役割を果たした女神である。


ただし、その活躍を正式な会議資料へ詳しく記載するには、若干の注意を要した。

主に、下ネタの扱いである。


ミチザネ:「…………」

スサノオ:「道真?」

ミチザネ:「嫌な予感がしています」


岩戸の前で、宴会が始まった。


アメノウズメ:「では、皆様。いきますよ!」


天宇受売命が踊り始めた。

宴会は次第に盛り上がった。


そして、芸も踊りも過激になった。


アメノウズメ:「×××××! ×××××! ××!」


八百万の神々:「わははははははははは!」


アマテラス:「…………」


岩戸の中まで、異様な盛り上がりが聞こえていた。

自分が籠もっているというのに、外は楽しそうだった。

天照は、わずかに岩戸を開いた。


アマテラス:「……何を、そんなに楽しんでいるの?」


正面には、用意された鏡があった。


オモイカネ:「今です!」

タヂカラオ:「お任せを!」


天手力男が、岩戸の隙間へ手を入れた。


アマテラス:「え?」


ガシッ。


アマテラス:「ちょっと!?」


ゴゴゴゴゴゴ……!


アマテラス:「待ちなさい! 自分で開けます! 自分で――!」


岩戸が開いた。

日本支部にも、ようやく昼の明るさが戻った。


一同:「おおおおおお!」

アメノウズメ:「成功!」

タヂカラオ:「任務完了!」


アマテラス:「…………」


オモイカネ:「天照様」

アマテラス:「…………」

オモイカネ:「おかえりなさいませ」

アマテラス:「……ただいま」


スサノオ:「姉貴、お菓子は残してあるぞ」

アマテラス:「須佐之男」

スサノオ:「はい」

アマテラス:「あとで話があります」

スサノオ:「はい……」



◇書記の戦い


日本に光が戻り、神々が喜ぶ傍らで、別の戦いが続いていた。


ミチザネ:「…………」


道真の筆が止まっていた。


今回の出来事を、正式な議事録へ残さなければならない。

しかし、天宇受売命が何をしたのか、具体的に書こうとすると――


『八百万の神々、天宇受売命の××××にて爆笑。世界は救われた。』


ミチザネ:「…………」


線を引いた。


―却下。


『八百万の神々、下ネタが好き。』


ミチザネ:「…………」


線を引いた。


―却下。


『下ネタの末、太陽は昇った!』


ミチザネ:「新聞の見出し?」


線を引いた。


『天照を岩戸から出す方法――宴会→下ネタ→力技。』


ミチザネ:「…………」


オモイカネ:「道真殿」

ミチザネ:「はい」

オモイカネ:「先ほどから、何を書いては消しているのです?」

ミチザネ:「……歴史的事実と、正式文書の品位を両立させようとしています」

オモイカネ:「なるほど」

ミチザネ:「非常に難航しております」


しばらく悩んだ末、道真はすべての草案に線を引いた。

そして、こう記した。


『芸能の女神による体当たりの芸と、岩をも動かす力の神の協力により、天照大御神を岩戸から出すことに成功。』


道真は筆を置いた。


オモイカネ:「ずいぶん綺麗にまとめましたね」

ミチザネ:「具体的表現は諦めました」

ツクヨミ:「賢明だと思うぞ」

スサノオ:「それだけ読むと、すごい感動的な話みたいだな」

ミチザネ:「正式な議事録とは、そういうものです」

アメノウズメ:「私の活躍は?」

ミチザネ:「『体当たりの芸』に、すべて込めました」

アメノウズメ:「便利な言葉ね!」



◇本当の議題


一件落着。


――と思われた。


カン、カン。

―拍子木が打たれた―


オモイカネ:「では、ここからが本当のミーティングです」


ドサッ。


机の上に、大量の投書が置かれた。


アマテラス:「何ですか、これ?」

オモイカネ:「人間界から寄せられた、類似案件です」


思兼は、一枚を読み上げた。


投書者:息子を心配する母親


「うちの息子が引きこもって、ゲームばかりしていて困っています。

どうすれば、外に出てくれるでしょうか?」


さらに、


「娘が学校へ行かず、ずっと部屋にいます」

「仕事を辞めてから、息子が外へ出なくなりました」


類似する投書は、多数あった。


一同:「…………」


アマテラス:「そんなに?」

オモイカネ:「天岩戸だけの問題ではないようです」

ミチザネ:「では、議題を継続します。方法を審議していきましょう」



◇方法一――電気を止める


タケミカヅチ:「電気を止める」


一同:「…………」


タケミカヅチ:「ゲームができない。ネットもできない。冷暖房も――」

オモイカネ:「最後は、状況によって生命に関わります」

ツクヨミ:「ゲームを止めれば、外へ出るとは限らない」

タケミカヅチ:「では、Wi-Fiだけ」

オモイカネ:「根本的解決ではありません」

スサノオ:「寝るだけかもしれん」


カン、カン。

―拍子木が打たれた―


オモイカネ:「結論――却下です」

タケミカヅチ:「早い!」



◇方法二――外へ出るゲーム


アメノウズメ:「だったら、逆ですわ!」

オモイカネ:「逆?」

アメノウズメ:「ゲームをやめさせるんじゃなくて、ゲームをするために外へ出てもらうのよ!」


公園にレアモンスター。

神社には限定アイテム。

歩数によって報酬。


スサノオ:「近所の公園に幻級モンスター。残り三十分」

一同:「これは釣られるな」


オモイカネ:「天岩戸と構造が似ていますね。『外へ出ろ』ではなく、『外に面白そうなものがある』という方向ですか」

アマテラス:「現代版天岩戸ですね」

ミチザネ:「有力案として記録します」

タケミカヅチ:「雷雨限定――」


カン、カン。

―拍子木が打たれた―


オモイカネ:「危険な時の外出を促すものは禁止です」



◇方法三――人に会いたくさせる


スサノオ:「ハニートラップ」

アマテラス:「却下」

スサノオ:「早い!」


議論の結果、恋愛感情を騙して利用することは認められなかった。


一方で、『外に会いたい人がいる』という状況そのものは、外出の理由になり得ると整理された。


友人。趣味仲間。ゲーム仲間。

信頼できる支援者。


アマテラス:「大事なのは、騙さないことですね」

オモイカネ:「その通りです。心の傷を増やす可能性があります」

スサノオ:「なんで俺を見る?」



◇方法四――強制的に部屋から出す


タケミカヅチ:「トイレへ出た隙に、部屋を封鎖する」

オモイカネ:「却下です。力技が過ぎます」

スサノオ:「黒い虫を部屋に入れる」

アメノウズメ:「絶対嫌!」

アマテラス:「私でも出ます」

スサノオ:「ほらほら、効果ある」


カン、カン。

―拍子木が打たれた―


オモイカネ:「それは外出ではなく、避難です。機織り場へ馬を投げ入れたところから、反省できていません」

ミチザネ:「黒い虫案――論外、と」

スサノオ:「論外まで書く?」

ミチザネ:「書記ですので」



◇方法五――周囲の人間が働きかける


アマテラス:「先生とか、恩師の家庭訪問は?」

オモイカネ:「本人が信頼している人物なら、一つの接点にはなり得ます」

ツクヨミ:「逆に、その人たちが原因の場合は?」

オモイカネ:「慎重に考える必要があります」


続いて、親による熱心な説得が検討された。


「学校へ行きなさい」

「仕事をしなさい」

「将来どうするの」


しかし、繰り返すことが本人への圧力になる可能性も指摘された。


オモイカネ:「説得する前に、話を聞ける関係が必要でしょう」

アマテラス:「同意します」



◇方法六――学校や職場ではない場所


オオゲツヒメ:「最初から学校や職場へ戻そうとしなくても、いいんじゃないの?」

オモイカネ:「例えば?」

オオゲツヒメ:「ご飯なら任せて」


ラーメン。焼肉。喫茶店。

コンビニ。買い物。散歩。


オモイカネ:「なるほど」


思兼は黒板に書いた。


『自室 → 学校・職場』


その下に、別の道筋を書いた。


『自室 → 近所 → 外食・趣味 → 少し遠くへ』


アマテラス:「少しずつでいいんですね」

スサノオ:「じゃあ、風俗にハマらせよ――」


カン、カン。

―拍子木が打たれた―


オモイカネ:「却下」

スサノオ:「最後まで言わせろ!」

ミチザネ:「議事録には残します」

オモイカネ:「残さなくても……」

ミチザネ:「正式な記録ですので」

オモイカネ:「…………」



◇検証一――お見合いと食事


オモイカネ:「しかし、机上の議論だけでは、判断しきれない部分もあります」


一同の視線が、天照へ向いた。


アマテラス:「……なぜ、私を見るんです?」


天岩戸に籠もった経験を持つ天照の協力を得て、検証が行われた。


まず、『人に会いたくなる』きっかけとして、複数のお見合い話が提示された。


アマテラス:「この方、美術館巡りが趣味ですか……」

オモイカネ:「反応ありですね」

アマテラス:「記録しないでください」


結果、一件の食事へ。

外出は成功した。



◇検証一・続き――ホストクラブ


続いて、ホストクラブ。


アマテラス:「なぜ、そうなるんです?」

オオゲツヒメ:「食事もできて、話を聞いてもらえて」

アメノウズメ:「自分を慕う人に会えて、ゲームとかで楽しませてもくれる」

オモイカネ:「実証の余地ありと判断します」

アマテラス:「……分かりました。あくまで実証のためです。私個人の要望ではないことを、しっかり記録してください」


日本最高の女神、ホストクラブへ行く。


天照は現地へ。

他の神々は高天原に残り、神々の力による遠隔中継で様子を観察した。


一同:「………」


ツクヨミ:「……姉上」

スサノオ:「姉貴、楽しそうだな」


実地調査では、次の要素が確認された。


名前を覚えてもらえる。

話を聞いてもらえる。

歓迎される。

また来てほしいと言われる。


それらが、『自分が歓迎される外の居場所』という感覚につながり得るとの知見を得た。


スサノオ:「で、また行く?」

アマテラス:「行きません」

スサノオ:「新宿?」

アマテラス:「黙りなさい」


カン、カン。

―拍子木が打たれた―


ミチザネ:「ここは記録しますか?」

アマテラス:「しなくていいです!」



◇検証二――兄弟姉妹


タケミカヅチ:「一人っ子より、兄弟姉妹がいた方が、家庭内の話し相手になるのではないか」

オモイカネ:「至極、真っ当な意見ですね」


兄弟姉妹が、話し相手、外出時の同行者、親との仲介役になれる可能性はある。


しかし――


オモイカネ:「実例として、天照様、月読様、須佐之男様を見てみましょう」


三柱:「…………」


アマテラス:「私が岩戸に籠もった原因、誰でした?」

スサノオ:「…………俺」

ツクヨミ:「須佐之男だな」

オモイカネ:「兄弟姉妹が、原因となる場合も確認されました」

タケミカヅチ:「ここでは、そうなるのか……」

ミチザネ:「記録します」


人数より、関係性が重要だった。



◇方法七――犬を飼う


タケミカヅチ:「犬などはどうだ?」

オモイカネ:「犬ですか?」

タケミカヅチ:「動物は、時に相棒となるだろう」

オモイカネ:「なるほど。確かに」


思兼は黒板に書いた。


『犬を飼う → 散歩が必要 → 外へ出る』


さらに、生活リズム、世話をする役割、散歩中の他者との自然な交流なども検討された。


アマテラス:「『自分のため』ではなく、『犬のため』に外へ出るんですね」

オモイカネ:「重要な違いですね」


思兼は、黒板に追記した。


『ただし、引きこもり対策の道具として、安易に動物を飼わない。最後まで世話をする責任を負えることを前提とする。』


スサノオ:「早速、連れてきたぞ」


須佐之男の腕の中には、一匹の小さな柴犬がいた。


アマテラス:「……犬、可愛いですね」

スサノオ:「飼う?」

アマテラス:「検討するだけです」

ミチザネ:「実証実験、別方面にも効果あり、と」

アマテラス:「書かなくていいです」



◇天照大御神への聞き取り


議論を終え、思兼は黒板を見た。


停電。ゲーム。外食。

人との交流。兄弟。犬。


様々な案が並んでいた。


カン、カン。

―拍子木が打たれた―


オモイカネ:「天照様」

アマテラス:「はい」

オモイカネ:「経験者として、最後に教えてください」

アマテラス:「何でしょう」

オモイカネ:「岩戸にいた時、何が一番嫌でした?」


少しの沈黙。


アマテラス:「……理由も聞かずに、『出てきなさい』と言われることでしょうか」

オモイカネ:「なるほど」

アマテラス:「こちらには、中にいる理由がありますから」

ツクヨミ:「……姉上一人の負担については、皆で相談して、分散していきましょう」


スサノオ:「…………」


アマテラス:「あなたは反省してください」

スサノオ:「はい」


思兼は黒板に書いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


一、なぜ閉じこもったのかを見る。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



オモイカネ:「では、電気を止められたら?」

アマテラス:「怒ります」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


二、安心できる場所を壊さない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



オモイカネ:「外へ出てみようと思えるのは?」

アマテラス:「美味しいものとか、好きなもの、会いたい人、犬の散歩……」


天照は、少し考えた。


アマテラス:「……何でもいいと思います」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


三、外へ行きたい理由を作る。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



オモイカネ:「学校や職場へは?」

アマテラス:「最初から、そこじゃなくてもいいでしょう」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


四、最初の目的地を学校や職場に限定しない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



オモイカネ:「一度、外へ出られたら?」

アマテラス:「大騒ぎしないでほしいですね。今日は出られた。でも、明日は出ないかもしれない。それでもいい」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


五、戻ってもいい余裕を残す。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



オモイカネ:「最後に、人との関係については?」

アマテラス:「自分を『問題』として見る人ばかりでは、疲れると思います。ただ一緒に食事する、遊ぶ、散歩する。そういう相手も必要なんじゃないでしょうか」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


六、『問題』ではなく『その人』と付き合う。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



思兼は、最初に黒板へ書かれていた議題を見た。


『引きこもった者を外に出すには?』


しばらく考え、消した。

代わりに書いた。


★『外に出てもいいと思えるようにするには?』


アマテラス:「……その方がいいですね」



◇結論・投書への回答


カン、カン。

―拍子木が打たれた―


オモイカネ:「では、日本支部として回答をまとめます。無理やり部屋から出すことを目的にするのではなく、まず、本人がなぜ外との関係を閉じたのかを考えてください」


思兼は、黒板の六項目を確認した。


オモイカネ:「安心できる場所を奪わず、外出先を学校や職場だけに限定しないこと。食事、散歩、買い物、趣味、人との交流など、その人が『少し行ってみようかな』と思える場所から始めること」

オモイカネ:「一度外へ出られても、それを過度に成功扱いせず、また戻ってもよい余裕を残すこと。家族だけで抱えることが難しい場合には、適切な専門的支援につなげることも検討してください」


道真は、静かに筆を走らせた。


オモイカネ:「天照様」

アマテラス:「はい」

オモイカネ:「結局、天岩戸から出た時は、どんな気持ちだったのでしょう?」


天照は、少し考えた。


アマテラス:「外が、ちょっと気になったんですよ。出なければならない、ではなくて、ちょっと見てみようかなって」

オモイカネ:「……それも追記しましょう」


道真が頷いた。


オモイカネ:「以上を、投書への正式回答とします。異議のある方は?」


異議を唱える者はいなかった。


オモイカネ:「では、承認します。これにて閉会いたします」


カン、カン。

―拍子木が打たれた―


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

―議事録―


第XX回 神話系ミーティング

日本支部『引きこもった者を外に出すには』


開催場所:日本支部

当初議題:引きこもった者を外に出すには

整理後の議題:外に出てもいいと思えるようにするには

司会:思兼神

書記:菅原道真

審議区分:通常審議


参加者:天照大御神、須佐之男命、月読命、天宇受売命、建御雷神、天手力男神、大宜都比売神、猿田彦神


※会議開始時、天照大御神は欠席。審議途中より参加。


1.投書


投書者:高天原在住・困っている神々一同


「天照様が天岩戸に引きこもって、暗くて困っています。外に出してほしいです」


ほか、人間界からの類似案件多数。


2.発生状況


近頃、天照大御神に対し、人間界より多数の要望が集中していた。


主な内容は、晴天祈願、降雨との兼ね合い、気温・日差し、農業、観光・行事、太陽光発電、その他個人的な天候要望など。


これに、日本支部での会議、承認、相談、報告等が重なった結果、天照大御神が疲労し、天岩戸の奥に籠もられた。


本件は神話上の天岩戸事件と状況が酷似しているが、別件である。


なお、今回に限り、須佐之男命に直接的原因は認められない。

本人より特に明記するよう要望があったため、記録する。


3.天照大御神への初期対応


一、説得による復帰要請


月読命より、皆が困っているため戻ってきてほしい旨を伝えたが、本人より明確な拒否あり。


続いて須佐之男命が、楽しみにしていた菓子を食べる旨を伝えた。

これに対し、『とりあえず須佐之男を別のところに閉じ込めて』との回答あり。


本人を外へ出す効果は認められなかった。

須佐之男命は、説得担当から外した。


結果:失敗。


二、岩戸の物理的開放


建御雷神より、岩戸そのものを破壊する案が提出された。


本人の意思および安全上の問題があるため、司会の判断により即時却下。


提案者より『まだ詳細を説明していない』との異議があったが、詳細を確認する必要性は認められなかった。


結果:不採用。


三、食事による誘導


大宜都比売神より、好物等を岩戸の前へ置く案が提出された。


団子、米、酒、果物、菓子等を配置したところ、本人から反応はあったものの、食物のみが岩戸内部へ回収された。

『そこに置いておいてください』との回答あり。


月読命より、『引きこもり生活が快適になっただけではないか』との指摘あり。

妥当と判断する。


追加の料理提供については、誘導策としての実施を一旦停止した。


結果:外出には至らず。


四、天岩戸故事を参考とした誘導


過去の天岩戸での対応を参考とし、天宇受売命および天手力男神へ協力を要請した。


岩戸前にて宴を開催。

天宇受売命の舞いと、参加した神々の笑い声によって、天照大御神の関心を外部へ誘導した。


また、岩戸前に鏡を配置。

本人が岩戸をわずかに開いたことを確認後、天手力男神が開放を補助した。


天照大御神が岩戸より退出し、日照および日本支部内の明るさが回復した。


結果:成功。


ただし、岩戸から出したことと、籠もった原因を解決したことは同義ではない。


4.記録上の補足


天宇受売命による芸の具体的内容について、正式議事録への記載方法を検討した。


以下の草案を作成したが、いずれも本文への採用を見送った。


・『八百万の神々、天宇受売命の××××にて爆笑。世界は救われた。』

・『八百万の神々、下ネタが好き。』

・『下ネタの末、太陽は昇った!』

・『天照を岩戸から出す方法――宴会→下ネタ→力技。』


最終記録は、以下のとおりとする。


『芸能の女神による体当たりの芸と、岩をも動かす力の神の協力により、天照大御神を岩戸から出すことに成功。』


詳細については、神話その他の関連資料を参照されたい。


書記所感:これ以上の具体的表現は諦める。


5.人間界の類似案件


本件を受け、日本支部に寄せられた過去の投書を確認した。


『息子が部屋に引きこもり、ゲームばかりしている』

『子供が学校へ行かなくなった』

『仕事を辞めて以降、家から出なくなった』


以上の類似案件が、多数存在することを確認した。


これにより、議題を『天照大御神を岩戸から出す方法』から、『外との関係を閉じた者が、再び外と関われるようになるにはどうすればよいか』へ拡大し、継続審議した。


6.主な提案および審議結果


提案


審議結果


電気・通信を止める


却下。ゲーム等の停止と、外との関係の回復は別問題。冷暖房を含む電力停止には安全上の問題もある。


位置情報ゲーム


有力案。本人の興味を外出動機へつなげる。ただし、場所や時間帯に選択肢を設け、安全に配慮する。


ハニートラップ


即時却下。本人を騙してはならない。


会いたい人との交流


自然で信頼できる関係であれば、外出動機となる可能性あり。


部屋の封鎖・害虫投入


却下。安心できる場所から追い出す行為であり、自主的な外出とは異なる。


教師・恩師による訪問


本人が信頼している場合、接点となる可能性あり。その関係が原因の場合は慎重な判断を要する。


家族による説得


繰り返すだけでは圧力となる可能性あり。本人の話を聞ける関係を優先する。


学校・職場以外への外出


有力案。外食、買い物、散歩、趣味など、負担の小さい行動から始める。


建御雷神による『雷雨時限定モンスター』案は、安全上の理由により却下。


須佐之男命による別種の娯楽施設の提案については、詳細を割愛する。

却下済み。


7.実地調査


一、お見合い・食事


天照大御神の協力を得て、複数の人物との交流機会を提示した。


本人が興味を示した相手との食事について、自主的な外出を確認した。

『会いたい人がいる』ことが、外出動機となる可能性を確認。


なお、外出したことと、恋愛関係の成立は別問題である。


二、ホストクラブ実地調査


『自分を歓迎してくれる場所』が外出動機となるかを確認する目的で実施した。


天照大御神は現地へ赴き、他の神々は高天原から遠隔中継で観察した。


詳細は、別紙『天照大御神・ホストクラブ実地調査記録』を参照。


主な確認事項は、以下のとおり。


・名前を覚えてもらえる。

・話を否定せず聞いてもらえる。

・本人の興味を中心に会話できる。

・歓迎されていると感じられる。

・普段の社会的役割から、一時的に離れられる。

・『また来てもいい』と思える。


以上から、『家の外にも、自分を歓迎してくれる場所がある』という感覚が、自発的な外出につながる可能性を確認した。


なお、ホストクラブそのものを対策として推奨するものではない。


天照大御神より、本項目を必要以上に詳細に共有しないよう要望あり。

書記として尊重する。


別紙は保存する。


8.兄弟姉妹について


兄弟姉妹は、話し相手、外出時の同行者、家族間の仲介役となる可能性がある。

一方、本人への負担や、引きこもりの原因となる可能性もある。


参考として、天照大御神、月読命、須佐之男命の関係を検討した。


非常に分かりやすい事例となった。


須佐之男命より抗議あり。

記録の修正は認めない。


結論として、兄弟姉妹の有無ではなく、関係性が重要である。

また、本人への支援を、兄弟姉妹一人へ背負わせないこと。


9.ペットについて


犬の飼育により、以下の接点が生じる可能性が検討された。


・散歩という定期的な外出理由。

・生活リズム。

・世話をする役割。

・他の飼い主との自然な交流。

・人間関係とは異なる精神的な接点。


特に、『自分のため』ではなく『犬のため』に外へ出る理由が生じる点が評価された。


ただし、動物を対策の道具として安易に飼育してはならない。

本人が世話できない場合も含め、家族等が最後まで責任を負えることを前提とする。


なお、実証協力後、天照大御神が犬の飼育について検討を開始した。


本議題との直接的因果関係については不明。


10.天照大御神への最終聞き取り


本人の回答


整理された方針


理由も聞かずに『出てきなさい』と言われるのは嫌だった。


なぜ閉じこもったのかを考える。


安心できる場所を無理やり奪われたくない。


本人の安全な場所を壊さない。


美味しいもの、好きなもの、会いたい人、犬の散歩などなら外へ出ようと思える。


外へ行きたい理由を探す。


最初から学校や職場でなくてもいい。


最初の外出先を限定しない。


今日は出られても、明日は出られないかもしれない。それでもいい。


一度の成功を義務に変えない。


自分を問題として見る人ばかりでは疲れる。


『問題』ではなく『その人』と付き合う。


11.投書への正式回答


審議開始時の問い、『引きこもった者を外に出すには』について、問題設定を以下へ変更する。


『外に出てもいいと思えるようにするには』


本人を強制的に外へ出すことだけを目的とせず、まず、なぜその人がそこにいるのかを考えてください。


安心できる場所を残した上で、食事、散歩、買い物、趣味、ゲーム、動物、人との交流など、本人が負担を感じにくい形で外の世界と接触できる理由を探してください。


学校・職場への復帰だけを成功と定義せず、一度外へ出ても、次の日には休むことを認めてください。


家族のみで対応することが難しい場合には、必要に応じて適切な専門的支援につなげることも検討してください。


12.日本支部としての結論


天照大御神への聞き取りにおいて、岩戸から外を覗いた際の心境について、以下の発言があった。


『出なければならない、ではなくて、ちょっと見てみようかなと思った。』


本会議では、この発言を結論の中心に据える。


岩戸の外にも、その人が安心していられる場所を作る。

本人自身が、『ちょっと見てみようかな』と思える環境を整える。


以上を、日本支部としての結論とする。


13.課題・申し送り事項


・天候関係の要望は天照大御神一柱への負担が大きいため、負荷分散を検討する。

・人間界からの投書についても、本人を外へ出すことのみを成功基準としない。

・家族だけで抱え込ませない。

・ゲーム、趣味、動物等を一律に問題視しない。

・動物を支援目的のみで安易に飼育しない。

・本人が安心できる居場所を、意図的に破壊しない。

・建御雷神による電力・通信遮断案は、再提案不要。

・須佐之男命による害虫投入案は、永久却下。

・ホストクラブ実地調査について、天照大御神本人への不要な追及を禁止する。


書記所感


今回の審議は、最高神が部屋から出てこないという、日本支部として極めて重大な事態から始まった。


その後、電気・通信の停止、部屋の封鎖、害虫投入、位置情報ゲーム、外食、お見合い、ホストクラブ、兄弟姉妹、犬など、非常に幅広い案が提出された。


途中、我々は一体何を議論しているのだろうかと思う場面もあった。


しかし最終的に、『どうすれば外へ出せるか』から、『なぜ外へ出たくないのか』『どうすれば外に出てもいいと思えるのか』へ議論を転換できたことは、本会議最大の成果である。


なお、今回の天照大御神の一件は、周囲が一柱へ頼りすぎた結果でもある。


今後、日本支部自身も、本人への働きかけに先立ち、周囲の環境に問題がないかを確認すること。


以上。


書記:菅原道真


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



◇後日談――オリュンポス本部にて


数日後。

オリュンポス本部、執務室。


会議のない、比較的静かな午後だった。


テミスはコーヒーを片手に、日本支部から届いた議事録を読み始めた。


『天照様が天岩戸に引きこもって、暗くて困っています。』


ぶっ。


テミスは、コーヒーを吹き出しかけた。


テミス:「最高責任者が閉じこもったところから、始まったのですか……」


要望と業務の集中によって、岩戸へ籠もったらしい。


テミスは、自分の机を見た。

大量の書類が積まれていた。


テミス:「…………」


そっと、視線を議事録へ戻した。


テミス:「人ごとではありませんね」


コーヒーを一口飲んだ。


初期対応。


第一案――説得。

失敗。


第二案――岩戸を破壊する。

提案者:建御雷神。

却下。


テミスは、少し安堵した。


第三案――食事による誘導。

団子、米、酒、果物、菓子等。


結果――本人は出てこず、食事のみ岩戸内部へ回収。


テミス:「まあ、確かに」


そして、第四案。


『天岩戸故事を参考とした誘導。』


テミス:「原点回帰ですか」


宴会。鏡。天宇受売命。天手力男神。

八百万の神々の笑い。


天照が、岩戸を開く。


テミス:「なるほど。古典的ですが、本人の興味を外へ向けるという意味では――」


ページをめくった。


『記録上の補足。』


テミス:「?」


道真による没案が、並んでいた。


テミス:「…………なるほど。しかし」


誰もいない執務室で、つぶやいた。


テミス:「没にした文章まで議事録に残したら、没にした意味がありません」


最終記録は、綺麗にまとめられていた。


『芸能の女神による体当たりの芸と、岩をも動かす力の神の協力により、天照大御神を岩戸から出すことに成功。』


テミス:「ずいぶん綺麗にまとめましたね」


テミスの感想は恩兼と同じであった。


テミスは、さらに、読み進めた。


『ただし、岩戸から出したことと、籠もった原因を解決したことは同義ではない。』


テミス:「……そうですね」


表情が、少し真面目になった。


外へ出す方法だけでなく、籠もった理由と、本人が外へ出てもいいと思える環境へ、論点が整理されていた。


テミス:「良い整理です。思兼殿」


しかし、議事録はまだ半分以上残っていた。


テミス:「…………?」


ページをめくると、様々な案が並んでいた。

コーヒーカップへ伸ばしかけた手が止まった。


テミス:「日本支部は……引きこもりについて、話し合っているのですよね?」


返事はない。


さらに、ページをめくった。


学校。家族。外食。買い物。

散歩。趣味。友人。兄弟姉妹。


テミス:「この辺りは、随分まともになりましたね」


次。


『犬。』


テミス:「犬?」


散歩。生活リズム。世話をする役割。

他者との自然な交流。


ただし、動物を対策の道具として飼育してはならない。


テミス:「なるほど」


小さく頷いた。


テミス:「条件付きですが、理解できます」


そして、ページをめくった。


『実地調査。』


テミス:「…………」


嫌な予感がした。


『お見合い・食事。』


テミス:「……実地調査?」


さらに。


『ホストクラブ実地調査。』


完全に、手が止まった。


議事録。

コーヒー。

議事録。

コーヒー。


テミス:「…………日本も大変そうですね」


静かな執務室に、その一言だけが響いた。


それでも、読み進めた。


名前を覚えてもらえること。

話を否定せず聞いてもらえること。

本人の興味を中心に会話すること。

歓迎されていると感じられること。

普段背負っている役割から離れられること。


そして、『また来てもいい』と思える場所があること。


テミス:「…………」


表情が変わった。


テミス:「なるほど」


もう一度、その部分を読んだ。


テミス:「方法はともかく……観察している点は真面目ですね」


小さく付け加えた。


テミス:「方法はともかく」


二回言った。


やがて、最後のページにたどり着いた。


『日本支部としての結論。』


岩戸の外にも、その人が安心していられる場所を作る。

本人自身が、『ちょっと見てみようかな』と思える環境を整える。


テミス:「…………」


しばらく、その文章を見つめた。

そして、ふっと息を吐いた。


テミス:「ずいぶん遠回りしましたけど……」


コーヒーを一口飲んだ。


テミス:「結論は、悪くありませんね」


議事録を閉じようとして、添付資料の表題に目が止まった。


『ホストクラブ実地調査記録。』


テミス:「…………」


静かに、資料を閉じた。


テミス:「実地調査の方法については、参考にしないことにしましょう」


こうして、日本支部の苦闘はオリュンポス本部へ共有された。


テミス:「思兼殿。お疲れ様でした」


どこの神々も、秩序を保つのは大変である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。