候補者 ムネモシュネ
アテナ:「記憶を司るムネモシュネはどうだ?」
アテナの推薦を受け、ムネモシュネが会議室へ招かれた。
青紫の長髪に紫の瞳。物静かな雰囲気をまとう記憶の女神は、九柱のムーサたちの母でもある。
過去の出来事や発言を、正確に保持することができた。
ムネモシュネ:「私を、神話系ミーティングの書記に?」
テミス:「はい。発言の記録と、議論の整理をお願いしたいと考えています」
ムネモシュネ:「発言の一字一句まで記憶することは可能です」
ゼウス:「それなら適任ではないか」
ムネモシュネ:「必要であれば、過去に皆様が発言した内容も再現できます」
ゼウスの表情が固まった。
アポロンは静かに視線を逸らし、アレスは腕を組み直した。
ヘルメスは面白そうに笑っていた。
ゼウス:「記録には、適度な忘却も必要ではないか?」
コツ。
―木槌が小さく打ち鳴らされた―
テミス:「発言者にとって都合の悪い内容を忘れる必要はありません」
ムネモシュネ:「同意します」
アテナ:「書記としての中立性にも、問題はなさそうだ」
◇結論
コン、コン。
―木槌が二度、打ち鳴らされた―
テミス:「今回の議論をまとめます。司会と書記の職務を分離し、ムネモシュネ様を暫定書記として採用します。実際の記録業務を通じて、適性を確認するものとします」
テミスは、書記の条件を記した資料を揃えた。
テミス:「記録は発言者の神格や地位に左右されず、正確に行うこと。事実誤認を除き、発言者の都合による削除や改変には応じないこと。以上の方針に、異議のある方は?」
誰も手を挙げなかった。
テミス:「では、承認します」
コン。
司会席の隣に、書記の席ができた。
◇後日談――司会と書記
次の会議では、テミスが司会に専念し、ムネモシュネが発言を記録した。
議論が脱線しかければ、テミスが即座に軌道を修正する。
決定事項は、ムネモシュネが簡潔かつ正確に整理する。
議事録の内容は、テミスの満足のいくものだった。
会議時間は、予定より一時間短縮された。
テミスは、会議中にコーヒーを飲む余裕まで得ていた。
ゼウス:「今日は機嫌がよさそうだな」
テミス:「司会中に、自分の発言まで自分で記録しなくてよいのは、想像以上に快適です」
ゼウス:「では、わしから暫定書記の就任を祝して、少し長めの演説を――」
コツ。
―木槌が小さく打ち鳴らされた―
テミス:「不要です」
ムネモシュネは、すでに記録していた。
※ゼウス、議題と無関係な演説を開始しようとして制止される。
ゼウス:「今の発言も記録するのか?」
ムネモシュネ:「はい」
テミスは満足そうに、コーヒーを口へ運んだ。




