98 愛おしさ
エリックの前から華麗に立ち去ったマデリーンは、ヴィルヘルムのいる本宮までやってきた。
「陛下に会いに来られたのですか?」
「ええ、今日は一緒に夕食を摂る約束をしているの」
「もう三日連続ではありませんか?相変わらず仲がよろしいですね」
ソフィアが処刑されてからというもの、マデリーンはヴィルヘルムの唯一の妃となった。
以前は放置されていた彼女だったが、今は違う。ヴィルヘルムはほとんど毎日彼女を食事に誘い、夫婦二人の時間を作っていた。
(本当の夫婦って、きっとこういうことを言うのよね)
前までは複雑だったヴィルヘルムとの関係も、今では少しずつだが良き方向へと進んでいる。
「陛下は既に晩餐室でお待ちしておりますよ」
「すぐに行くわ……夫を、待たせるわけにはいかないもの」
マデリーンがヴィルヘルムを”夫”というのは、今世では初めてかもしれない。
彼女の心の変化に、本宮の使用人たちも薄々勘付いたようだ。どんな経緯であれ、我が国の国王夫妻の仲が良いのは喜ばしいことだ。
「いってらっしゃいませ、王妃陛下」
マデリーンは本宮の晩餐室へ入った。
中では、いつも通りヴィルヘルムが彼女を待っていた。
彼は時間に遅れたことがなく、いつもマデリーンより先に到着していた。
「マデリーン」
「陛下」
彼女を視界に入れると、ヴィルヘルムは嬉しそうに笑った。
彼のそんな反応は、もはや珍しいことでもなかった。
ヴィルヘルムは椅子から立ち上がると、彼女をエスコートするために手を取った。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いや……俺もたった今来たばかりだ」
マデリーンに配慮して今来たばかりと言った彼だが、三十分前からここにいたことを彼女は知っていた。マデリーンはヴィルヘルムの差し出した手を握った。
彼女の突然の行動に、彼はビクッと肩を上げた。
マデリーンから積極的な行動を取るのは、もしかすると初めてかもしれない。
(陛下ったら、こんなにも恋愛に慣れていない人だったのね……)
前世での彼女は知らなかった。
ヴィルヘルムの残酷な生い立ちも、ソフィアとの普通ではない関係も、彼の抱く心の闇も。
全てを知った今では、彼への印象もだいぶ変わっている。
「今日の夕食は、お前の好きなメニューにしたんだ」
「まぁ、楽しみですね」
向かい合って座った二人は、お互いの近況についてそれぞれ話していた。
福祉事業に関することも、第三地区に関することも、ヴィルヘルムにならマデリーンは全てを包み隠さず打ち明けることができた。
マデリーンもかなり頭が良いほうだったが、頭脳ならヴィルヘルムも負けていない。
彼は統治に慣れていない彼女に的確なアドバイスを出し、サポートしていた。
今となっては、ヴィルヘルムはマデリーンにとって公私共に必要不可欠な存在だった。
離婚し、宮殿を出るという選択肢は彼女の中ではすでになかった。
(そんなことを言ったところで、引き止められそうだし……)
いや、間違いなくヴィルヘルムから縋り付かれてしまうだろう。
彼が悲しむとわかっていて、そんな行動を取ったりはしない。
「マデリーン、もうすぐ俺たちの結婚二周年だな」
「あら、そういえばもうそんな時期でしたね」
気が付けばマデリーンが回帰してから一年―――ヴィルヘルムと結婚して二年が経過しようとしていた。
あっという間に一年。時の流れがとても速く感じた。
(……楽しかったからかな、一年がすぐに過ぎ去っていったわ)
この一年をじっくりと振り返ってみる。
前世で大きな罪を犯し、一人寂しくその生涯を終えた。ようやく自らの愚かさを悟ったマデリーンは、回帰後贖罪に奔走した。
その結果、夫のヴィルヘルムや周囲の人々との仲も改善し、国民からも慕われる王妃となった。
傍で支えてくれる人がいるのは、こんなにも幸せなことだったのか。
ヴィルヘルムは考え込むマデリーンを見つめたまま、モジモジした様子で口を開いた。
「そのことで……お前にお願いがあるんだが……」
「……何でしょう?」
ヴィルヘルムが折り入って頼みごとをするだなんて、珍しい。しかもなぜか言いづらそうだ。
そろそろ本当の夫婦になりたいとか、そういうことかな。結婚してから二年、二人は一度も褥を共にしていなかった。
マデリーンも別に断る理由がなかったし、覚悟を固めていた頃だった。
しかし、彼女の予想とは裏腹に、ヴィルヘルムが願ったのは意外なことだった。
「―――記念日当日、俺と二人で過ごしてはくれないか?」
「……」
驚いてヴィルヘルムを見ると、彼は言っちゃった!どうしよう!とでも思っているのか、顔を真っ赤にして狼狽えている。
いや、別に変なこと言ったわけでもないんだからそんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。
「ダメ………かな?」
不安げにこちらを見つめるヴィルヘルムが何だか愛おしくて、マデリーンはわざと悩む素振りを見せた。
しばらく彼を翻弄したあとに、ようやく答えた。
「ええ、いいですよ」
「ほ、本当か!?」
ヴィルヘルムは心配そうな顔から一転、満面の笑みを浮かべた。
こんなにも表情がコロコロ変わる人だっただろうか。いや、きっと私の前だけなんだろうな。
――自分だけ、だなんて何だか気分が良い。
「当日は特別なプレゼントを用意しておくから、楽しみにしていてくれよ!マデリーン」
「ええ……期待していますね、陛下」
まだまだ壁がある二人の関係が、ほんの少しだけ前に進んだような気がした。
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