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夫から三十年も放置されましたので、お飾りの妻は平気です~今さら愛されても困ります~  作者: 春乃りぜ
第三章 愛の行方

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93 妻が心配だ

マデリーンが王宮を発ったあと、ヴィルヘルムはちょうど目を覚ました。

今は何月何日の何時だ?自分がどのくらい寝ていたのか、彼はそれすらわからなかった。



「……」

「へ、陛下……!」



傍に控えていた医師が、突如目覚めた国王に驚いて腰を抜かした。

しかし、喜ばしいことに変わりはない。彼は目に涙を溜めて、ヴィルヘルムの前に膝をついた。



「陛下、よかったです……!お目覚めになられたのですね……!」



そんな感動的なシーンだったが、ヴィルヘルムは全く別のことを考えていた。

彼は目の前で感極まる医師のことなど、気にも留めていなかった。ただ、頭に浮かんでいるのは一人だけ。



「マデリーン……」



意識を失う前に最後に見た彼女のことが気にかかった。

彼が処刑すると言ったおかげで、彼女を守ることができたのはよかった。



しかし、別の問題が新たに降りかかっていた。



「…………第三地区に行くとは、一体どういうことだ?」



彼は眠っている間の夢の中で、マデリーンの声を聴いた。

幻聴だと言われてしまえばそれまでだが、どうもそうは思えなかったのだ。



『―――私、明日第三地区に行くんです。不安でたまらないけれど……必ず目的を成し遂げて帰ってきます、陛下』



深い眠りについた彼を癒してくれた温かい声。紛れもなくマデリーンのものだった。

その声が、彼の動かない身体をほぐしていくようだった。



あれは絶対に夢などではない。

彼は確信した。眠っている間、マデリーンが直接ここへ来て彼に話したことだと。



ヴィルヘルムは布団を放り投げ、ベッドから立ち上がった。

突然動き出した彼を、医師は慌てて止めた。



「陛下、まだ起き上がってはいけません……!目覚めたばかりです……!」

「ダニエル……!外にいるか……!」



ヴィルヘルムは医者の制止を気にすることなく、ダニエルを呼んだ。



「へ、陛下!?よかったです!お目覚めになったのですね!」

「グエッ」



ヴィルヘルムの無事を確認したダニエルは、嬉しさのあまり彼に抱き着いた。

彼はそんな侍従を押し返し、尋ねた。



「マデリーンが第三地区にいるとはどういうことだ?」

「第三地区?あんな危険な場所にマデリーン陛下がいらっしゃるわけがないではありませんか」

「いや、いるんだよ。マデリーンが、第三地区に」



ヴィルヘルムは詳細を話し、全てを知ったダニエルは口を開けて驚愕した。



「じょ、冗談でしょう!?マデリーン陛下、破天荒な方だとは思っておりましたが、そこまで命知らずだったとは!」

「ダニエル、馬車を出せ。俺たちも第三地区へ行くぞ」

「待ってください、陛下。あそこは有名な犯罪者ギルドの巣窟です。私はともかく、毒から回復したばかりの陛下に行かせるわけには……」



ダニエルは猛反対したが、ヴィルヘルムは頑なに意思を曲げなかった。

夫として、すぐにでも彼女の元へ向かう必要があった。



「陛下ぁ、死なないでくださいよぉ」

「心配するな、彼女が生きてる限り俺は死なないさ」

「それって、マデリーン陛下が亡くなったら死ぬってことですか?」

「……」



否定も肯定もしないヴィルヘルムに、ダニエルは顔を真っ青にし、すぐに第三地区へ向かわせる騎士たちを大勢集めた。




***



一方その頃、マデリーンは目的地の第三地区に到着していた。ルバーニ王国で最も危険と言われるスラム街。

彼女自身、ここへ来るのは初めてだった。噂によると、ここへ入って生きて帰ってきた人間は一割にも満たないのだという。

マデリーンは騎士団長の手を借りて馬車から降りた。



馬車は目立ちすぎるため、徒歩での移動となる。

怪しい行動を一度でも取ってしまえば即座にマークされ、幹部に報告がいく。

街にいる全員が敵だと思えと、マデリーンは事前にカルロスから言われていた。



「ご安心を。私がいる限り、陛下には手出しさせません」

「ありがとう、頼もしいわね」



騎士団長は腰の剣に手をかけながら言った。

ソフィアは既にダイアンと会っている頃だろうか。どちらにせよ、二人とも捕縛対象だ。



馬車から降りたマデリーンと騎士団長は、第三地区へ足を踏み入れた。

ここから先は、犯罪者ギルドのアジトとなる。



「すごい匂いね……」

「ええ、あちこちにゴミが散乱しています」



初めて訪れる第三地区は、異常ともいえる町だった。

周辺には廃棄物が山のように積み重なり、浮浪者や薬物中毒者がそこらで寝ている。

鼻に入る悪臭も、視界に広がる劣悪な環境も、ルバーニ王国にある町とは思えなかった。



(私は……今まで王国の表面しか見ていなかったんだわ……)



騎士団長は歩きながら、マデリーンにそっと耳打ちした。



「さっきの女性、こちらをじっと見ていました。組織の人間かもしれません」

「ここは滅多に人が訪れない場所でしょうし……私たちのような普通の身なりの者は珍しいのかもね」



マデリーンと騎士団長は平民用の目立たない服に着替えていたが、それでも初めてだからか目立ってしまう。マデリーンは周囲を警戒する騎士団長に、言葉を返した。



「こういうときはね、堂々としているのよ。何事もなく、平然としていることが一番大事」

「……陛下?」



マデリーンは周りに聞こえないような小さな声で、話を続けた。



「刑務所を訪問したときに囚人たちと話してわかったことなんだけどね……こういう人たちは周囲の大人たちに嘘ばかりつかれて生きてきたの。だから、人の本質を見抜く能力が備わっているそうよ。育った環境を思えば、相手を警戒してしまうのも当然のこと」

「……」



マデリーンは回帰してから、前科のある者たちとの交流を続けていた。

そんな中で、彼らの考えを少しずつだが理解していくようになった。



「今日は別に目的があって……あの人たちを捕まえるために来ているわけではないでしょう?そのキツい目をやめなさい」

「……申し訳ありません、陛下」



夜も遅く、周囲が見えづらい。

浮浪者や中毒者が通っただけの通行人を襲うことは滅多にない。しかし、組織の人間であれば別だろう。

マデリーンはできるだけ彼らを刺激しないように地区内を歩いた。



しばらく歩くと、例の密会場所に到着した。



「―――陛下、あちらが賭博場です。さっき側妃が入って行くのを確認できたそうです」

「そう……」



マデリーンは目の前にそびえ立つ建物をじっと見上げた。

暗闇の中、ここだけは異質な光が漏れていた。



ソフィアが、ダイアンがこの中にいる。現場に緊張感が走った。

しかし、王妃が犯罪者を相手に恐れをなすわけにはいかない。



(私は王妃として、しっかりとソフィアとダイアン一味を処断する必要がある)



ルバーニ王国の未来のためにも、やり遂げなければならない。

彼女は深呼吸を繰り返し、覚悟を決めた。



次の瞬間、マデリーンは周囲を取り囲む騎士たちに合図し、突入を命じた―――




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