92 摘発へ
マデリーンはダイアン・ロペス率いる犯罪者ギルドの摘発を決め、総指揮を執ることとなった。
ヴィルヘルムがいない今、彼女が代わりを務めるほかなかった。当然、不安でたまらない。
しかし、マデリーンには心強い味方がいた。
「――ヤツらのアジトは第三地区にあります。第三地区はルバーニ王国のスラム街と呼ばれる危険極まりない場所です」
第三地区の地図をテーブルの上に置いてそう言ったのは、カルロスだった。
カルロスはマデリーンと違い、何度も戦争で指揮官を務めたことがある。
「レスティンブルク大公子、協力感謝します」
「いえ……国王陛下に毒を盛った男を放置しておくことはできません」
カルロスはマデリーンへの協力を自ら示した。
目の前でヴィルヘルムを倒れるところを見たせいか、どうしてもじっとしていることができなかったという。
「第三地区にいる人間で、ダイアン・ロペスの息がかかっていない人間はまずいません。あそこにいる者たちは全員、あの男――もしくは組織と繋がりがあると思っておいてください。それが王家がむやみに第三地区に入れない大きな理由です」
「……」
第三地区はダイアンを王とする一つの国と化していた。
カルロスはマデリーンの知らない重要な情報をいくつも握っていた。
「あの地区では、見知らぬ人間が入るとまず組織の人間に報告が行きます。そこから幹部たちに知れ渡るまで、そう時間はかかりません。上の者に報告が行けばアウトです」
「よそ者を絶対に入れないってことね。用意周到だわ」
かなりのやり手だと聞いてはいたが、その徹底っぷりには驚かされた。
第三地区はなかなかに大きな街だ。浮浪者はあの場所に流れ着き、悪事に手を染めるようになってしまう。
そうしなければ生きていけないからだ。
「あそこにいる人間は全員彼の組織の者なのかしら?」
「いえ、そういうわけではありません。しかし、組織に入っていなくとも、ダイアンと繋がりのある人間が数多くいます」
「それって………ソフィア側妃みたいな?」
カルロスは黙ったまま、コクリと頷いた。
ソフィアが第三地区に出入りしていたという情報を、マデリーンは既に掴んでいた。
まともな人間であれば、まず生きて帰ってこられないような場所だ。そんな場所に何度も出入りできるということは、おそらくダイアンと繋がっているのだろう。
そのとき、騎士から連絡が入った。
「―――陛下、大変です!ソフィア側妃様に動きがありました!」
「……何ですって?」
マデリーンは驚いて声を上げた。
騎士は彼女に駆け寄ると、報告を続けた。
「四日後の夜、側妃様が第三地区に行くという情報が入りました!」
「ソフィアが……」
それはまさに、千載一遇の大チャンスだった。
ソフィアとダイアンを両方捕らえることができるかもしれない。
「陛下、四日後の夜が決行日になりそうですね」
「ええ……気合いを入れないといけないわ」
マデリーンはカルロスや騎士団長を含めた話し合いを続け、具体的な計画を練った。
その結果、最適な策を講じることができた。
「ダイアン・ロペスなんて若造に負けるわけにはいかないわ!私はルバーニの王妃よ!」
マデリーンの言葉に、カルロスと騎士団長は呆気に取られていた。
「わ、若造……?」
「アイツ、陛下より年上だった気が……」
ダイアンが行った悪行の証拠も無事に手に入れることができ、準備は万端。
あとはただ、摘発の日を待つのみとなった―――
***
前日の夜、マデリーンはヴィルヘルムの部屋を訪れていた。
ベッドに横たわる彼の傍には、未だに医者が付き添っていた。
「……陛下、まだ目覚めていないのね」
マデリーンはヴィルヘルムの頬にそっと手を触れた。
解毒剤を飲んだはずだが、彼の意識はまだ戻っていなかった。
山場は超えたとのことなので、すぐに目覚めるだろうと医者は言った。
しかし、こうも眠ったままだと、マデリーンは心配だった。
―――もしかすると、このまま本当に彼がいなくなっちゃうのではないかと。
そんなこと、考えたくもなかった。
目を閉じれば、ヴィルヘルムとの記憶が自然と蘇った。
初めて彼に恋をしたときのこと、熱烈に追いかけ回した暗黒時代。結婚後の悲しい日々から一転、ふいに見せる彼の優しさまで。
前世は疎遠だったヴィルヘルムだが、今世では優しい夫だった。
「陛下、早く回復してくださいね。私、明日行くところがあるんです」
医者を外に出したマデリーンは、眠るヴィルヘルムに明日の摘発を話した。
当然、彼が聞いているわけがない。それでもわざわざ話したのは、不安感がいつまでも払拭できないせいだろうか。
今日はどれだけ寝ようと思っても眠れなかった。
マデリーンは安心したくて、ヴィルヘルムの部屋までやってきた。
あの日から何回か彼の看病に訪れてはいたものの、今日に限ってやたらと長く居座っていた。
「陛下が目覚めたら、全てが終わってますように。陛下も祈ってくださいね?」
マデリーンは彼の黒い髪の毛に優しく手を触れると、そのまま座っていたベッドサイドから立ち上がった。
明日の夜まで、彼に会うことはできないだろう。
もしかすると、これが最後となってしまうかもしれない。
必死の思いで彼の命を繋ぎ止めたというのに、今度は自分がいなくなる可能性があるとは。
(本当はまだここにいたいけれど……)
明日に備えて、寝なければならない。
マデリーンは名残惜しい気持ちを抑えながら、彼の部屋を出て行った。
***
翌日、マデリーンはまともに眠ることができなかった。
緊張していたせいだろうか。三時間ほどで目が覚め、それ以降は目を閉じても寝れなかった。
日中も特に眠くはならず、仕事にも身が入らない。
まるで抜け殻のように一日を過ごしていた。
「陛下、大丈夫ですか?何だか顔色が……」
「……気にしないでちょうだい、平気だから」
時間は夜の十時だった。
ソフィアとダイアンの密会は深夜に行われるはずだ。
そのときが来るまで、マデリーンは寝ずに待っていた。
「陛下、そろそろ……」
「ええ、行きましょう」
しばらくすると、一人の騎士がマデリーンを呼びにやってきた。
どうやらソフィアのほうに動きがあったようだ。
マデリーンはソフィアが後宮を出たことを確認すると、後を追うように王妃宮を出て行った。
「第三地区のすぐ横、第五地区に既に騎士たちが到着しているそうです」
「そう、心強いわね」
マデリーンは自身の護衛を務める騎士団長と共に、目立たない公共の馬車に乗り込んだ。
「どうやら待ち合わせ場所は……第三地区にある違法賭博場だそうです」
「賭博場……ということは、組織の他の幹部たちもいる可能性が高そうね」
上の者を捕まえることで、組織は間違いなく弱体化する。
ダイアンを始めとした幹部たちがいなくなれば、かなりの打撃になるはずだ。
「運が良いです。違法賭博場にいるのなら、現行犯で捕まえることができます」
「そうね……」
マデリーンは返事をしながら、馬車の外に目を向けた。
既に隣の第五地区にまで差し掛かっていた。この第五地区も第三地区ほどではないが、治安があまり良くなかった。
(どうか、全てが無事に終わりますように……)
マデリーンは荒れた街並みを眺めながら、心の中で願った。
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